第百九話 信念(3/8)
「氷室くん、次もいけるかい?」
「はい、投げさせてください」
ベンチに戻ると、伊達さんがあっくんに確認。球数的にも完投はない。あっくんを勝たせるための攻撃のチャンスはイニングにしてあと2回と考えた方が良さそうだね……
「5回の表、バニーズの攻撃。9番ショート、宇井。背番号24」
この回はアタシに回る。けど3人目。点差的にも出てもらわないといけないけど……
「あけみん!そろそろ1本頼むで!」
(そうしたいのは山々っすけど……)
「ストライク!バッターアウト!」
「チェンジアップ!空振り三振!」
(やっぱりこういうのはまだ……)
「うーん、全然タイミング合わんなぁ……」
「二軍でも微妙やったし、まだまだこれからやろ」
「高卒ルーキーが"守備の人"やれてるだけでも十分すぎるわ」
朱美ちゃんにはまだ荷が重いか。
「1番サード、月出里。背番号24」
「5回の裏、4-1、ビリオンズリード。ワンナウトランナーなしで打順は三巡目に入ります。今日も1番でスタメンの月出里。今日はここまで1打数無安打1四球。十握との首位打者争いには一歩リードを許してる状況。3年連続シーズン最終戦勝利のためにも、ここは何とか1本が欲しいところ……」
「ストライーク!」
うーん、何か今日の逢ちゃんは妙に大振り。首位打者がかかってるのに……
「ちょうちょ!いつも通りでええんやぞ!」
「たまにちょうちょこうなるよなぁ」
「点差的にも普通に塁出たらええのに……」
(ッせぇな……)
「!!!痛烈!しかしサード止めた!」
「「「「「おおおおおっ!!!」」」」」
「ちょうちょ!こぼしとるで!!」
「ダッシュやダッシュ!」
「アウトォォォ!!!」
「間に合いました!これでツーアウト!!」
多分アウトだけど、ちょっと微妙なとこ……
(うーん、1回失敗して後がないけど、リクエストするべきか……十握くんとの兼ね合いもあるし、3点ビハインドでこの出塁1つに使うのは……)
一塁を駆け抜けた後、ベンチの方を見て手をかざす逢ちゃん。リクエストする必要がないってことかな……?
(良いのかい?)
(別に)
まぁリクエストは残り1回。下手すると逢ちゃんだけ贔屓したようにも見えるし、しょうがないのかな?
「2番セカンド、徳田。背番号36」
ツーアウトランナーなし……後続は三四郎くんにリリィちゃん。信頼できないわけじゃないけど、一般的には得点が難しい場面。
「ボール!」
アタシの役回り的に、ここでも塁に出られれば十分仕事はしたと思ってもらえると思う。あっくんにも、他の人達にも。
「ファール!」
けど、結局のところ野球は点取りゲーム。最近は『弱小チームの過剰なバントの指示は監督の責任逃れ』みたいな風潮があるように、塁に出てチャンスを作るだけじゃ何も得られるものはない。
……今日のバッティング練習。珍しく柵越えがポンポン打てた。一軍に戻ってから空振りもしてない。仮にスタンドまで届かなくても、ツーアウト一塁と二塁、三塁とじゃ点の取りやすさも全然違う。
ここはあえて欲張って……
「!!!引っ張った!」
「アウト!」
「ああっ、またしてもファースト真っ正面……」
フルスイングの後、慢心せず全力疾走しようとしたけど、すぐに脚を止めて、思わず天を仰ぐ。
「エアゲッツー乙」
「3打席連続ホームランならたまに聞くけど、3打席連続ファーストライナーとか初めて聞いたわ……」
「かおりん、何を力んどるんや?(その目は優しかった)」
「非力なくせに何イキってるのよあのブス?」
「頑張ってますアピールキモ」
……くっそおおおッッッ!!!何でだよ、何でだよ……!
表情には出てるかもしれないけど、思わず叫んでしまいそうな悔しさを噛み締めて、ベンチへ戻る。
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「ストライク!バッターアウト!」
「最後は落としました!これでスリーアウトチェンジ!6回の表、この回は三者凡退に終わりました!」
1回以来の三凡。三振も奪れたし内容も悪くない。けど……
「うーん、でも粘られたなぁ……」
「球数的にこの回までか……?」
「せっかく氷室くん、エンジンかかってきたのに……」
「氷室くん、お疲れ様。次の回からは早乙女くんに任せるからね」
「はい……」
(せめて同点までは粘りたかったが……)
100球超えた以上、しょうがないよね。
「3番レフト、十握。背番号34」
でも、まだ勝たせるチャンスはある。点差的にこの回アタシまで回ってくれば、ちょうど逆転か勝ち越しくらいのタイミングになるはず。そこで今度こそ……!
「ストライク!バッターアウト!!」
「見逃し三振!低めいっぱい!!」
(入ったか……!)
(うーん、『審判によっては』ってとこですねぇ。まさか私が十握さんから三振を奪れるとは……西科さんのキャッチングに感謝ですね)
まさかまさかの三四郎くんが……こりゃちょっとヤバいかな……?
「ピッチャーの足下……抜けました!」
「「「おおっ!!!」」」
「センター前ヒット!オクスプリング、今日初ヒット!」
(ここは欲張るとこやないしな)
よしよし、リリィちゃんナイス……!
「打ち上げて、ライト浅いとこ……」
「アウト!」
「これでツーアウト!」
「「「あああ……」」」
(くそっ、ミスショットか……!)
(打ち損じてくれたけど、ちょっとタイミングが合い始めてるな……)
……まだツーアウト。まだツーアウト。
「レフトの前、落ちましたヒット!」
「ナイバッチ松村!」
初球から思い切っていったね。アタシ以外の人達も球筋に慣れてきたのかな?なら好都合。流石に閑さんに一発は期待できないけど、繋いでいけばまだ何とか……
「ビリオンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、三矢に代わりまして……」
……って交代!?
(今日の三矢は何だかんだでよくやってくれた。先発再転向だが、CS以降でも計算できそうだ。ここは温存だな)
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。7番、赤猫に代わりまして、秋崎。7番代打、秋崎。背番号45」
「おおっ!おっぱいやんけ!」
「まぁ左やしな」
「おっぱいミサイルで同点や!」
「閑さん……」
「この場面じゃしょうがないわよ。あたしも今日守備で微妙に下手こいたし。頑張ってきなさい」
「……はい!」
佳子ちゃんがネクストにいた閑さんに一声かけてから、打席に向かう。
正直期待値的にはあんまり差はないと思うけど、あっくんを勝たせてくれるなら何でも良い。




