第百十話 清算(5/7)
******視点:リリィ・オクスプリング******
9月29日。全体練習が終わって、選手寮の自室。
「ん〜、これはもう使わんかなぁ……」
寮のクローゼットの中の整理。大学の頃から使ってたスポーツウェアとか寝巻きとか、傷んでるものはこの機会に処分。
ウチももう大卒の3年目やし、今度の契約更改が終わったら退寮ってこともあり得る。元々整理整頓は普段からしてる方やけど、今の内にまとめられる荷物はまとめておいて損はないわな。
「ふぅ……」
気がつけば結構ええ時間。晩飯は先に摂ったし、歯も磨いた。後は風呂入って寝るだけやな。
……っと、それと……
『幸貴、この前借りた漫画今から持って行ってええか?』
机の上のスマホを取って、ベッドに腰掛けてCODEでメッセージ。今日の内にやれることは全部やっておきたい性分。
『あー悪い。今外出てんねん』
この時間に……?
『あ、そうなんや。何かあったん?』
『んー、ちょっとデートでな』
またか……ほんま大学の頃から……
『今の彼女って、■■やっけ?』
『うんにゃ。そいつとは開幕前くらいに別れた』
『今の子はどんな子なん?』
『ヒント:今年のバニーズの開幕戦の始球式』
『???』
流石に始球式の人間なんていちいち覚えてへん。ウチは普段ほとんどDHでグラウンドに出ぇへんから、余計に印象残らへん。
『バニーズ 2020 開幕戦 始球式』で検索っと……!?
『まさか曽根崎初音?』
『そのまさかよ』
『現役アイドルやん……』
『頑張って口説き落とした』
しかも画像見てみたら相当可愛い子。ようやるわ……
『あ、悪い。ちょっとしばらく返事でけへん』
『そうなんか。取り込み中悪かったな』
そのままベッドに寝転がって、スマホを手放す。
……これくらいの子まで捕まえられるようになったんやな、幸貴。まぁ大卒1年目から一軍でマスク被って、今やほぼ正捕手。ただでさえキャッチャーなんて食いっぱぐれにくいポジションやし、『稼ぎ』って点なら間違いなく優良物件。
ウチも小さい頃から一部の人間に『外人外人』言われとったけど、それでも、どっちかと言えば男を選べる立場やった。でも世の中知らん子供やったから、小学生の頃はスポーツできるとか、中高と大学入りたての頃は単純に顔で選んでたところがあった。それでまぁ、やることもやって初めてじゃなくなって。
でも一人暮らし始めたりバイトしたりしてる内に世の中を色々知れて、そんな浅い考えで男選んだらアカンって思うようになって。そういうのはプロになって活躍してからでも遅ない思って、大学の途中からはずっとフリーで。『できる奴は早い内からプロになった方が良い』とか、世の中色んな考えがあるやろうけど、そういうことがあったから、ウチに限って言えば大学行ってからプロになれて良かったと思う。
例のアイドルもそうなんやろうな。男も女もその気になれば仕事で自分1人を養えるくらいには稼げるもんやけど、女は経済的な余裕とかウチらみたいなプロのスポーツ選手でもない限りは妊娠出産でどうしても働けなくなる期間ができるし、男も女も関係なく、将来にかかるカネなんて考えたらいくらでもある。自分らの老後の蓄えとか、子供を大学に行かすまでの費用とか。
『顔だけじゃメシは食っていけへん』。その辺の現実をより早くより実感できるのは、やっぱり子供のことで物理的に縛られる女の方やろうな。男女は『同列』であるべきやけど、完全な『平等』や『均等』であることは物理的には不可能な話。
……ほんま、ウチもいつまでヘタレとんねんって話やな。頭ではこれくらい理解してるってのに。
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******視点:冬島幸貴******
9月29日。梅田駅近くのホテル。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ、全然」
ベットに座ってスマホを打ってると、シャワールームから出てきた初音。オレと同じようにバスローブを着て、薄くではあるけどきっちりメイク。
初音がオレの隣に来て、スマホを脇に置く。
「誰かとメッセージしてたんですか?」
「ん、まぁ同僚と」
「女の人ですか?」
「まさか」
「ですよね」
嘘やけど、別にやましいことでもない。リリィやし。腐れ縁みたいなもんや。アイツもアイツでなかなか綺麗やとは思うんやけどな。
「ちょっと夜景でも見ます?」
「良いですね」
いつも女を連れ込んでるとこよりだいぶお高めのホテル。アイドルと初めてなんやし、今年も1年間戦い抜いた自分へのご褒美ってことで。
まぁ値段相応に、高層階で夜景も絶景。日本屈指の大都会を物理的に見下ろして、これだけの人々の上に立ってるんやって優越感をつい覚えてしまう。
「綺麗……」
その後は流れで身体を寄せ合って、唇を交わす。スキンシップを重ねてから、いよいよベッドへ。
……っと、その前に。
「あの、ちょっとお願いしても良いですか?」
「何です?」
荷物の中から私物のノーパソを取り出す。動画再生ソフトを起動すると、初音の所属するUMD33のライブ映像。
「これ、流しながらで良いですか?」
「……もう」
「嫌ですか?」
「良いですよ」
ちょっと呆れながらも、身体を許す初音に覆い被さる。
片田舎の学校でもバカにされてきたオレがこうやって稼げるようになって、今やこんなアイドルまで抱けるようになった。他の男はこうやって、大金はたいても棒振って歌聴くのが精一杯の女をオレだけが抱ける。それだけで最高に昂る。
ざまぁみろ、両刃。
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