第百八話 応報(9/9)
******視点:八汐元三 [大宮桜幕ビリオンズ 監督]******
よしよし、CSに向けて打線が上向いてきたな。
我がビリオンズは去年と一昨年、リーグ優勝したにもかかわらずCSでヴァルチャーズに負けて帝国シリーズへの進出は全くできなかった。この屈辱を濯ぐには、ヴァルチャーズにも同じ目に遭わせるのみ。
「招福、ちょっと来い」
「はい」
リクエストを終えて仕切り直してる間に、次の打者の招福を呼び寄せて指示を出す。
「1番センター、招福。背番号7」
(ツーアウト一塁。対処し切れんような相手でもない。これ以上傷口広げんためにも、ストライク先行で攻めていくで)
おそらくこれ以上攻撃が続くことを嫌って、すぐにでもアウトを取りたいところだろう。
「初球から打った!」
「「!!!」」
「ファール!」
「ライト線、切れましたファール!」
「惜しい……!」
「良いぞ招福!ナイススイング!」
「このままイケメン野郎を丸焼きにしてやれ!」
(くそっ……!今日はマジでポンポン飛ばされるな……)
今のが長打になればそれが一番良かったが、これで十分。
氷室は本来ならフォーク系を駆使する奪三振型の投手。制球も決して悪くないし、今日もストライクを取る分には困ってない。だが、球の走りが好調とは言い難いし、何よりも甘く入る球が随所で見られる。
基本的にフォークはストライクからボールに逃す球だから、まずはストライク先行させたいが故に『とりあえず入れる』という意識がこうさせていたのだろう。だが、浅いカウントの甘い球を狙われるとわかれば……
(もう少し慎重にいくべきか……)
「ボール!」
「ボール!」
「ボール!」
「ああっ!はっきりと外れてしまいました!これでスリーボールワンストライク!」
「ッ……!」
ストライクを取るのに慎重になって、投球のアプローチが変わったな。本来そこまで不器用な投手ではないが、ここまで1つも三振を奪えてないことや、久々の一軍登板での焦りなどもあるのだろう。
「ボール!フォアボール!」
「外れてフォアボール!」
「おいィ!何チキっとんねん!?」
「勝負せんかいパンダ!」
「2番ショート、六車。背番号6」
おかげでうまくリズムを崩せた。
招福への指示は、『初球は積極的に、そこからは基本待ち球』。指示通り仕事をしてくれたな。
ウチは単純に強打者を多く抱えていて、そいつらに好き勝手打たせてるだけで十分な得点力を発揮できていたが、今年は主力野手が軒並み不調で得点力が大きく落ちてしまった。
だが、それが逆に良い契機になった。こうやって状況に応じて攻撃のアプローチを工夫するのは、これから先の短期決戦には必要不可欠。去年一昨年の敗因もまさにこれの不足。長期戦に長けすぎていたが故の欠点。追われる立場から追う立場になって初めて身に付けられたこと。
今年は妥協せざるを得んが、来年は本来の持ち味を生かしてリーグ優勝も、帝国一も勝ち取ってみせるさ。
「!!!」
「ヒット・バイ・ピッチ!」
(しまった……!)
「当たってしまいました!デッドボールで満塁!!」
「3番セカンド、赤藤。背番号5」
「タイム!」
今度は内野陣も含めてマウンドへ。
……まぁ定番の流れなら『打たせていけ』とかそんなところだな。だが、今の氷室の制球の乱れも、『守備でのあと一歩の不足』が大きく関わっているはず。だからこそ、奪三振を欲しての焦り。
声かけや一呼吸で簡単に戻りやしないだろう。
「プレイ!」
「ツーアウト満塁。バニーズバッテリー、初球はどう入るのか?」
(ここは思い切ってカーブ3つや!)
(……!!!いける……!)
(!!!甘い……!)
「引っ張った!」
案の定……!
「アウトオオオオオ!!!」
!!?
「「「「「おおおおおおおっっっ!!!」」」」」
「と……捕りました!サード月出里、ジャンピングキャッチ!」
「今のよく捕りましたね……抜けてたらレフトへの長打コース、最低でも2点は持っていかれてましたよ」
「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」
「やっぱりちょうちょ個人軍じゃないか(呆れ)」
「持ってるなぁ……」
「これでスリーアウトチェンジ!しかしバニーズはこの回、恋塚と西科の連続タイムリーで3点を失ってしまいました!3-0、ビリオンズ先制となりました!」
……口火の切り方は完璧だったが、畳みかけきれなかったか……
「サンキュー月出里!よく捕ってくれた!」
「ありがとうございます!」
先制を許し、自滅に近い形で招いたピンチの中だったが、あの小娘のワンプレーで向こうの雰囲気がガラリと変わってしまった。
今日はちょっと面倒な展開になりそうだが、まぁこれもCSに向けての準備と割り切るしかないか。




