第百六話 火種(6/9)
「7番ファースト、天野。背番号32」
「チッヒ!今度こそ柵越えや!」
「外の池まで飛ばせ!」
「ホームランホームランチッヒ!」
4回裏の攻撃。先頭のアゴナスは三振。天野さんはさっきあとちょっとでホームランって当たりだったけど……
「初球打って、ライトの前……落ちましたヒット!今日2本目!」
「どん詰まりでしたけど、しっかり振り抜きましたねぇ」
(うーん、結果オーライ……)
「ナイバッチチッヒ!」
「赤坂相手に扇風機してないチッヒって……」
「この際塁に出れたら何でもええわ!」
「8番ショート、宇井。背番号24」
奪三振の多い赤坂さん相手で、三振の多い天野さん。早打ちは理に適ってると言えるけど、明らかに意図したわけじゃなさそうなバッティング。
天野さんとか琴張さんのような右のスラッガーは逆方向にも強い打球を打つ傾向があるけど、それでもどんなバッターも引っ張った時の方が少なくとも打球速度は出しやすい。逆方向の方がホームランの本数が多いバッターもたまにいるけど、そういうのはほとんど角度の問題。
3割常連のいわゆる"アベレージヒッター"も、どの方向にも満遍なく打ってる印象があるけど、実際にデータを分析してみると、ヒットの割合が明らかに引っ張り方向に偏ってる人も珍しくない。そういう意味でも、どんなタイプのバッターでも期待値的には引っ張れるのならそれに越したことはない。
天野さんにしても、追い込まれるまでは基本的に引っ張りを意識してるはず。さっきのヒットはおそらく偶然の産物。
でも、当たってる日や調子の良い時っていうのは、こういう意図してなかった良い結果というのも不思議とよく出る。
前に飛んだ打球は柵を越えればどれも無条件でホームランだけど、柵を越えなくても打球の方向や守備次第でヒットになる資格がある。フェアゾーンへの打球はインフィールドフライ以外は全てヒットになるポテンシャルがある。調子が良くてコンタクト率が上がっていれば、単純に前に飛ばす量が増えて、ヒットの数もそれに比例して増える見込みがある。
それに、普段は打ち損ねたら相手のグローブに収まる打球も、調子の良い時ならスイングスピードに比例して打球速度の平均値も上がって、相手のグローブに収まる確率が減る。
そういう『ほんのちょっとしたズレ』が表面化した結果を、人は『打者の調子の良し悪し』として認識してるんだと思う。
「ストライク!バッターアウト!」
「最後は落として三球三振ッ!」
(うぅ……スライダーだけじゃなくフォークまでメチャクチャ良いっすね……)
「うーんこの"守備の人"」
「貫禄はあるけどチッヒ以上の扇風機やな……」
「まぁ相手普通に一軍のエース級やし……」
「9番セカンド、有川。背番号0」
宇井には守備で結構助けられてるけど、打つ方はまだまだ結果を出すまで時間がかかるかな?まっすぐも変化球も、前に飛ばす以前にまだファールすら打ててない。二軍でも三振多かったしね。
(貧打のワタクシメに策を弄する場面でもない……対左のフォークで最短で仕留めるなら、浅いカウントのまっすぐに絞る!)
「ショートの頭上……越えましたレフト前!」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
「あの有川ァが……」
「(これ本格的にかおりん必要)もうないじゃん……」
今のは多分最初からまっすぐの流しを狙ってたね。
おれと違って、有川さんは別に身体が小さいわけじゃないからね。身長180近くで、日本のプロの平均程度はある。比較的細身ではあるけど、キャッチャーをやってるだけあって最低限の身体作りはしてる。だからプロの野手として致命的にパワーが足りないわけでもない。プロはドラフトの段階で上背である程度足切りするのも、こういうのがあるから仕方ないと言えば仕方ない。
「1番サード、月出里。背番号25」
「さぁツーアウトですがランナー一塁二塁!勝ち越しのチャンスで打席には月出里!」
「「「「「ちょうちょー!!!」」」」」
「今度こそ勝ち越しや!」
「アヘ単でも構わん!1点取ってくれや!」
またしても観客席が大盛り上がり。今日の月出里さんはまだノーヒットだけど、最近上り調子で打席の内容も悪くない。周りが期待するのは当然。
おれも当然期待はしてるけど、アウトカウントがアウトカウントだから、投球の準備をしつつグラウンドを見守る。
「スライダー打って一二塁間……セカンド飛びついた!」
「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」
「ファースト!」
「アウトオオオオオ!!!!!」
「間に合いました!琴張、ファインプレー!」
(ついこの前までチームメイトだったが、オリンピックだけじゃなくシーズンでも目立ちまくりなんてお断りだぜ……!)
甘めに入ったスライダーを上手く狙い打ったけど、まぁ運がなかったね。
確かに前に飛んだ打球はほぼ全部ヒットになるポテンシャルはあるけど、同時にアウトになるポテンシャルもある。こんなふうに調子の良さが結果に表面化されない日があるのが打つ方の辛いとこ。もちろん、ピッチャーにもそういうことはあるけどね。樹神さんがメジャーで『打率4割』と『ジョー・ディマジオの56試合連続安打』、どっちが難しいかと問われて後者を選んだのも多分そういうのが理由。
「5回の表、ウッドペッカーズの攻撃。1番ライト、高橋。背番号51」
「ふぅ……」
投球前に息を整える。
幸不幸と勝負してるのはお互い同じ。先発投手として最低限の責任回で、向こうも1番から。正念場なのもお互い同じ。絶対に乗り切ってみせる。
「ボール!フォアボール!」
ッ……!
「ああっ、外れました!高橋、選んでフォアボール!先頭打者出塁!」
「うーん、歩かせたか……」
「今日の球審結構辛いけど、今のはなぁ……」
「そろそろへばってきたか?」
「2番ショート、古谷。背番号0」
……さっきタイムリーツーベースの古谷さん。初球を狙われたから、今度は入りに気をつけないと……
「ボール!」
今度は釣られないか……
「ボール!フォアボール!!」
しまった……!
「これも外れました!ノーアウト一塁二塁!」
「あっちゃ〜……」
「恵人きゅん、何を力んどるんや(その目は優しかった)」
「まだ5回途中やけど、そろそろが代えた方がええんちゃうか……?」
「3番セカンド、琴張。背番号3」
よりによってこの場面で琴張さん。どうする……?
「タイム!」
「!」
冬島さんがタイムをかけてマウンドへ。
「山口さん、どないしたんですか?コーナー狙いすぎっすよ」
「……いや、さっき長打打った相手だし……」
「そうっすね。初球外スラ、ものの見事に狙われたっすね。でもあれは山張りがたまたま当たっただけでしょ?」
「…………」
「前の同点劇は、向こうが弄した策がたまたま当たってそれが重なっただけ。そうでもしなきゃ、向こうは山口さんをロクズッポ打てやしないってだけっすよ」
「……!」
「"二流の投手"なら一軍の打者は引き付けていくらでも打ち返せる。"一流の投手"は一軍の打者であっても択を当てなきゃなかなか前に飛ばすこともできない。山口さんが4回までで5つも三振を奪れたのがその証拠。今の山口さんは『四球』という出目を増やすことで『打たれる』出目を出にくくしてますけど、そんなことは本来の山口さんならやる必要のないことっすよ。"一流の投手"らしく堂々と『打たれる』か『空振らせる』かだけでサイコロ投げりゃ良いんすよ」
!!!
「……ありがとうございます!」
「こっからクリーンナップ相手っすけど、やれますよね?」
「もちろんです!」
伊達さんもこっちを見つめるだけで動いてない。投手コーチを寄越すこともしない。『このくらいおれなら乗り切れる』って信じてくれてる証拠。
(この試合は来年に向けての投資。恵人くんならきっと切り抜けられる)
「プレイ!」
やってみせる……!
(向こうからしたら若手のお試しなんだろうが……こっちはCS入りがかかってるんだよ。敵の戦力育てつつ、みすみす勝ち上がりのチャンスまで逃すなんざお断りだぜ……!?)
「ストライーク!」
「空振り!真ん中148km/h!!」
「連続で歩かせての1球目ですが、思い切りましたねぇ……」
周りが言うように、確かに疲れてきてるのも事実。今日のコンディション的に、多分150は出せない。中6日の影響なのか、微妙な感覚の狂いもある。
だけど……!
「ストライーク!」
「チェンジアップ!これも空振り!!」
(ちぃっ、タイミングが……!)
緩急でタイミングを外す。元よりおれはこういうスタイル。
小さい変化の球をコーナーに集めて、少ない球数で効率的に打ち取る。そういうスタイルもうらやましくはあるけど、そういうのは当てられるの前提。事故があり得るし、甘く入ったら目も当てられない。
でも、バットを振るタイミングが違えばコーナーギリギリに投げようがど真ん中に投げようが結果は同じ。まっすぐはともかく、変化球はどこかに細かく投げ分ける必要はない。ざっくり低めに集めて、まっすぐとの違いだけ演出すれば十分。
こうやって……!
「ッ……!」
「ストライク!バッターアウト!」
「カーブ!外から入ってきました!!見逃し三振ッ!!!」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
(……やるじゃねぇか小僧)
今のは流石に外いっぱいを狙ったけどね。でも高さは少々甘くったって良い。虚を衝ければそれで十分。
「4番レフト、鳴海。背番号35」
(あまり調子に乗らないでよぉ……!)
もちろん、そのつもりだよ。
「ファール!」
「スライダー!レフト方向切れました!」
まぁおれは小次郎ほど速い球を投げれるわけじゃないから、速めの球はこうやって工夫が必要。『速いか遅いか』の1つ目のヤマ張りを当てられても大丈夫なように、『まっすぐかスライダーか』のヤマも作って備えてる。
「ボール!」
「ボール!」
コーナーを器用に狙えない以上、こういう外しもたまにはあるけど……
「ファール!」
小さなボールに細いバット、ほんの寸分でも狂えばまだ勝機はある。
「!!!」
「ストライク!バッターアウト!!」
(1球目と同じ球……!)
「三振ッ!2者連続ッ!!これで今日7個目!!!」
「「「「「恵人きゅーん!!!」」」」」
「まるでエースみたいだぁ(直喩)」
「(三振稼ぎすぎて指標が)壊れちゃうですぅ……」
「5番ファースト、本田。背番号7」
あと1人……!
「打ちました!ライト前進……」
フラフラと上がった打球、一応打ち取った内だとは思うけど……
「ああっ、こぼした!!!」
「「「「「ファッ!!?」」」」」
「セーフ!」
「早々にスタートを切っていた二塁ランナーがホームイン!3-2!!ウッドペッカーズ、ここで勝ち越し!!!」
「「「「「…………」」」」」
(Sorry……)
ライトのアゴナスが申し訳なさげにこっちを見る。宇井や天野さんよりもさらにデカい身体を縮こませて。
だけど、気にしなくて良い。前に飛ばさせた以上、あれは起こり得たこと。おれにだって難しい打球を打たせた責任はある。
「タイム!」
投手コーチがここでマウンドに。
「大丈夫か?あと1人やれるか?」
「もちろんです」
負け投手の称号なんて気にしない。他の2点はおれの責任なんだし、ホームを踏んだのもおれが1人相撲して出したランナー。ここで降りたってアゴナスがますます凹むだけ。
「ストライク!バッターアウト!!」
「空振り三振!何とこれで8つ目!!」
「ア全三」
「ええぞ恵人きゅん!!!」
「内容は文句なしや!!!」
そういうのを背負いつつ、こうやって結果を出せるようになるのこそが今日の目標ですよね、伊達さん?
(よくやった……!)
「これでスリーアウトチェンジ!しかしこの回、手痛いミスで勝ち越しを許してしまいました!3-2、ウッドペッカーズのリードです!」
正直悔いは残るけど、おれは今できることをやり遂げたつもり。あとは味方を信じるだけ。




