第百六話 火種(5/9)
「4番指名打者、オクスプリング。背番号54」
3回裏は月出里さんからだから、もちろん期待はしてたけど……
「センターの右……落ちましたヒット!」
「「「「「おおっっっ!!!!!」」」」」
「二塁ランナー、三塁蹴って一気にホームへ!」
「セーフ!」
「赤猫、ホームイン!2-2!バニーズ、逆転は許しましたがすぐに追いつきました!」
「ナイバッチ!」
「閑たそ、まだまだ脚は使えるな……」
「まぁスタミナの問題やろうな。まだまだ一塁到達4秒切れてるし」
当の月出里さんはレフトライナーで、その後に四球からの2連打。十握さんもリリィさんもウチの打線の要ではあるけど、何もかも想定通りには動かないし、初回とこの回みたいに過程が全然違っても同じような結果が得られることもある。どんなスターでも毎日ヒーローになれるわけじゃない。
「5番キャッチャー、冬島。背番号8」
「なおもワンナウト一二塁のチャンスで打席には今日5番の冬島!今シーズンここまで打率.240、2本塁打ですが、ウッドペッカーズ戦ではプロ入り以来3年間、毎年3割以上打っています!第1打席は見逃しの三振。ここで結果を出せるか……」
「頼むで正捕手!ドカンと打ってくれや!」
「勝ち越し勝ち越し!」
そして、きっと冬島さんも……
(やばっ!?)
「痛烈!しかしショート真っ正面!」
「アウト!」
「二塁アウト!」
「アウト!」
「一塁アウト!ゲッツー!!」
「「「「「Nooooo!!!!!」」」」」
まぁうん、こうなることもあるよね。『相性が良い』と言っても、5割超えてるわけじゃないんだからうまくいかないことの方がずっと多い。
冬島さんは正直脚がすごい遅いけど、意外と併殺はあんまり多くない。ランナー一塁でアウトカウントに余裕があったら大抵バントするのもあるけど、打てそうもなかったら球数稼ぐのに専念したり、背伸びせず状況を考えてプレーする人だからね。今みたいにたまに主軸を任されて裏目に出るっていうパターンがほとんど。
「これでスリーアウトチェンジ!しかしこの回、オクスプリングのタイムリーで同点に追いついています!」
「ハハハ、すんません山口さん……」
「気にしなくて良いですよ。当たりも良かったじゃないですか」
単純におれが打たれてできたビハインドを振り出しに戻してくれたんだから、それで十分。
初めての中6日の一軍登板だから伊達さんは多分おれに無理はさせない。長くてもおそらく残り2回か3回。先発を目指す以上は、最低でもあと2回は何とか投げ抜く。
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「ストライーク!」
よし、最後はアウトローまっすぐ……
「ボール!フォアボール!」
!?
「ああっ、右手が挙がりません!ワンナウト一塁二塁!」
「うーん、今日の球審はちょっと辛いかもしれませんねぇ。赤坂もここまで毎回出してますし……」
「クソストライクやないか!」
「意地になって取らんかったらダメだよ!」
「勘違いしたらあかんよ勘違いしたら!」
……しょうがない。平常心平常心。
「8番センター、乾。背番号8」
「両刃くーん!勝ち越し勝ち越し!」
「そっちのデブとは違うとこ見せてやれ!」
「頼むで"打撃の人"!」
(くしくもさっきのオレと全く同じ状況か。逆にちょうどええわ。絶対ゲッツーにしたる……!)
今年身に付けたことのおさらい。
おれは元々サウスポーで、投球の再現性を重視してプレートは常に一塁側を踏んでたけど、左打者に対しては三塁側を踏むようになった。これで打者よりほんの少し距離が遠くなることで、感覚的に腕が振りやすくなって、視野的にもストライクゾーンが広く見えるようになって、インコースにも強い球を投げやすくなった。
でも、右打者は元々利き腕側じゃないから、前までと同じく一塁側。
「ファール!」
(くそっ、ほんまに打ちづらい角度しとるわ……いっそ左に入った方がええか?)
この方がまっすぐとスライダーの入り込みの角度も付いて、カウントが浅いうちはファールでストライクを稼ぎやすくなる。もちろん、早打ちで凡打になるのならそれはそれで歓迎。
「スイングは……」
「ボール!」
「バット止まりました!ワンボールワンストライク!」
外のチェンジアップ。今は特に右相手の決め球。振ってくれた方がもちろん助かるけど、止まったって構わない。
(痛ッ……!)
「バットが折れてボテボテの当たり!ショート捕った!」
「アウト!」
「二塁アウト!一塁は……」
「セーフ!」
「セーフ!間に合いました!ツーアウト一塁三塁!」
(くそッ、詰まらせすぎたか……!)
(間に合わせたかったんすけどねぇ……)
(痛ぇ……木のバットは芯外すとこれやからなぁ……)
想定通りインスラで芯を外したけど、さすがは乾さん。右からでも脚が速い。
「9番キャッチャー、仁田。背番号2」
でもさっきのピッチングは個人的にも花丸。さっきのイメージを大事にして……
「ストライク!バッターアウト!」
……よし!
「三振ッ!最後は147km/hストレート!」
「ナイピー恵人きゅん!」
「ウホウホ奪三振マンすき」
「まっすぐ走ってるなぁ……」
「これでスリーアウトチェンジ!ウッドペッカーズ、チャンスを作るも勝ち越しならず!」
次の回が1番からになったのは少し痛いけど、これから先もっと長いイニングを任されるようになれば相手打線と三巡以上勝負することになる。その辺も来年に向けての取り組みってね。
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