第百十二話 タ■ちゃん作りたいの?(4/5)
******視点:卯花優輝******
光樹兄さんとの会談を終えて、逢と一緒にサ■エさんハウス……じゃなくて逢の家へ帰る。
……『帰る』、になるんだよね。これからは。
「皆さん。昨日は大変ご迷惑をおかけしたこと、改めてお詫び申し上げます。その上で、月出里家の一員として迎え入れてくださったこと、大変光栄に存じます。これからは妻となる逢を支え、幸せにできるよう精一杯努めさせて頂きますので、どうかよろしくお願いします」
リビングで逢の家族と向き合って、いわゆる三つ指をつくお辞儀。帰るまでの道中で必死に考えた文句。
「まぁまぁ。固いのはそのくらいにしましょうよ」
「そうだな。優輝君、逢のことをこれからもよろしく頼む」
ようやく、"普通の家族の1人"になれた。
おれの母さんは家庭の事情で10代で卯花家に奉公に来た人。そしてすぐに父さんに見初められて、おれが生まれた。母さんはおれを産んで育てる上で実家に頼れないから、父さんに認知を求めて、おれは卯花家の一員になった。
おかげで高校に入るくらいまでは何不自由なく暮らせたし、その頃は母さんも『御役目』ということで家にいることが許されてた。料理とか家事も教われたけど、それ以上に、"卯花家の一員"として染まりきらずに済んだ。
けど、その頃から父さんが体調を崩しがちになって、少し早めに後継に関する話が浮上してきた。母さんは元々立場的に本妻の方の母さんに疎まれてたし、父さんも体調的にそういうことがなかなかできなくなったから、『御役御免』になった母さんは高額の手切れ金を受け取って里帰りして、おれも後継者争いの火の粉がかからないよう三条財閥に保護されることになった。
高校まではそのまま通わせてもらって、バニーズを買い取ったすみちゃんに手伝いを頼まれて、そして逢と出逢って。
……きっと母さん自身、煌びやかな生活に憧れて、おれを利用した部分もあったと思う。ずっと一緒にいられたからこそ、そういうのが僅かに滲み出るところも見てきたからね。
だから、"良いとこのお坊ちゃん"という立場と同時に、颯喜の言うところの"噛ませ犬"の役割を背負うことになって、結婚とか子育てとか、将来は色々と諦めなきゃいけないことだらけになると思ってた。そもそも長く生きられるとも思ってなかった。
そんなおれを、逢は救ってくれた。最初は単に顔だけでおれを選んだんだとしても、そんな自分の選択を逢にとっても、そしておれにとっても『正解』にしてくれた。
というか、そもそもそういう『正解』に辿り着くためには、おれが生まれなきゃ絶対になかった。おれと逢が諦めるより先に母さんが諦めてたら意味がなかった。だから、厳しい状況の中でおれを産んでくれて、お金に困らないようにしてくれた母さんには感謝してる。
そしてもちろん、逢にも。
逢はすみちゃんにとってもおれにとっても"可能性"。逢にできないことなんてきっとない。そう思える逢をこれからも支えていきたい。
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「はぁ……うっめ」
「お兄ちゃん、お行儀悪いよ……」
夜はお祝いも兼ねて外食。個室の結構良いとこ。
「逢。まだこっちにいれそうか?」
「ううん。急だったし、どうしてもなスケジュールもあるから、明日には帰ろうかなーって」
「そう言えば引越しっていつ頃になりそうですか?」
「元々逢が12月頃に帰ってくるって話だったからそれまでにと思ってたんだが、猫を拾ったり昨日のこともあったからな。引越し先は大体目星を付けてるし、もうちょっと前倒しにするつもりだ」
「お隣さんやお向かいさんにも挨拶しとかなきゃねぇ」
「お隣さん、今大丈夫かなぁ?『小説の締切が近い』って言ってたけど……」
……『お隣さんが小説家』。そんなところまで……
いや、っていうかおれがこの家に婿入りするってことは……
「あ……」
「?どうしたの?」
「い、いや……おれがこの家に入ったら、実質『サ■エさん』じゃないかなーって……」
ようやく言えた。こっちに来てからずっと言いたかったこと。
「「「……あ」」」
「た、確かに……!」
「考えたことなかったわ……」
「じゃあ俺、波■さんか……?」
「あたしはフ■さん……あ、でもフ■さんってギリ40代だっけ?」
「おれ、カ■オ……?」
「ワ■メちゃん……」
マ■オさんは婿養子じゃないし同居だけどね。
「ど……どうしよう。あたし、猫に"タマ"って付けちゃった……怒られないかな……?」
「だ、大丈夫だろ多分……」
良かった。そこにも気づいてくれた。
「……ぷふっwww」
「え?どうしたの?」
「いや、お父さんがあの髪型になったのを想像したらつい……ぷくくっwwwww」
ああ、なるほど……そう言えば逢、そういうネタが好きだったね……
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「それじゃ、行ってきます」
「お邪魔しました」
「もう『お邪魔しました』じゃないでしょ?」
「……はい。行ってきます!」
一夜を過ごして、朝から深谷駅へ向かい、大阪の方へ戻る……はずなんだけど……
「優輝、こっちこっち」
「え?乗り場逆じゃない……?」
「良いの良いの」
「……?」
どこか上機嫌で、東京とは逆の方面の電車に乗る逢。こっちでも何か仕事があるのかな……?確かに帰りの新幹線の予約は逢に任せてたけど。
とりあえずおれも乗る。
「どこ行くの?」
「んー、今決めてる」
「え、今?」
「……ん、じゃああと2駅先ね」
「???」
よくわからないまま、全く土地勘のない駅で降りる。
「んー、こっちかな?」
地図アプリで場所を確認しながら先に進む逢。
「……あ」
着いたのはホテル。平日のこの時間帯だから、ほとんど人の気配のない……
……もしかして、そういうこと?
「いやぁ、向こうに戻ったらパパラッチとかめんどくさいでしょ?ようやく厄介ごとが片付いて結婚の見通しもついたんだし、戻る前に丸一日思いっきり楽しまない?ケケケケケ……」
やっぱり……
「……あの日のやり直しも兼ねて、ね?」
「あ……」
逢がカバンから取り出したのは、見覚えのある小さな箱。シンプルに商品名と数字ばかりを強調したデザイン。
逢と恋人になった日に見たアレで間違いない。箱の角とか微妙に凹んでるし。ってことはずっと持ち歩いてたってことだよね?どれだけ楽しみにしてたんだか……
「んー、どうしたの?あたしとしたくないの?」
「い、いや、そうじゃなくて……」
「……昨日あんなこと言ってたけど、もしかして、今すぐあたしとタ■ちゃん作りたいの?」
「うぇっ!?」
背伸びして耳元で囁く逢。
「え、えっと……急だったからびっくりしただけだよ……」
わかってるくせに。ほんとずるいよ、逢は……
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