第百十一話 背負うもの(3/6)
病院からバスに乗って10分くらい経つと、よくある住宅街にたどり着いた。特に景観とかは意識してないのか、小洒落た大きめの家だったり明らかに建売っぽい家だったりがごちゃごちゃと並んでる。
先導する逢のお父さんが足を止めたのは、サ■エさんの家の面積を狭めた代わりに2階建てにしたような古めの家。見上げると確かに2階の窓が1つ割れてて、ここが逢の実家なんだと告げてる。
「さぁさぁ、上がって上がって!」
「ど、どうも……」
物騒な出来事があって重い雰囲気の中、逢のお母さん……牡丹さんだけは明るく振る舞っておれを歓迎してくれる。
「まずは遠路はるばるよく来てくれた。早い時間から大変だっただろ?優輝君も逢も、とりあえず座りなさい」
「これ使って」
「ありがと……」
逢から座布団を受け取って、お膳を挟む形で逢のお父さん……勝さんと向かい合わせになるように座る。
「どうぞ」
「どうも……」
「結、このままで飲めるか?」
「うん、大丈夫」
逢の弟……純くんが人数分のコップにお茶を注いて持ってきてくれた。逢のお父さんは1つ取って、1口飲んでから切り出す。
「優輝君、まずは君のことを改めて聞かせてくれるかな?」
「は、はい!卯花優輝です!前はバニーズの球団スタッフをしてましたが、今は逢の専属の打撃投手として雇ってもらってます!」
「打撃投手……?」
「バッターが練習する時に投げるアレよね?」
「そうです!」
「優輝はすごいんだよ。右でも左でも投げれるし。今年、シーズンでもオリンピックで活躍できたのも優輝が支えてくれたおかげ」
「へぇ、器用ね」
「給料決めてるのはあたしだけど、まぁ稼いでる方だし、家事も何でもできるし、そういうところでもいつも助けられてるよ」
(あっちの方の発散もね……ケケケケケ……)
こんなタイミングで初顔合わせになって、おれに対してはどう接すれば良いのかって感じの中、逢と牡丹さんはおれをフォローしてくれてる。ありがたいけど、余計に自分が情けなくなる。すみちゃんだけじゃなく逢にも守られてばかりで。
それに、今回の件はきっと……
「ご家族は?」
「えっと、両親は健在で、兄が4人います」
血の繋がってないお母さんもいて、存在すら知らない兄弟姉妹も多分他にいるだろうけどね……
「それと、父は会社を経営してます。卯花商事って会社で……」
「卯花商事……あら、大企業じゃないの」
スマホで調べる牡丹さん。多分ひらがなで検索しても一番上に来て、百科事典サイトにも記事がある程度には大きい会社。帝経平均株価の構成銘柄になってるすみちゃんのとこほどじゃないけど。
一応、そんな会社の社長の息子なわけだから、確かにお金がなくて困ったことはないよ。むしろお金がありすぎて困ったことの方が多い。
「……失礼だが、そんな君がなぜ球団スタッフや打撃投手といった仕事を?気に障ったのなら申し訳ないが……」
「いえ、そう思うのは当たり前だと思います」
逢にはもう伝えてるんだし、やっぱりここでも自分から言うべきだよね。
「さっきも言ったように、僕には兄が4人います。ただ、僕は兄弟の中で1人だけ母親が違ってて……」
「「「……!」」」
「多分皆さんの想像通りです。いわゆる家督争いってやつがあって……古くからの企業なので、ウチにとってはいつものことなんですが、父や祖父の代では不審死なんかも起きたりして……」
「「「…………」」」
「僕の母は元々実家のお手伝いさんで、兄達の母親とは色々と格が違ってて、その上僕は末っ子ですから、最初から候補外も候補外。でも一応家督を継ぐ資格がある以上、色々危険ってことで、親戚筋の三条家……つまりバニーズのオーナーの家に保護してもらってたんです。ただ、それだと色々と肩身が狭いので、オーナーに少しでも恩を返すために球団スタッフとして働いてました」
「……なかなか大変な身の上だな」
「はい……」
ほんと、とんでもない"事故物件"。自分でもそう思う。逢はこんなおれをよく拾う気になったってのが正直なところ。
「それでも逢が選んだんだ。文句を言うつもりはないし、言う資格もない」
「ありがとうございます……」
「ありがと、お父さん」
「とりあえず今日はどうする?泊まっていってくれても構わないが、昨日の今日で色々あった事故物件だからな……客人を泊まらせるのは忍びないが……」
「逢はどうするの?」
「とりあえずしばらくここにいるよ。またノコノコと別の人が来るかもだし」
「じゃあおれも良いかな……?」
「うん」
「歓迎するわよ、お婿さん」
「気が早いでしょ、かーちゃん……」
……おれと無関係なら、このまま逢の力になる。でも、もしおれの予感が当たっていたら……
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