第百九話 信念(7/8)
「8回の裏、ツーアウト一二塁。5-4でビリオンズがリード。一打同点、一打逆転もあり得るこの場面で打席に立つのは、今シーズン大躍進の月出里。オリンピックMVPのみならず、42年ぶりの70盗塁に67年ぶりの三塁打16本と、時代を超える活躍ぶり。マウンドにはオリンピックで共に日本の金メダルに貢献した、同い年の瀬長。今シーズン54試合目の登板で、投球回52回2/3で防御率1.88。奪三振62、奪三振率は10を優に超えております。球速160km/hの大台も記録し、今や球界を代表するセットアッパーへと成長しました」
「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」
「瀬長!今日こそしっかり抑えろ!!」
「160km/h!160km/h!」
「この歓声。シーズン最終戦、今日一番の大盛り上がりです」
今日の瀬長くんはまっすぐが走ってる。振り負けないように……!?
「スイング!」
「ストライーク!」
「バット回りました!まずは低め変化球でワンストライク!!」
右相手にはあんまり使わないチェンジアップ……
(正攻法で勝てる相手ではないのはわかりきってますからね。それに、我ん自身も自信を持ってたまっすぐ、データを取ってみると、月出里さんに限らず今シーズンここまでで一番被打率が悪かった。先ほどの相模さんはむしろ変則的な投手に強いタイプなので真っ向勝負でねじ伏せましたが……)
「ボール!」
「スライダー!外外れました!」
(まっすぐが速いからと言って、『変化球主体になってはいけない』なんて決まりは世界中どこにもありません。ただチェンジアップは右相手だとちょっと制球しづらいので、選択肢を広げるためにフォークに変えても良いかもしれませんね)
今度こそまっすぐ……!?
「ファール!」
「一塁線、切れました!」
カットボール……今日はとことん変化球ばっかなのかな?なら意識を少しずらして……
(『変化球ばかり』と認識していただけましたかね?)
!!!
「ファール!」
「高めまっすぐ当てて、バックネットに当たりました!今日最速の159km/h!」
危なかった……
(空振りを取れなかったのは残念ですが、『あの鬼のような選球眼を持つ月出里さんにボール球を打たせられた』。これは大きな収穫ですね。オリンピック前から何となく感じていたのですが、どうも我んのまっすぐは高めの方が有効な気がしますね。昔から日本では『アウトローへのまっすぐが王道』とされてきましたが、所詮は根拠のない先入観。常識を疑わなければ進歩はないことの好例ですね)
……外れる!
「ボール!」
「外スライダー!ここははっきりと外れました!」
(うーん、ここは失敗じりましたね)
ここがまだ救い。瀬長くんは特別ノーコンってわけではないけど、かと言って制球がすごいってわけでもない。冷静に見てたらこういうはっきりと外れる球もある。
(そのための常時クイックでもあるんですけどね。投球のプロセスをなるべく簡略化し、かつ、画一化することで再現性を追求。それでも我んも人間。ミスは必ずある。スピードがあるということは出力もあるということなので、その出力の制御がコンマ数秒の単位で乱れることくらいはある。もちろん、改善していきたいところですけどね)
「タイム!」
一旦打席を外して、素振りしつつ頭を整理。
駆け引きの仕方はいつもと違うけど、球の質に特別な違いはない。いつも同じような投げ方をする分、球の質のブレも少ない。あとはその日その日の微妙な違いを加味するだけ。
「ちょうちょ!落ち着いてけ!」
「とりあえず同点でええんや!」
「上手くチョコンと当てたれ!」
「プレイ!」
……プロ入りしてすぐは実績がない分、卑屈になったりすることが多かったけど、それでもすみちゃんのためにもスラッガーを目指して頑張ってきた。それが今では実績はできたけど、そのせいであたしにはすっかり"クッソ可愛くて脚も使えるアベレージヒッター"みたいなイメージが根付いてしまった。
もちろん、それはそれだけ投手に勝ってきた証なんだから、誇らしいと思う部分はある。だけどあくまで、『あたしが目指してるのはそういうのじゃない』って言いたい。
だから、今日ずっと『今年中に何とか1本だけでもホームランを打ちたい』って気持ちでやった結果で十握さんに負けたことには何の後悔もない。あたしはあたりなりに信念を貫けたから。
火織さんが打てたのだってきっと、『氷室さんを勝たせたい、負けさせたくない』って信念を貫いた結果。何が信念だろうと、結果を出せばこっちのもん。あたしだって貫いて何が悪い。
(!!?やられた……)
「!!!センター右!!」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
(くそっ……!)
「センター飛びついて……捕れません!」
言うほど勢いのない打球で、センターが飛びついてギリギリ捕れないとこ。長打はほぼ確定。それどころか……
「二塁蹴って三塁へ!」
(……!)
打球の方向を気にするふりをして、ちょっとだけスピードを緩める。
「セーフ!」
「二塁ランナーに続いて一塁ランナーもホームイン!」
「セーフ!」
「三塁もセーフ!スタンディングトリプル!!6-5、バニーズ、ついに逆転!!!」
「「「「「よっしゃああああああああ!!!!!」」」」」
「ラブリーアッイ」
「っていうか三塁打ってことは……」
「月出里選手、先ほどの三塁打でリーグ・プログレッサー新記録の17三塁打となりました!」
「逢ちゃーん!おめでとー!!」
「ナイバッチ!」
「サンキュー!」
……ぶっちゃけ本気で走ってたらギリギリホームに間に合ってたと思う。でもあえてこうした。
別に三塁打の記録のためじゃない。あんなのをプロ1号にしたくなかったから。"史上最強のスラッガー"になる上で、貫くべき意地だと思ったから。後々どうなろうが、あたしは信念を貫いた。ただそれだけ。後悔は絶対にしない。してやるもんか。




