第百十一話 背負うもの(4/6)
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「ウフフ、お粗末様」
「あ、おい結!皿は運んどくからゆっくりしてなって!」
「え?いや、これくらいできるよお兄ちゃん……」
お膳を囲んで家族揃って昼食、優しい味、家族で気配りし合える関係。おれの家には全くなかったもの。プリントが剥がれかけたプラスチックのプレートも、家具に付いた細かい傷も、そういうのの繰り返しの証なんだってわかる。おれの家なら間違いなく、そうなる前にさっさと買い換える。
でも大画面のテレビとか大きめの冷蔵庫とか、新しめで高そうな家電も案外チラホラと。逢が買ったのかな?
「あ、そうだ。結。例の猫って今車庫にいるんだよね?」
「うん」
「ちょっと見ても良い?」
「良いよ……あ、えっと……優輝さんもどうですか?」
「ありがとう。ご一緒するよ」
(やっぱお姉ちゃん、こういう人に弱いんだね……お兄ちゃんと系統同じだし)
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「ちょっと狭いですけど……」
「車はないの?」
「うん。ウチって借家だからね。元々車なしで越してきたから、ずっと物置として使ってるんだよ」
「引越し前にこの中も整理しなきゃね……」
この時期だから中に熱はこもってない。少し進んでいくと、確かに猫用のケージが1つ。中を覗くと、大きめの鈴付きの赤い首輪を付けた小柄な白猫が1匹。家の外観だけじゃなくて、猫も『サ■エさん』感が……
「ニー!」
「あらかわいい。名前何て言うの?」
「タマだよ」
「え?大丈夫なのその名前?」
「……?何が?」
「あ、いや……」
思わず突っ込んじゃった。でも猫ならよくある名前だよね……
「ニー!ニー!」
「うんうん、大丈夫だよ。ありがとね」
ケージの扉を開けると、一目散に結ちゃんのところへ。包帯を巻いた手を心配するように頭を擦り付けてる。家の中で飼えない状況でも、いつもきちんと世話をしてるんだろうね。
「ちょっと日向ぼっこしに外出ようか」
「ニー!」
首輪にリードを付けて、猫を抱っこする結ちゃん。いくら強くて返り討ちにできたからと言っても、やっぱり怖かったはず。なのに今は笑って猫の世話をしてる。本当に良い子……
「あ、おれちょっと出かけるよ……」
「?どうしたの?」
「いや、泊まりで必要そうなのコンビニで買い足そうと思ってね……」
スマホで地図アプリに加えて、電話アプリを開く。
……やっぱりこのままじゃいけない。こんな人達をおれ達の巻き添えにするなんて。
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地図アプリを駆使して、初めて来た住宅街を最短で抜けて、国道沿いのコンビニへ。便利な時代になったね。
でももちろん、用事は買い物じゃない。
「……もしもし?」
「あん?何だよ突然」
「お互い様でしょ?あんなのけしかけて」
「何の話だ?」
「とぼけるなよ。逢の家に手駒を押し入らせたのお前だろ、颯喜」
電話の相手はウチの次男坊。母親違いの兄の卯花颯喜。
「……だったら何だ?」
「家督争いはおれ達の問題だろ?関係ない人を巻き込むな」
「関係あるよなぁ?テメェの可愛い可愛い彼女ちゃんの家族なんだからなぁ。調べてみたが、妹もカーチャンも相当な上玉じゃねぇか。ちょうちょちゃんも含めて是非飼いたいわ」
「…………」
「なのに失敗じりやがったみたいだな……父親が昔、その筋じゃ相当有名な格闘家だったらしいが、そいつと鉢合わせたのか……クソッ、後処理がめんどくせぇ……」
その狙ってた上玉に病院送りにされたんだけどね。まぁこっちの情報をあえて言う必要はないよね。
「まぁ良い。それならそれで今度は人数を増やすまでだな。ヒヒヒ、楽しみだなぁ。テメェの目の前で、今や球界のアイドルのちょうちょちゃんを抱くのがよぉ……」
「良い加減にしろ」
「あん?」
「だからおれ以外を巻き込むな。何度も言うけど、おれはもうそっちの家に戻るつもりはないし、ましてや家督だって必要ない。心情的には光樹兄さんを支持してるけど、直接関わるつもりもない。必要なら書類でも何でも書く。おれが長男なら確かにそれでも目の上のたんこぶになるかもしれないけど、妾が産んだ末っ子に何でそこまで……」
「……ぬるいこと言ってんじゃねぇぞ、クソガキ」
「!!?」
チャラけた颯喜の声色が急に低くなる。
「卯花商事はおよそ一世紀ほどにわたって、帝国に名だたる大企業の一角を担ってきた。それによって、バイトも含めて万単位の"豚"を養い続けてきた。それらが叶ってるのは、誰よりも勝ちに貪欲な奴が長たる者として君臨してきたからだ。学歴とか稼ぎとかそういうのは当然のこと、血の繋がった兄弟との争いにさえもな」
「…………」
「むしろ、それこそが上に立つ人間の最低条件。凡百な"豚"どもだけじゃなく、親兄弟の屍すらも踏み台にできる覚悟のある奴。醜かろうが、目の前にある大金のために法を犯してでも争う覚悟のある奴でもなきゃ、"豚"どもに喰わせてやることもできやしねぇ。戦後半世紀強、世の中がどんなに厭戦主義に流されようが、商売だって結局は遠回しな戦争なんだからな」
……父さんの言ってたこと、そっくりそのまま。
「優輝。俺は確かにテメェの思ってる通り"人間の屑"だよ。それは認めてやる。だが、そんな俺でも、飼ってる"豚"は屠殺したり老いぼれたりする直前まではひたすら可愛がって世話してやる。それが、卯花の家に生まれた人間の流儀だ」
コイツはほんと、良くも悪くも跡取りの最有力候補。
「テメェは確かに"雑種"だが、親父の血が入って認知もされてる以上、最低でも"噛ませ犬"の役割は全うしなきゃならねぇんだよ。この争いは俺にとってだけじゃなく、テメェにとっても『通過儀礼』。卯花の家を守るために必要なこと。たとえそうやって無条件降伏して当主の座は手に入らずとも、並の"豚"が一生働いても稼げない程度の遺産は手に入る。そういう立場なんだからなぁ」
言ってることも、女癖の悪さも、何もかもが父さんそのまま。ただ単に家を守るだけなら、この上なく都合の良い存在。そればっかりに特化して、人として大事なものを捨て切ってる奴。
「……何をすれば満足なの?」
「あ?」
「その上でどうすればおれが『敗けた』って見做してくれるんだよ?」
「…………」
「家督はもちろん、遺産だって放棄する。おれなんて最初からいなかったことにする。それ以上何をしろって言うんだよ?」
元々おれはお金とかそういうのは自分の力で稼げるようになったらそれで良いって考え。最悪おれと母さんを養えたらそれで十分。とにかく面倒なことに巻き込まれない自由な生き方をずっとしたかった。半分は紛れもないあの父さんの血だけど、もう半分は母さんのそれだから、きっとそう思えるようになったんだと思う。卯花の家から見れば、おれの方がむしろバグだし、そんな明らかにバグになり得るのをあえて認知した父さんの落ち度とも言える。
……もちろん、おれだって人間だから、死にたくはない。人並みくらいの贅沢をして、好きな人と結婚して子供だって欲しい。おれの保護のために動いてくれたすみちゃんや、雇ってくれて恋人としても愛してくれてる逢にも感謝してる。
でも、だからこそ、これ以上迷惑はかけられない。そうなるくらいなら、もうおれの人生なんて元からそこまでだったんだって割り切った方がマシ。
「……ウチは先祖代々からの男家系だ。テメェが婚外子の中で唯一認知されたのも、テメェの母親が親父のお気に入りなだけじゃなく、テメェが男だったからってのも理解してるよなぁ?」
「まぁ……そうなんだろうね」
本妻の方のお母さんがたまたま男4人産んで女の子は1人も産んでないから、認知されてる子供全員が跡取り候補になってる形だけど、実際は卯花の家で女が家督を握ったことは一度もない。そもそも跡取り候補にすらならないから。
「なら簡単な話だ。テメェ、男を捨てろ」
「……!?」
「散々女に守られてきたんだ。似合いの末路だろ?ヒヒヒヒヒ……」
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