第百八話 応報(7/9)
「3番レフト、十握。背番号34」
「ツーアウトランナーなしで打席には十握。昨シーズンはルーキーイヤーで二桁本塁打と活躍したものの、開幕の出遅れや途中離脱で規定到達ならず。今年プロ2年目は規定をクリアし、ここまで打率.348と月出里に次ぐハイアベレージ。本塁打の数も金剛に次ぐチーム2位の14本。打点はチームトップの80打点。主にクリーンナップとしてチームの打線を牽引しました」
十握はプロとしてのキャリアは違うが俺と同年代。高校の頃も一応対戦経験がある。1年からチームの4番で嚆矢園に出たようなすげぇ奴だったが、大学入ってからもプロ入ってからもグングン成長してる。
「ピッチャーの足元……抜けましたセンター前!」
「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」
ツーアウトからのシングル。確かに追い込まれてからの基本に忠実なセンター返しで見事だが、本来ならそこまで盛り上がることでもねぇ。
「これで十握の打率は.351!先ほど月出里はライトフライで.349となりましたので、ここでついに十握が首位打者争いの暫定トップに立ちました!」
だが、今日の試合は月出里と十握の首位打者争いの天王山でもある。こんな感じで、たった1本のヒットが勝敗を大きく左右する。
球団もそれを売りにしたいみたいで、バックスクリーンのメンバー表右に表示された十握の打率が派手な演出とともに書き換えられた。そして、さっきまで他の奴のより大きく表示されていた月出里の打率が普通の大きさになって、代わりに十握の打率が一際大きく表示される。
「「「「「346!346!346!346!」」」」」
「ええぞ!ズボンアゲアゲやで!」
「十握くん!"ゴリ押し女"に調子乗らせないでね!」
月出里ほどじゃねぇが、十握の人気もなかなかのもの。それに、世の中には全ての人間に好かれる人間は絶対にいない。優れてるからこそ、人気があるからこそ嫌う人間が存在する以上はな。俺自身もそうだ。別にファンの女子全てに好かれてるわけじゃ絶対にない。結果を出しまくって、あれだけテレビで推されまくってるからこそ月出里を嫌う人間も少なくない。
「…………」
もう1人の当の本人……月出里は俺から少し離れたところから十握の方を見つめてる。
普段から澄ました奴だか、今日は一層何を考えてるのかよくわからん。単純に首位打者争いで対抗意識を燃やしてるようにも見えるが、コイツが打率にそこまでこだわる奴じゃねぇのは知ってる。
「4番指名打者、オクスプリング。背番号54」
「ツーアウトからランナーが出て打席には4番のオクスプリング。今年は現在.274、13本塁打、61打点、OPS.811。昨年と比べてやや成績を落としたものの、プロ入りから3年間、安定した打棒を維持。今日仮に5打席ノーヒットだったとしても、3年連続でOPS.800を超えることになります」
今年のリリィは打率と出塁率がやたら高い月出里と十握を返すのを意識したのか、あるいは対抗意識で差別化を図ったのか、去年までと比べて長打狙いのバッティングが多かったように思う。
「ストライク!バッターアウト!」
「三振!最後は落としました!!」
そのせいで三振の数がいつもより多いが、それでも全体的な成績がそこまで変わってないのは、どんなスタイルのバッティングにも対応できる器用さの証明でもある。
「スリーアウトチェンジ!」
当の俺は一度信頼を失った身。初回の無援護なんて責める資格はねぇ。
「2回の表、ビリオンズの攻撃。4番指名打者、若王子撫子。背番号10」
「初回は両軍無得点でゲームは2回の攻防に入ります。この回の先頭打者は若王子。今日はスタメンマスクを西科に譲って指名打者としての出場となります」
「撫子今日4番なんか……」
「OPS.700切るようなのがあのビリオンズ打線の……」
「いや、言うても今日消化試合やし」
今年のビリオンズ打線は去年までと比べておとなしいが、若王子さんも例外じゃねぇ。去年は正捕手をやりながらリーグ最強打者に君臨していたが、今年は『キャッチャーとしてなら十分打ててる方』ってレベル。どう見ても去年までの負担が一気に出た感じ……
「「!!?」」
「センター下がって……抜けました長打コース!!!」
「「「「「っしゃあああ!!!」」」」」
「セーフ!」
「打った若王子は二塁へ!今日初めての長打となりました!!」
少々甘く入ったが、あのフロントドアツーシームを……
(悪いなイケメンくん。"みそボン"とか首位打者争いとか楽しんどるバニーズと違て、うちらは遊んでられへんねん)




