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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百六話 火種(8/9)

******視点:宇井朱美(ういあけみ)******


「5回裏、3-3同点、ツーアウト満塁。この大チャンスで打席に立つのはルーキーの宇井朱美(ういあけみ)。ファームで全試合に出場して経験を積み、ついに今日この試合でプロ初出場を果たしました。マウンド上には"リプの5年連続奪三振王"赤坂晶(あかさかあきら)。今日はまだ打ててませんが、ここで結果を出せるか!?」


「赤対赤か……」

「朱色では?(マジレス)」


 ……もしもバニーズがウッドペッカーズと同じような立場だったら、この場面、代打を送られててもおかしくない……いや、そもそもスタメン出場すらきっとできてなかったっすね。

 今のこの立場は弱い球団の若手ならではの特権であって、自分だけで勝ち取ったものじゃない。それはよくわかってるつもりっす。


「ストライーク!」

「初球ストレート空振り!155km/h!!」


「はっや……」

「今日はいつも以上に制球がアバウトやけど、まだまだキレッキレやな……」

「あけみん!それでええ!!思いっきり振ってけ!!!」

「いや、そもそも当たらんと意味ないやん……」

「構えはゆったりしてるけど思いっきりマン振りなんだよなぁ……」


 赤坂さんは去年の怪我の影響で、今年もあんまりイニングを消化できなくて調子も上がってないって話だったっすけど……


(なめんじゃねぇ。細かい制球とペース配分を度外視すればこれくらいまだ投げれるわ)

(向こうの山口(やまぐち)がやってたように、そもそもタイミングが合わないのならゾーン内のどこに投げても同じ。ここは球威で押し切りましょう!)


 外野もやや前の方。ただでさえ打てる見込みの薄い自分に対して、ポテンとかの事故の目も潰すためっすかね?

 ……落ち着いて、落ち着いて。


「ボール!」

「今度は高めに外れました!」


 よし、とりあえずあからさまなのは見極められるようになってきたっす。


「ファール!」

「ここで当てました!」


 まだまだバットの上っ面。でも、やっと当たった。


「やるやんけ!その調子や!」

「いける!いけるで!」

「とりあえず前飛ばせば何か起こるで!」


 ……『前に飛ばせば』。確かにその通りっす。

 だけど、当てられなければもちろん論外っすけど、当てられたところで守備に阻まれるような弱い打球を打っても意味がないっす。プロの球威に対して、木製バット。ヘッド負けしないようしっかりヘッドを立てて、それでいてしっかりと振り抜く。弱すぎる打球なら内野安打の目もあるっすけど、そもそもプロの球威である以上、こっちもある程度速く振らなきゃ、特に速球には絶対に間に合わない。スイングの速さは打球の速さも生み出すから、狙ってボテボテなんて、それこそ狙ってホームランを打つのと変わらないくらい難しい打ち方。

 自分はちびっ子の頃から器用に当てるよりは遠くに飛ばす方が得意だったっす。得意じゃない当てることばかりするよりは、いざ当たった時にちゃんと結果を出せるようにする。当たり目の少ないサイコロを振り続けるよりは、サイコロを振る回数を減らしてでも当たり目の多いサイコロを振れるようにする。

 梨木(なしき)さんから教えてもらった『バレル率』も、突き詰めればそういうのを目指すための考え。一定以上の打球速度に、一定以上の角度。とりあえず当ててその後は野となれ山となれじゃなく、空振り覚悟で良い結果を出せる見込みのある強い打球を最初からひたすら目指す。


(やっぱり振りは強いな……左だし、確か図体の割に脚も遅くはないって話。スライダーだと当てられて内野安打とかもあり得る。やっぱここはスプリット勝負だな。捕れるか?)

(もちろんです。任せてください)


 そういう打球を逆算して目指すと、当然スイングの仕方もある程度縛られる。自分はその上での引き出しがまだまだ不足してる。球種が豊富な赤坂さんのどんな球に対しても強い打球を打ち返すなんて器用な真似は、今の自分じゃきっとできないっす。そもそも当てるだけでもできるかどうか……

 だから、自分はこのまま慣れてきたまっすぐに張る。今はそれしかできないから。それで外れたり上手くいかなかったりしたら、素直に『ごめんなさい』っす。


「赤坂、首を縦に振って……第4球……」






(!!!まずい……)


 !!!


「痛烈ッ!!!」


「「「「「おおおおおおおッッッ!!!!!」」」」」


 多分ストレート……思ったより遅い?その分、タイミングが若干早くなったっすけど、それでも打球はあっという間にワンバンでライトの前。

 つまりは……


(今日散々三振喰らった分はここで返すっちゃ……!)

「ライト捕って一塁へ!」


 当然全力疾走で、一塁まであと少しのところで左脚を目一杯伸ばす。ほんの一瞬でも早く踏めるように。

 間に合え……!


「……アウトォォォ!!!」

「ああっ、ライトゴロ成立……」


 ッ……!


「いや、今のは……」

「っと、ここで伊達(だて)監督がベンチから出てきて……リクエストです!」


 ……そうっすよね。ルーキーのくせに監督にリクエストを要求なんて生意気かなと思ったっすけど、監督ならそう信じてくれるっすよね?


(もちろんさ。これは純粋に君がもたらした結果の保証。『選手を立てる良い監督のアピール』なんかじゃない。来年に向けて、色々土台作りしてるのは事実だけどね)


 バックスクリーンにリプレー映像が映し出される。

 自分も確かに打席に立ってから打って一塁を駆け抜けるまで無我夢中だったけど、だからこそ、今になって振り返ってみるとその一瞬一瞬を鮮明に思い起こせるっす。自分が塁を踏んだ瞬間のボールのありかとか。


「「「「「同時……?」」」」」

「もう1回……」

「いや、むしろ脚の方が……」

「ってことは……」

「やんな……?」


 リプレー映像がリピートされるたびに、ライト側の応援席が賑やかになる。最初はプレー全体だったのが、だんだんと自分がホームを踏む瞬間だけになって……


「ここで審判団が出てきて……セーフ!セーフです!判定覆りました!」


「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」


 そうっすよね。やっぱりそうっすよね。


「えー、球審の■■です(半ギレ)ただ今の宇井選手の打撃結果はライト前ヒットとなりますので、三塁ランナーの冬島(ふゆしま)選手のホーム生還が認められます。他のランナーの進塁も同様です。よって、バニーズの1得点で4-3、ツーアウト満塁の状態でゲームを再開します!」

「勝ち越し、バニーズ勝ち越しです!ルーキー宇井、プロ初安打・初打点は値千金の勝ち越しタイムリー!!初出場・初スタメンで大仕事を果たしました!!!」


「「「「「っしゃあああああ!!!!!」」」」」

「あけみん!あけみん!あけみん!あけみん!」

「サンキュー(ヴァーミリオン)

「二軍でイマイチやったのに、赤坂から打てるとは……」

「まるでルーキイヤーのオープン戦のちょうちょみたいだぁ(直喩)」


「トラッキングシステムでの測定では打球速度174km/h、非常に力強い打球でした!」

「迷いのない良いスイングでしたね。ショートという本来は小技を期待されるようなポジションですが、バニーズのネックである長打力をしっかりカバーしてくれそうですね」


 全力疾走だけじゃなく、興奮してなかなか整わなかった息がようやく落ち着いて、周りを見渡す。マウンドには膝に手をついて項垂れる赤坂さん。


「ウッドペッカーズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、赤坂に代わりまして……」


 自分の勝ち……とは言い切れないっすね。今にして振り返ってみれば、あれは多分抜けたフォークか何か。そしてまっすぐより球筋が垂れた分、角度も付けられなかった。抜け球を打つのすらまだまだ未熟。運が良かっただけっすね。

 それでも……


「「「「「あけみん!あけみん!あけみん!あけみん!」」」」」

「サンキューっす!」


 結果は結果。それでお客さんみんな喜んでくれてるんだし、水を差したって誰のためにもならないっすね。

 せっかくだから、『変化球を綺麗に打ち返す』とか、そんな贅沢を言わないで割り切れた自分を褒めたい。『角度が付かなかった分、芯で食って内野の守備を抜ける速さが生まれたんだ』って信じたい。それと、長い(あんよ)で産んでくれた両親に感謝っすね。


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