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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百七話 氷解(4/5)

******視点:徳田火織(とくだかおり)******


 9月16日。二軍球場。

 二軍での試合はとっくに終わってるけど、立場から言ってもこのまま『はいお疲れ様』とはいかない。一軍はまだペナントレース終わってないんだし。だからなるべく早くから球場に入って、なるべく最後まで球場に残る。野手は打つだけじゃなく守ったり走ったりもするから、やることはいくらでもある。


「はぁっ……はぁっ……」


 最初に軽くランニングとかでウォーミングアップ。そこから地道にノックを受けて、素振りして。

 野球は瞬発力のスポーツで、サッカーやバスケみたいに常に動き回ってるようなものじゃないけど、それでも何だかんだで持久力も必要。一昨年、一軍デビューしたての頃も、春先は4割くらい打ってて絶好調だったけど、夏くらいからへばり出して、結局ギリギリ3割届かなかった。

 投手の球数に実質限りがあるように、野手もフルでパフォーマンスを発揮できる時にも限りがある。万年二軍の頃もそれなりに練習の量をこなしてたつもりだったけど、逆にそのおかげで一軍に上がってからも腑抜けずに済んだ。

 と言っても、練習だってやり過ぎれば当然疲れる。それこそ本番にすら影響を与えるくらいに。疲れるだけならまだしも、怪我で試合にすら出れないってこともあり得る。そこら辺のバランスを上手く取れるかどうかも一軍での経験が問われるところ。だから、ここ最近も球場にいる時間はたっぷり取ってるけど、練習の時間や量は特別ハードということもない。適度に休みも取りつつ。

 ……球場にいれば、少なくとも家にいる時よりはよっぽど野球のことだけに集中できるしね。嫌なことだって考えずに済む。


「…………」


 だけど今日は、どうしても考え込んでしまう。休憩にかこつけて、室内練習場のベンチに座ってスマホをいじる、現代っ子じみたムーブ。

 昨日の夜、あっくんとの共有フォルダに追加されたみっくんの写真。CODE(コード)とかでメッセージを送ることなく急に。でもみっくんに会えない分、写真は毎日眺めてたから、1枚だけ突然増えてもすぐに気付けた。何よりも赤ちゃんの1ヶ月ぶりの姿だしね。撮影日とかを見なくても、ここ最近のみっくんの姿だってわかった。

 ……"お母さん"だったら、毎日ずっと付きっきりで、こうやって写真を見比べて初めて成長を実感できるのがむしろ特権なのにね。こんな客観的にたやすく成長を認識できるのは悲しいところ。

 でもあっくん、何で急にこんなこと……?もう二度と会わせないつもりだから、せめてもの情けとか……?


「よう……」

「……!!?」


 聞き慣れた声で振り返る。思った通りあっくん。アタシと同じで登録抹消になったのはもちろん知ったけど、会うのはあの日以来。


「ちょっと時間いいか?」

「うん……」


 ……そう言えば、『また改めて今後のことを話す時間を作る』とか言ってたっけ?まるで死刑囚みたいな気分になるからなるべく考えないようにしたけど、いよいよその時なのかな……?


「ッ……!」

「だ、大丈夫か……?」

「大丈夫……」


 思わず涙が溢れるけど、平気なふり。アタシに泣く資格なんてない。アタシが悪いんだから、泣く資格があるのはあっくんだけ。

 覚悟はしてた。あっくんの決めたことを全部受け容れるって。その方がきっとみっくんのためにもなるし。あれだけのことをして、こうやって普通に練習に参加させてもらえてるだけありがたいんだって、今はそう思ってるから。こうなった以上、せめて"プロ野球選手"としては誠意を見せようって思ってるから。


 ・

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 ・


 場所を移して、球場内のミーティングルーム。


「ほら」

「!ありがと……」


 席に着くと、毎日飲んでる無調整豆乳をあっくんが差し出してくれた。いつも通りのあっくんだけど、そのいつも通りが今は怖い。『これが最後だから』と言ってるみたいで。


「ねぇ、あっくん」

「ん?」

「みっくん、元気にしてる?病気してない?」

「……ああ、大丈夫だ」

「今もあっくん()にいるんだよね?」

「ああ。今はお袋に任せてる」


 いまさら母親ぶってるみたいで白々しいけど、どうしても聞いておきたかった。


「今日ここに来たのも急になっちまったが、ここだけの話、俺も一軍復帰の話が出てるからな」

「そうなんだ……良かった」

「?」

「アタシのせいで、もう今年投げられないかもって思ったから……」

「…………」


 あっくんの方は流石にクビはありえないと思うけどね。それでも、アタシと一緒に一軍に上がってからはずっと勝ち頭だったのに、アタシのせいで負けまくっちゃって……


「……火織」

「う、うん……」

「先月のこと……さっきリリィと相談してな」

「リリィちゃんと……?」

「それで今日、ようやく火織と話し合う決心がついた」

「…………」

「とりあえず、俺の思ってることを全部言って良いか?」

「うん……」


 どんな汚い罵りでも受ける覚悟はできてる。実際、それだけのことをしてきたから。

 ……こんなことになっても、まだ前みたいに3人で暮らしたい気持ちが(くすぶ)ってる、そんな恥知らずなアタシだからね。


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