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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百十二話 タ■ちゃん作りたいの?(4/5)

******視点:卯花優輝(うのはなゆうき)******


 光樹(みつき)兄さんとの会談を終えて、(あい)と一緒にサ■エさんハウス……じゃなくて逢の家へ帰る。

 ……『帰る』、になるんだよね。これからは。


「皆さん。昨日は大変ご迷惑をおかけしたこと、改めてお詫び申し上げます。その上で、月出里(すだち)家の一員として迎え入れてくださったこと、大変光栄に存じます。これからは妻となる逢を支え、幸せにできるよう精一杯努めさせて頂きますので、どうかよろしくお願いします」


 リビングで逢の家族と向き合って、いわゆる三つ指をつくお辞儀。帰るまでの道中で必死に考えた文句。


「まぁまぁ。固いのはそのくらいにしましょうよ」

「そうだな。優輝(ゆうき)君、逢のことをこれからもよろしく頼む」


 ようやく、"普通の家族の1人"になれた。


 おれの母さんは家庭の事情で10代で卯花(うのはな)家に奉公に来た人。そしてすぐに父さんに見初められて、おれが生まれた。母さんはおれを産んで育てる上で実家に頼れないから、父さんに認知を求めて、おれは卯花家の一員になった。

 おかげで高校に入るくらいまでは何不自由なく暮らせたし、その頃は母さんも『御役目』ということで家にいることが許されてた。料理とか家事も教われたけど、それ以上に、"卯花家の一員"として染まりきらずに済んだ。

 けど、その頃から父さんが体調を崩しがちになって、少し早めに後継に関する話が浮上してきた。母さんは元々立場的に本妻の方の母さんに疎まれてたし、父さんも体調的にそういうことがなかなかできなくなったから、『御役御免』になった母さんは高額の手切れ金を受け取って里帰りして、おれも後継者争いの火の粉がかからないよう三条(さんじょう)財閥に保護されることになった。

 高校まではそのまま通わせてもらって、バニーズを買い取ったすみちゃんに手伝いを頼まれて、そして逢と出逢って。


 ……きっと母さん自身、(きら)びやかな生活に憧れて、おれを利用した部分もあったと思う。ずっと一緒にいられたからこそ、そういうのが僅かに滲み出るところも見てきたからね。

 だから、"良いとこのお坊ちゃん"という立場と同時に、颯喜(さつき)の言うところの"噛ませ犬"の役割を背負うことになって、結婚とか子育てとか、将来は色々と諦めなきゃいけないことだらけになると思ってた。そもそも長く生きられるとも思ってなかった。


 そんなおれを、逢は救ってくれた。最初は単に顔だけでおれを選んだんだとしても、そんな自分の選択を逢にとっても、そしておれにとっても『正解』にしてくれた。

 というか、そもそもそういう『正解』に辿り着くためには、おれが生まれなきゃ絶対になかった。おれと逢が諦めるより先に母さんが諦めてたら意味がなかった。だから、厳しい状況の中でおれを産んでくれて、お金に困らないようにしてくれた母さんには感謝してる。


 そしてもちろん、逢にも。

 逢はすみちゃんにとってもおれにとっても"可能性"。逢にできないことなんてきっとない。そう思える逢をこれからも支えていきたい。


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「はぁ……うっめ」

「お兄ちゃん、お行儀悪いよ……」


 夜はお祝いも兼ねて外食。個室の結構良いとこ。


「逢。まだこっちにいれそうか?」

「ううん。急だったし、どうしてもなスケジュールもあるから、明日には帰ろうかなーって」

「そう言えば引越しっていつ頃になりそうですか?」

「元々逢が12月頃に帰ってくるって話だったからそれまでにと思ってたんだが、猫を拾ったり昨日のこともあったからな。引越し先は大体目星を付けてるし、もうちょっと前倒しにするつもりだ」

「お隣さんやお向かいさんにも挨拶しとかなきゃねぇ」

「お隣さん、今大丈夫かなぁ?『小説の締切が近い』って言ってたけど……」


 ……『お隣さんが小説家』。そんなところまで……

 いや、っていうかおれがこの家に婿入りするってことは……


「あ……」

「?どうしたの?」

「い、いや……おれがこの家に入ったら、実質『サ■エさん』じゃないかなーって……」


 ようやく言えた。こっちに来てからずっと言いたかったこと。


「「「……あ」」」

「た、確かに……!」

「考えたことなかったわ……」

「じゃあ俺、波■さんか……?」

「あたしはフ■さん……あ、でもフ■さんってギリ40代だっけ?」

「おれ、カ■オ……?」

「ワ■メちゃん……」


 マ■オさんは婿養子じゃないし同居だけどね。


「ど……どうしよう。あたし、猫に"タマ"って付けちゃった……怒られないかな……?」

「だ、大丈夫だろ多分……」


 良かった。そこにも気づいてくれた。


「……ぷふっwww」

「え?どうしたの?」

「いや、お父さんがあの髪型になったのを想像したらつい……ぷくくっwwwww」


 ああ、なるほど……そう言えば逢、そういうネタが好きだったね……


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「それじゃ、行ってきます」

「お邪魔しました」

「もう『お邪魔しました』じゃないでしょ?」

「……はい。行ってきます!」


 一夜を過ごして、朝から深谷駅へ向かい、大阪の方へ戻る……はずなんだけど……


「優輝、こっちこっち」

「え?乗り場逆じゃない……?」

「良いの良いの」

「……?」


 どこか上機嫌で、東京とは逆の方面の電車に乗る逢。こっちでも何か仕事があるのかな……?確かに帰りの新幹線の予約は逢に任せてたけど。

 とりあえずおれも乗る。


「どこ行くの?」

「んー、今決めてる」

「え、今?」

「……ん、じゃああと2駅先ね」

「???」


 よくわからないまま、全く土地勘のない駅で降りる。


「んー、こっちかな?」


 地図アプリで場所を確認しながら先に進む逢。


「……あ」


 着いたのはホテル。平日のこの時間帯だから、ほとんど人の気配のない……

 ……もしかして、そういうこと?


「いやぁ、向こうに戻ったらパパラッチとかめんどくさいでしょ?ようやく厄介ごとが片付いて結婚の見通しもついたんだし、戻る前に丸一日思いっきり楽しまない?ケケケケケ……」


 やっぱり……


「……あの日のやり直しも兼ねて、ね?」

「あ……」


 逢がカバンから取り出したのは、見覚えのある小さな箱。シンプルに商品名と数字ばかりを強調したデザイン。

 逢と恋人になった日に見たアレで間違いない。箱の角とか微妙に凹んでるし。ってことはずっと持ち歩いてたってことだよね?どれだけ楽しみにしてたんだか……


「んー、どうしたの?あたしとしたくないの?」

「い、いや、そうじゃなくて……」

「……昨日あんなこと言ってたけど、もしかして、今すぐあたしとタ■ちゃん作りたいの?」

「うぇっ!?」


 背伸びして耳元で囁く逢。


「え、えっと……急だったからびっくりしただけだよ……」


 わかってるくせに。ほんとずるいよ、逢は……


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