第百九話 信念(1/8)
******視点:徳田火織******
2回、逢ちゃんのファインプレーで乗り切った裏の攻撃。
「サード捕って、一塁送球!」
「アウト!」
「これでスリーアウト!」
「うーんこの」
「せっかく流れ良くなったと思ったのに……」
「三凡は免れたから(震え声)」
閑さんの四球からの盗塁以外は特に見どころなく攻撃終了。
「3回の表、ビリオンズの攻撃。4番指名打者、若王子撫子。背番号10」
「先ほどの回はちょうど打者一巡となったため、早くも2打席目となりました、今日4番の若王子」
撫子さん……さっきの振りからするとかなり怖い相手。
(あんまり言われてへんけど、この試合はうちのOPS.700超えもかかっとるんや。『CSで巻き返す』言うても、CSで打った分はシーズンの数字に反映せんからな。調子上げるのも兼ねて、今日は打ちまくるで)
(…………)
……!!?
「「!!!」」
「ストライーク!」
「ストレート!今日最速の150km/hが出ました!!」
これは……
(シーズン最終戦がどうとか、名誉挽回がどうとか、もしかしたらバックがちゃんと守ってくれないかもとか、馬鹿みたいに色々気負いすぎてたな。このマウンドに立ってる以上、やることは1つだけ)
「……ボール!」
「スイング止まりました!」
(ただひたすら気合い入れて投げるだけだ……!)
あっくんの球、さっきまでより明らかにキレが良くなってる……
「……ッ!!!」
「!!!これは、ショートとレフトの間……落ちましたヒット!」
「ナイバッチ!」
「流石は"天才打者"!」
(……アホ。ナイバッチなもんか。完全に力負けや)
ヒットにはなったけど、一塁の上で苦笑いしながら防具を外す撫子さん。
これならもしかしたら……
「5番ファースト、■■■■。背番号■■」
「この回もガンガン攻めてけ!」
「打ち頃打ち頃!」
「ストライク!バッターアウト!」
「ストライク!バッターアウト!」
「ストライク!バッターアウト!」
「三振ッ!最後は得意のスプリッター!」
「「「「「ファッ!!?」」」」」
今日全然三振を奪れてなかったのに、一気に三者連続……
「「「「「氷室くぅぅぅん!!!」」」」」
「やりゃできるやんけパンダ!」
「これはオリンピック前の氷室篤斗(確信)」
「ナイピッチです!」
「サンキュー!」
ベンチに戻る間に、逢ちゃんとグラブを合わせて労い合うあっくん。
わかるよ。この回から急にあっくんのピッチングが良くなったのは、逢ちゃんのおかげなのは。『満塁のあの状況でもバックがなんとかしてくれる』っていう信頼を勝ち取ったからこそだってのは。
この回も相変わらず甘い球がそこそこあったけど、キレが段違いだからどれもファールか、良くても撫子さんみたいにポテンヒットが精一杯だった。そこまであっくんを引き上げたのは逢ちゃん。
……本当はアタシがそうしたかったのに。
「3回の裏、バニーズの攻撃。9番ショート、宇井。背番号24」
「この回の先頭打者はルーキーの宇井。高卒1年目ながら今年はファームの全試合に出場し、公式戦初出場で値千金の勝ち越しタイムリーと、非常に将来が楽しみな若手。昨日までに4試合に出場し、ヒット4本。堅実な守備だけではなく打つ方でもしっかりと結果を出しています」
ルーキーの頃なんか遊んでばっかで二軍でも微妙だったアタシと比べて、確かに逢ちゃんも朱美ちゃんもすごいとは思うよ。
「ショート、落下点に入って……」
「アウト!」
「捕りました!ワンナウト!」
(うひゃあ〜、ほんと速いっすねぇ……赤坂さんも速かったすけど、まっすぐがグンと伸びてくる感じは三矢さんの方がすごいかも?)
(申し訳ないですけど、私は自分より大きい方は守備範囲外ですので。安易なサクセスストーリーは許しませんよ)
「1番サード、月出里。背番号25」
それでも、あっくんの投げる試合でもアタシが一番あっくんのためになれないのは、アタシ自身が許せなくなる。
だからどうしても、逢ちゃんに素直に『ありがとう』とは思えない。ほんと自分勝手だよね。
(1打席目は結構大振りしてましたが、3点リードでランナーもいません。臆さずストライクを取っていきましょう)
(『逢ちゃんのプロ一号で、打たれた私も逢ちゃんと一緒に後世に名を残す』……それもまた一興ですけど、私自身、一度リリーフに回されて結構まずい立場ですからね。逢ちゃん相手でも忖度しませんよ)
「ストライーク!」
とは言え、3点も取られた以上、こっちもそれ以上を取り返さなきゃあっくんを勝たせることはできない。そのためにもここでは逢ちゃんに出てもらわなきゃね。
「ファール!」
「ここでも当てます!」
(これだけ大振りなのに三矢さんの球に当てられるとは、本当に厄介な人ですね……)
(私は細かい制球が苦手だから、基本的にアバウトにストライク取って、大きい変化球でフィニッシュくらいしかできないんですよねぇ……)
「ボール!」
(だから逢ちゃんみたいに目の良いバッターにはこうやって簡単に見切られる……カットかツーシーム辺り投げれるようになりたいんですけどねぇ)
逢ちゃんはこういう単純な球のパワーで勝負するようなタイプのピッチャーには強いよね。アタシと同じで、『四球もこっちの勝ち』みたいな考えなんだろうけど。
「ボール!フォアボール!」
「選びましたフォアボール!これで今シーズン102個目!」
「さすちょう」
「アヘアヘ散歩ウーマンすき」
「もう最多四球確定やっけ?」
「2位が90とかやからな」
「ホームラン0やのによう稼ぐわ……」
「……?」
そこそこ点差が離れてる状況で、1番打者がきっちり出塁。仕事としては文句なしのはずなのに、無表情のまま首を傾げて一塁に向かう逢ちゃん。何か不満に思うとこあった……?
(今日こそ打ちたいのに……)
「2番セカンド、徳田。背番号36」
まぁこの際何だって良い。次の三四郎くんは首位打者のために今日はいつも以上に打つ気満々。アタシもキッチリ繋がなきゃ。
「ワンナウト一塁で打席には徳田。昨日の試合で一軍復帰し、今シーズンの規定打席に到達。ここまで打率.301、ホームランはなしで33打点、盗塁は24。そして今年も4割近い出塁率。走攻守三拍子揃った不動のレギュラーセカンド。今日ヒット1本打てばキャリア初の規定3割はほぼ確定ですが、昨日からまだヒットは1本も打ててません」
規定3割なんて今はどうでも良い。とにかく出る……!
「ストライーク!」
「真ん中!ストレート入ってワンストライク!」
「ストライーク!」
「これも外少し高め、入ってくるスライダーで追い込みました!」
「うーん、結構甘いとこなんですけどねぇ……」
「かおりん!それやそれ!」
「しっかり振ってけや!」
「棒立ちしてても出られへんで!」
「いや、振ったところで自動アウトじゃない」
「球数稼げるだけ棒立ちの方がマシなんじゃない?(適当)」
……もしかして足元見られてる?
(徳田さんは昨日から良い当たりが続いてますが、ことごとく正面。しかも制球があまり良くない三矢さん相手。消極的になるのは読めてましたよ)
(それに、徳田さんは長打があまりないですからね。消極的ならボール球を投げる理由なんてありません)
「ふぅーっ……」
いったん打席から離れて一息。そうくるのなら仕方ない。
「ボール!」
「外チェンジアップ!外れました!」
できれば確実に出たかったけど……そうくるのなら力ずくでこじ開ける!
「「!!!」」
「ストレート打って……」
「アウト!」
「ああっ!ファースト真っ正面……」
しまった……!
「アウト!」
「ファーストランナー一塁へ戻れず!ダブルプレー!!徳田、2打席連続でファーストライナー!!!」
「ええ……(困惑)」
「完璧な引っ張りやったのに……」
「ほんま呪われとるやろかおりん……」
「ざまぁwwwwww」
「あんな奴使ってるからオリンピックの後ずっと氷室くん勝ててないのよ……」
「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、この回もランナーが出ましたが、結果として3人で攻撃が終わってしまいました!」
何でだよ……!?何でこうなっちゃうんだよ、ちくしょう……!
「……火織、気にすんな。当たりはめちゃくちゃ良かったぜ」
「うん……」
一旦ベンチに戻る時に、あっくんからのフォロー。情けない。
このままノーヒット続きで、せっかくの初めての3割を逃すのは別にどうだって良いけど、アタシが欲しいのはフォローなんかじゃない。アタシだってさっきの逢ちゃんみたいにあっくんに感謝されたい。
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