第十二話 失敗を学んで何が悪い(6/6)
6回表 紅3-3白
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 山口恵人[左左]
[控え]
雨田司記[右右]
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
夏樹神楽[左左]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7三 ■■■■[右右]
8代 財前明[右右]
9捕 真壁哲三[右右]
投 三波水面[右右]
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「貴方!どういうことなんですか!?名門校のスカウトを全部断ったなんて……これじゃ恵人ちゃんの進路が……」
「進学の必要はない。恵人の進路はプロだ」
「な……!?」
お母さんに打ち明ける前に、お父さんはおれから同意を得てた。けど……
「今の時代、高校野球をプロの育成環境にする必要はない。時代遅れの指導法に加えて、勝ち上がるための酷使など、恵人の将来にとってプラスにはならん。一銭にもならん嚆矢園ビジネスにみすみす付き合わせて、ここまで育て上げてきた恵人を潰されてなるものか」
「だ、だけど学歴が……」
「そのために恵人には勉強もやらせた。一応いくつかの球団から指名の確約は貰ってるが、万が一指名されなければ学業重視で進学すれば良い。少なくとも高校野球に身を捧げることはなくなる。メジャー挑戦のためにも英語を徹底的に仕込んだし、蓄えもしてきた。プロでダメだったとしても食いっぱぐれることはまずない」
「何で……そこまで……」
「お前も知ってるだろう?俺が高校野球によって潰されたことを。俺も恵人と同じだった。俺の左肩は中学の頃からプロからも注目されてた。なのに今では肘を肩の高さまで挙げることすらできん。嚆矢園の試合中ならともかく、たかが遠征中に全部終わったんだ。『昔は強かった』というだけの埼玉の公立校相手に連投を強いられて……相手校の監督に止められなかったら、俺の家が裕福でなかったら、今頃は路頭を彷徨ってたかもしれん。だから何があっても、恵人には俺と同じ間違いは絶対にさせん」
お父さんが今までおれに仕込んできた全部が、ここにきておれの中でも一本の線に繋がった。
自分と同じ間違いを繰り返させないとしても、自分にとってのやり直しを息子にさせることを『愛情』と呼べるのかはわからない。そういうのを分類できるくらい人付き合いをしたことがないから。それにおれ自身も遅かれ早かれプロにはなりたいと思ってたから、少なくともおれにはお父さんの決定に逆らう理由を思いつけなかった。そうなるように何年もかけて仕向けたのもお父さんだってのに。
「第八巡、選択希望選手、天王寺西方バニーズ。山口恵人、投手、瑞峰中学」
「な、何とバニーズ!ここで中学生投手の指名です!」
「話題の143km/h左腕ですか……進路の情報が全く入ってませんでしたけど、まさかプロ入りとは……」
2年前のドラフト当時はまだ世間には知られてなかったけど、その時点で三条財閥がバニーズを買収することが秘密裏に決定してた。バニーズの前の経営陣は大多数が球団の売却に賛成だったみたいだけど、一部の反対派が編成に強かったから、嫌がらせの一環で血の入れ替えに見せかけておれを本指名したらしい。他のいくつかの球団もお父さんの根回しもあって一応指名する気はあったみたいだけど、やっぱり指名するとしても育成でする予定だったらしく、結果としてバニーズが一番早くおれを買い取る運びになった。
「連中は嫌がらせのつもりだったのかもしれないけど、私は貴方の才能を認めてるから、もし入団するのなら歓迎するわ。だけど将来の不安もあるでしょ?経営元が変わったんだし、入団拒否しても言い訳が立つけどどうする?」
「入るに決まってるじゃん」
状況が状況だけに、三条菫子新オーナーの評価がリップサービスなのかどうかはわからない。だけど……
「おれは元々プロでやるって決めてたし、話題性じゃなく実力で選ばれたんだっておれ自身が証明するから、心配なんてしてくれなくて良いよ」
ま、同情のつもりなのかもしれないけど、良い契約条件を提示してくれたことには感謝してるよ。
「ナイスボールだ恵人くん!」
そして過程がどうあれ、伊達さんと出会えたことも。
高卒どころか大卒社会人だって二軍で下積みをすることがある。それは理解してるけど、やっぱりその時の実力の程を思い知らされて、不安ばかりだった。伊達さんがいなかったら、おれはとっくにお父さんと同じになってたかもしれない。
「伊達さん!おれ、1日でも早く一軍戦力になってみせます!その時は伊達さんが一番最初に捕って下さい!」
「ああ、約束するよ」
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同じ頼れる大人でも、ちゃんと褒めてくれる伊達さんの方が本当のお父さんだったらなんて一瞬考えたこともある。普通の高校生として過ごして、人並みのペースでプロになってみたかったなんて思ったこともある。
『子供の青春奪って金儲けとか、恵人くんの親は何考えてるのかしらね?』
『何の判断力もない子供を動画のネタにして広告収入せしめたり、子役とかテレビの仕事やらせる親とどう違うんだろうな?』
『ほんと恵人くんかわいそうだわ……』
だけど、おれはもうここにいる。お父さんのifなだけでいるつもりはないけど、お父さんのことをまるで理解しないで色々言ってくるのが嫌だって気持ちもある。
だからおれは、せめてプロを演じきってみせる……!
(チェンジアップ……タイミングを外された!けどこの高さでこのカウントなら誘い球……)
……そう思うだろ?スイングストップってことなら……
「ストライク!バッターアウト!!スリーアウトチェンジ!!!」
「ええッ!!?い、今の外れてませんか……!?」
でも残念、入ってるよ。
(篤斗の球を受けてる間に、今日の球審の傾向はある程度掴んでたからな。近年は機械判定との比較で審判技術の向上を図ってる関係で低めに落ちる球が昔以上にストライクと取られやすくなったしな。特別おかしな癖でもあらへん)
(それに加え、冬島のキャッチングに、財前の準備不足じゃな。ボールと判定されてもおかしくない高さをきっちりストライクだと示す捕球がまず見事。そして財前は代打起用がほぼ確定だったにもかかわらず、審判や相手投手の観察を怠った。確かに純粋な力量では財前の方が上かもしれんが、油断も甚だしいのう)
ずっとチェンジアップを決め球にしてきたから、ストライクゾーンのチェックはいつも欠かしてない。伊達さんにはまだまだ敵わないと思うけど、あのキャッチングができるのなら認めてやるよ、ルーキー。
「ナイスピッチです、山口さん!」
「……松村さんも、ありがと」
「気付いてました?」
「当たり前じゃん」
そういえば投手と野手で、松村さんは一軍にも呼ばれてたから、今まで全然話したことなかったね。本指名1位と最下位とはいえ、ドラフト同期だってのに。
人付き合いは不慣れなままだけど、伊達さん以外ともちゃんと関わっていかないとなぁ。