第百九話 信念(6/8)
******視点:振旗八縞******
逆転の狼煙になりうる徳田の一発で、ベンチは大盛り上がり。
「…………」
たった1人の例外……月出里を除いてね。徳田の視界から離れた途端に作り笑いも消して、いつもの冷淡な顔。わかりやすい子だわ。
「しっかしよく打てたな……今年1本目だろ?」
「えへへ……まぁ練習で打ててたからね」
「3番レフト、十握。背番号34」
『スイングスピードが一定以上あるにも関わらずホームランが期待できない』って点では月出里も徳田も共通してるけど、そのメカニズムは両方とも全く違う。
月出里は自分の才能に振り回されてるから。より良い打撃結果を生み出せる『強い打球』はより芯に近いところで捉えることで生じるもの。それを無意識に目指してしまってるから。『角度のある打球』というのは『芯から少し外す』ことで生じるものだから、それを無意識の内に『打ち損じ』と混同してしまってるせい。
徳田はただでさえ関節がルーズな上に、インパクトの瞬間にパワーを生み出しにくい右利きの左打者なのもあって、芯から外れるとヘッド負けが起こりやすいから。だからホームランバッター特有の『角度が大きく付いた大飛球』を打とうとすると、ほとんどがポップフライか、良くてもフェンス手前のフライくらいになってしまう。
とはいえ、見ての通り、徳田は月出里と違って現状全く打てないわけじゃない。プロ1号は去年もう打ってるし。
飛距離は十分に生み出せるだけのスイングスピードがあるんだから、あとは角度が最低限付けられるかどうかだけ。さっき打ったみたいにフェンスを越えられるギリギリくらいの角度までならヘッド負けも抑えられる。要は『ホームランを打つ上で、芯から外せる許容範囲が他の打者より狭い』ってだけの話。
(……よし!)
「二遊間……抜けましたライト前!」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
ただのシングルヒットだけど、さっきの徳田のホームランと負けず劣らずの大盛り上がり。何せ……
「これで十握は今日3打数2安打で打率.350!月出里は今日3打数無安打で現在.348!もし月出里が次の打席でヒットを打った場合は.349になりますが、十握がその後凡退しても、約4毛差で十握の首位打者は揺るぎません!」
「こりゃほぼ決定やな……」
「しゃーない。守備とか盗塁とかで全然負担が違うしな。ケチも付かんやろ」
「ちょうちょも普通にようやったわ」
「…………」
十握が首位打者をほぼ決定付けたって言うのに、十握の方をまるで見向きもしない。ほんとわかりやすい子だわ。
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******視点:月出里逢******
「8回の裏、バニーズの攻撃。5番ファースト、金剛。背番号55」
ここまでスコアは5-3のまま。ホームゲームだけどビハインドだから、仮にこの回三凡だとしても、1番まではギリギリ回ってくる。交代でもない限りはまだ1打席はあたしにもチャンスがある。逆にここから打ちまくった場合は回ってこないかもだけど。
……もちろん、消化試合でも勝負は勝負だから勝ちたい。十握さんとの首位打者争いだって、一応勝てたら良いなとは思ってた。三塁打の記録ってやつも、まぁ作れるに越したことはない。
でも、今日のあたしが一番に求めてるのはそういうのじゃない。
「!!!ライト下がって……入りましたホームラン!金剛、今シーズン第16号!これで5-4!」
「「「「「いよっしゃあああああ!!!!!」」」」」
「ナイス主砲!」
「やっぱりまだまだ必要戦力やな(テノヒラクルー」
そうそう、そういうのだよ。ちくしょう。
天狗になるつもりはないけど、あたし自身も今年のあたしはよくやったと思ってるよ。首位打者はほぼなくなったけど、盗塁王とか最高出塁率辺りはほぼ確実で、オリンピックでもMVP。レギュラーの座はもう心配ないと思うし、給料だってきっとだいぶ上がる。優輝とのスケベ生活ももうすぐ実現できるはず。
でも、肝心なことがまるで叶ってない。鹿籠さんには今年も勝ち逃げされるし、ホームランも結局1本も打ててないまま。
「ストライク!バッターアウト!」
「見逃し三振!松村、苦い顔で天を仰ぎます!」
「うーん、これはバッテリーにとってはラッキーでしたね。制球があまり定まってませんでしたから、四球で出られるかもって気持ちだったんでしょうね」
「7番センター、秋崎。背番号45」
「あとおっぱいミサイル一発で同点や!」
「ところで『3』って数字、何かエロくない?」
「背番号もでしょ」
佳子ちゃんなんか規定に届いてないのに3本。今年のバニーズの中じゃ打ってる方。悔しい。
「サード捕って、一塁送球……ああっ、捕れません!」
「セーフ!」
「一塁セーフ!記録はサードのエラーです!」
(出れたのは良いけど、また転がしちゃった……)
「何かキター!」
「ええぞええぞ!責任追及や!」
「この回で一気に逆転や!」
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。8番、冬島に代わりまして、アゴナス。8番代打、アゴナス。背番号44」
「ここで代打です!今日ベンチスタートのアゴナスが打席に向かいます!」
「勝負に出てきましたね。この流れだともしかしたらこの回の内に……」
……この回の内にあたしに回るかも?準備しなきゃ。
「ボール!フォアボール!」
「選びましたフォアボール!」
「やはりちょっと今日はフォークを引っ掛けがちですね」
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。一塁ランナー、アゴナスに代わりまして、有川。有川が代走に入ります。8番代走、有川。背番号0」
「このまま9回以降のマスクも任せるんでしょうね」
「ビリオンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、■■に代わりまして、瀬長。ピッチャー、瀬長。背番号61」
「ここでビリオンズも交代です!リリーフエースの瀬長がマウンドへ向かいます!」
(まぁ調整登板としては悪くなかろう)
「9番サード、相模。背番号69」
瀬長くんに変わっても、同じ右でタイプもそんなに違わない。やることは同じ。
ネクストに入って、ひたすらピッチャーを視てイメージ。あたしにとっての最良の結果に近づくにはどうすれば良いのかを洗い出す。
「ストライク!バッターアウト!」
「三振ッ!最後も157km/h速球!!」
(マジ速ぇ……こんなのクイックでポンポン投げれるとか、どんだけ身体が強ぇんだよ……)
(……さて、肩慣らしは上々ですね)
比較的相性の良い相手。でも実力は今年の球界No.1リリーフ。そして同い年の中でもトップクラスのピッチャー。相手にとって不足はない。
(2点リードでツーアウト一二塁で相性の悪い相手。順位とかがかかってる普段なら逃げるのも辞さない場面ですが、今日は消化試合ですからね。我んだって無意味な無条件降伏は御免です。今日こそ勝たせてもらいますよ)
「1番ショート、月出里。背番号25」




