第十三話 誰よりも近くで(3/7)
そんなアタシにとって、あっくんは嫌悪の対象でしかなかった。
高校の時に合同合宿をして一緒に練習をしたことがあるから、あっくんの練習量が少なかったのを知ってたんだけど、アタシはそれであっくんが自分と同類なんだと勘違いした。野球自体に熱意がなくても、お金のために自分を少しでも高く売り込みたいって気持ちはあったし、人並みのプライドも持ち合わせてたから、同類なのに嚆矢園のスターに上り詰めたあっくんが妬ましくてしょうがなかった。同類なのに、アタシより世間から注目されて、評価されて、人気もあって。
「氷室の奴、二軍落ちらしいで」
「まぁ高卒ルーキーにしちゃ頑張った方やろ」
「二軍でもチケット売り出せば儲かるんちゃうか?」
「まるで伸び代感じひんけど、まぁ"客寄せパンダ"にはなるやろ」
あの頃のアタシにとっては、そんな声がむしろ共感を誘って心地良かった。醜い考え方だって自覚してたけど、それでも同類が自分と同じように堕ちることでも、アタシは安心感を得てた。
それに、アタシが男の人に求めてたのは『抱かれ心地』と『懐』。ずっと割り切った関係だけだったから、『一生を共にする覚悟と配慮』なんていらないし、『顔』も最低限で十分だった。SNSのIDと嘘の名前だけ知り合ってる薄っぺらい関係の方が気楽で良い。
そんなアタシだから、『顔』だけの男に夢中になってる同性のファンを下に見て、自分勝手な優越感を覚えてた。与えられる可能性なんて限りなく0に等しい遺伝子なんかより、確実に与えられる金額の方が女の価値を高めるんだって、勝手に心の中でほざいてた。
そんなアタシが変われたのは、プロ2年目の夏頃。煙草を堂々と吸えるようになって、すっかり身体に馴染んでしまってた頃。
「ふぅ……終わった終わった。そんじゃ、今日も遊ぶか」
「んじゃ、麻雀でもやります?」
「まだ時間早いし、門限ギリギリまでカラオケにしない?」
「カラオケだと徳田が延々と椎■■檎ばっか歌うからなぁ」
「失礼な。アヴ■ルとかも歌いますよ。英語わかんないですけど」
適当に練習をこなして、その後は財前さん達と遊ぶか男の人と弾ける。そんな毎日も当たり前になってしまってた。
「はい、そうなんです。……ええ、今日もちょっと寮に戻るの遅くなります。……すみません、それじゃ失礼します」
その頃のあっくんは一軍と二軍を往復して、幅広いファン層にサービスするのが板についてきた"客寄せパンダ"だったけど、たまたまその時は二軍にいる時期だった。
あっくんのことを勝手に同類だと勘違いしてたアタシは、電話の内容から『アタシと同じように遊びに行く』と推測した。そして、門限を破るのは確かで、アタシが悪い意味で男慣れしてしまってたから、きっと女の子関係だと思った。あれだけの女の子に追っかけられてるんだから、何人かつまみ食いしててもおかしくないって、アタシらしくバカみたいな結論を出してた。
「先輩方、すみません。今日ちょっと用事があるんで残ります。終わったら合流しますから、後で連絡して良いですか?」
「おう、良いぜ。気をつけてな」
アタシは想像だけには飽き足らず、実際にそんなあっくんを見て心底嘲笑ってやりたかった。写メ撮ってゴシップ誌にタレ込んだりSNSに晒してやろうとかも考えてた。今思えば、本当にクズの発想。そんなことのためにアタシは二軍球場の喫煙所に入り浸って、あっくんが出てくるのを待ってた。
「……おっそ。アイツ、いつまでいるつもり?」
吸うペースが人並み以上だったから正確な時間はわからないけど、封を切ったばかりの煙草一箱がすっかり空になった頃。
いよいよ待ってるだけじゃ我慢ならなくなって、アタシは球場内であっくんを探し始めた。と言っても、観客もスタッフも大体帰った後だったから、扉からこぼれた練習場の照明が簡単に居場所を教えてくれた。
「氷室!ここにいる……の?」
確かにそこにはあっくんがいた。だけど、内野のノックくらいなら十分にできる広さの練習場にただ一人だけでいて、しかも汗だくで荒く呼吸をしながら倒れてた。
「何やってんのバカ!ほら、水分!ゆっくり飲んで!」
いくら嫌ってても、流石に死なれちゃ目覚めが悪いと思って、気付けばあっくんを介抱してた。その頃のあっくんは"ただの男の人"だから、膝枕くらいしてたって何の気恥ずかしさもなかった。