第十二話 失敗を学んで何が悪い(5/6)
6回表 紅3-3白
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 山口恵人[左左]
[控え]
雨田司記[右右]
氷室篤斗[右右](残り投球回:0)
夏樹神楽[左左]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7三 ■■■■[右右]
8二 ■■■■[右左]
9捕 真壁哲三[右右]
投 三波水面[右右]
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「紅組、選手の交代をお知らせします。バッター■■に代わりまして、財前。8番、代打、財前。背番号46」
「財前さん!白組(連中)まだ強がってますけど、トドメ刺してやって下さいよ!」
「どうせもう同点で勝ち確なんですし、気楽にいきましょう!」
「おう!ま、あの坊やで点数稼ぎさせてもらいますわwww」
左打者である8番に代わって、右の財前さん。まぁ左右がどうこう以前に、紅白戦だからテストの意味合いが強いんだろうね。とはいえ、財前さんは打つだけなら一軍クラス。厄介度が増したことに変わりはない。
「タイム!……山口さん、どないしますか?一応まだランナー1人分空いてますけど……」
「勝負するに決まってんじゃん」
「即答っすか……まぁ自分も同意見っすけど、一応理由聞いても良いっすか?」
「理由は大きく分けて2つ。『相手の攻撃のリズムを崩すこと』と『流れを引き寄せるため』だよ。確かにこの場面だけ切り抜けるなら9番の真壁さん勝負が無難ではあるけど、向こうはいくらでも代打を出せるし、仮に想定通り打ち取れたとしても、次の回は1番の赤猫さんからになる。ノーアウトとワンナウトじゃ点の入りやすさがどれくらい違うのかは言わずもがな。それに、こっちの打線は4回に入ってからは冷え切ってるからね。この流れを変えるためにも、ハイリスクであってもハイリターンな賭けに出るべき。伊達さんならそうするよ」
「……その通りっすね。んじゃ、配球についてですけど……」
(さぁて……あの坊やを打つだけならそこまで苦労はしないだろうが、問題はどうやって天野以上にアピールできるかだ。天野は腐っても高卒でドラ1の逸材。守備走塁に関しちゃ完敗だし、オレも長打力が自慢ではあるがさすがにアレ相手じゃ分が悪い。となると……)
「プレイ!」
今のおれには、力勝負で勝てるプロの打者なんてたかが限られてる。ならば、工夫するしかない。
「ストライーク!」
(チッ……甘いバックドアか)
やっぱりね。一軍当落選上にいて、仮に一軍にいてもしばらくは代打での起用が予想される財前さんにとって一番やりたくないのは『安易な初球打ちによる凡退』のはず。だから、完全に読んでたりしない限りはボールゾーンから入り込んでくるスライダーにいきなり手を出してくることはない。冬島さんも言ってた通りだ。
(いや、それにしたって強い坊やや。致命傷を負い、負け投手の可能性を帯びたにも関わらず、ゲーム全体の展開を俯瞰視できる。分が悪い賭けを『分が悪い』と認識できる上に、割り切れる胆力もある。嚆矢園どころか高校野球すら経験してないにも関わらず、そういう点に関しちゃ間違いなく白組で一番できる奴や。単に『中学生で140投げられるサウスポー』っていう素材だけの奴やない。あれだけませてても納得なくらい頭の良いピッチャーや)
「ファール!」
(チッ……伸びてきた分か。若干始動が遅れた)
ワンストライクから始まるのとワンボールから始まるのとじゃ、投手と打者の心理的な優劣は大きく違ってくる。ファーストストライクを取れた時点で、ツーストライクまでなら十分取れる。
(そして、次の1球が肝要や……!)
冬島さんの返球は安定してるけど、今のは気持ち少し力が入ってたような気がする。他の人と違って、おれは利き手にグローブをはめてるから、そういうのに敏感なのかもしれない。
何せおれはずっと逆の手で投げてきたからね……
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東京の割と裕福な家に生まれて、小学校に上がってまもなく、おれは野球を始めた。お父さんが昔有名な高校球児だったって聞いてたのもあって、ずっと野球をやれるのを楽しみにしてた。
一番最初にやった練習は、お父さんとのキャッチボール。
「恵人、ボールは左で投げるんだ」
「どうして?お箸を持つ手と同じじゃないの?お父さんも右で投げてるよね?」
「……野球はね、左で投げられると良い事がいっぱいあるんだ。今のうちに左で投げられるように慣らしていこう」
結局今もそうだけど、小さい時はお父さんの言うことが絶対で、そもそも間違ったことを言う可能性すら全く考えてなかったものだから、何も疑うことなくおれは左で投げるようになった。もちろん、打つ方も左。お箸やペンは右のままだけど、身体の左右のバランスを保つためと、野球選手としての利き手を守るためと考えればってことで、そこまでは矯正されなかったけどね。
「お父さん!おれも変化球投げてみたい!」
「そうだな……そろそろ1つくらい教えても良いか。だが恵人、お父さんと約束だ。最低でも中学までは今から教えるの以外の変化球は投げちゃダメだぞ」
「どうして?」
「変化球は肩肘に負担がかかる。成長しきってない身体でスライダーやカーブ、フォークなんかは本来絶対投げるべきじゃない」
お父さんはとにかく故障を嫌う人。だから、小五になってようやく教えてくれた変化球もチェンジアップ。一口でチェンジアップと言っても種類は色々あるから、一通り試して一番しっくりきたサークルチェンジに決まった。
「ストライク!バッターアウト!」
「何をやってる!?我がチームがノーヒットなど……!」
「そ、そんなこと言ったって監督……」
「さすがに左から140の球がポンポン来られて、簡単に打てるわけないじゃないっすか……」
「しかもチェンジアップもメチャクチャ落ちるし……あんなの無理っすよ……」
「でも可愛いから許す」
「あのさぁ……」
中二の頃にはまっすぐが140km/hに届いて、同じ中学生に打たれることは早々なかった。学校の偏差値優先だったから、所属してたシニアはその学校の近所にあるってだけで特別強いとこじゃなかったけど、おれが投げて打ってれば大体のとこには問題なく勝てた。
「ゲームセット!」
「お父さん!おれのピッチングどうだった!?」
「あんな相手は勝てて当然だ。それよりも6回からフォームが崩れてたぞ。今日は肩を休めて、明日から修正だ」
「う、うん……」
まぁそれもこれも、お父さんの指導の賜物。友達付き合いも恋愛もおれ自身あんまり興味なかったから良いんだけど、ずっと野球と勉強だけに時間を費やしてきたから、おれ自身も同じくらいの年代の奴には負けたくないって気持ちがあった。
それでもちょっとくらい、お父さんから褒められたかった。