第百十二話 タ■ちゃん作りたいの?(3/5)
「どうぞ」
「失礼します」
「……!」
目的地っぽい部屋に入ると、あのバカ次男坊にそっくりな顔の男が椅子に座ってる。バカ次男坊の方は短めの髪をパリッと固めてて今時の高学歴エリートって感じの見た目だったけど、こっちはオールバックでメガネをかけてて落ち着いた感じ。
「月出里選手、初めまして。私、卯花商事広報部部長、卯花光樹と申します」
あたしの前まで来て、腰を低くして名刺を差し出してきた。
「優輝のお兄さんで三男……でしたよね?」
「ええ。そして昨日月出里選手とそのご家族に無礼を働いたのは私の愚兄です。この度は誠に申し訳ございませんでした」
「いえ、部長さんは何も……」
「私も後継者候補の1人です。その争いの一環のことですので、私も無関係は装えません」
優輝から聞いてた通り、確かにあのバカ次男坊と比べたらだいぶ話が通じそうな印象。
「三条オーナーも、お忙しいところご足労頂き感謝いたします」
「本日のご用件は今後の対策……ですよね?」
「はい。社外の人間……ましてや月出里選手のような社会的地位のある方を弊社のお家騒動に巻き込むのは全く本意ではございません。それは卯花家の表向きの総意でもあるのですが、『そうしてでも』と考える兄弟が他にいるのも事実です」
「長兄の一希さんですね?」
「次兄と比べれば……と言ったところですが、次兄の失敗を活かして表立って動かずに裏で狡猾に、というのは考えられますね。静紀……四男は最初から敗色濃厚を悟って保身を第一にしてはいるのですが、幼い頃からそういう立ち回りに長ける男でもありますからね。油断はできません。何よりも昨日の件で一気に立場を悪くした次兄がなりふり構わず……ということも考えられます」
ほんとめんどくさい一族……よくこんな一族の中で優輝みたいな良い男が育ったね。
「……ところで月出里選手。月出里選手もこういった家庭事情を承知の上で、優輝を引き取ったのですよね?」
「はい。優輝は跡継ぎになる気0だし、だったらあたしんとこに婿入りしてくれたらその辺の厄介ごとに巻き込まれなくなるかなーって思ってたんですが……」
「姓を改めて、名実共に後継者争いから脱出する。良い発想だと思いますが、昨日のような前例ができてしまった以上、確実に安全とは言えなくなってしまいましたね。それに、優輝が卯花商事と完全に無関係になってしまうというのは、それはそれで次兄の私怨を晴らすのには都合の良い状況と言えます」
「確かに……」
「そこでなのですが……」
「「「???」」」
「月出里選手。我が社のイメージキャラクターとして契約していただけませんか?」
「え……?」
イメージキャラクター……?
「まぁ簡単に申し上げますと、我が社のCMに出演していただいたり、広告に顔を出していただいたりですね」
「……なるほど。"卯花商事の象徴"として祭り上げる、ということですね」
「その通りです。身内ルール第一で、ある程度の不祥事であれば揉み消してしまえる後継者争いですが、継ぐべき会社の顔役とそのご家族に危害を加えるのは、家に弓を引くのと同義。身内ルールでも完全にアウトです。そして次兄は『卯花家と卯花商事の存続が第一』の男。なので戻ってきた後もあえてある程度の地位は保証します。卯花の一員であり続ける限りは歯止めが効くはずです。三条オーナーと同じような手法ですよ」
(月出里選手を来年度優勝のための旗頭にして、財閥から予算を捻出する大義名分を作ったように)
(やっぱりその辺見抜かれてるわね……抜け目のない男だこと)
「失礼ですが、部長の権限でそこまでの融通をきかせることは……」
「できますよ。今年のオリンピック野球のMVPで、シーズンでも指標上最も価値のある選手。おまけに容姿端麗。ゆえに広告価値は絶大。加えて、普段からメディアでの露出には消極的で、三条財閥系列以外との提携が現状ない状態で希少性もある。そんな月出里選手との契約を勝ち取るという功績があれば……」
「部長にとっても、後継者争いの上で優位に立てる……というわけですね?」
なるほど、そういうこと。すみちゃんが言ってた通り、確かにこの兄弟は大なり小なり黒いとこがあるね。
「ここではあえて『その通り』と申します。私は月出里選手とそのご家族はもちろんのこと、最初から白旗を上げている優輝にも何かしようという気は元より毛頭ありません。それは今後も同様。そもそもそういった行為は三条財閥に弓を引くのと同義。規模的に格下の弊社がそんなことをするメリットは皆無です。何ならこの場で書面に起こしても構いません。破った場合には如何なる罰も受けましょう。他の兄弟の動向を今後も逐次監視し、必要とあらばそちらへの協力も惜しみません。その私が弊社のトップに立てれば、そちらとしても面倒が最も少ないはずです」
(……颯喜の考え方とかはほとんど理解したくもないことだけど、『万単位の従業員を抱えてる』ってのは事実。それはもちろん、すみちゃんのところも同じ。だからおれとしても混乱を避けたかった。兄弟の中で一番穏健で社内でもそれなりの立場にいる光樹兄さんを支持してたのもそういう理由)
「早い話、部長さんは後継者になるためと会社の利益のため、あたし達は家族の安全のために手を組もうってことですよね?」
「……受け取り方はご自由にどうぞ」
すみちゃんと顔を見合わせて、お互いに頷く。
「わかりました。その代わり……」
「?」
「練習とかプライベートな時間をあんまり取らないでくださいね?」
「ええ、それはもちろんです。それで月出里選手の広告価値を落とすのは本末転倒。『卯花商事の顔役である』という事実さえ広まればそれで済む話ですしね」
差し出された右手を握り返す。
ほんとに大人の世界はめんどくさい。たかだか野球をやってお金を稼いで、好みの男とスケベなことをするっていうちょっとした贅沢のために、家族とか大勢の無関係の人間の命が天秤にかけられるなんて。
でもそんな面倒ごとの種を求めたのはあたし自身。あたしだって大人なんだから、このくらいのケジメはつけなきゃね。
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