第百六話 火種(2/9)
「高いバウンド!ショート捕って……」
「おりゃあああっ!」
捕ってすぐの鋭い送球。これなら大丈夫。
「アウトォォォ!!!」
「間に合いました!今日初出場の宇井、早速好プレーを魅せてくれました!」
「「「「「おおおおおおおッッッ!!!」」」」」
「流石にちょうちょほどやないけど肩強いな……」
「でかい割に動けるやん」
「まーたバニが高卒ルーキーを育ててしまったのか(恍惚)」
「あれなら打つ方微妙でも納得やわ」
「スリーアウトチェンジ!山口、初回は三者凡退で危なげのない立ち上がり!」
「サンキュー宇井!」
「先輩もナイピーっす!」
まっすぐもスライダーもカーブもちゃんと入って、サクサクと抑えられた。宇井と労い合いながらベンチに戻る。
一般的な日本のショートは小柄で機敏なイメージがあるけど、宇井は190cm近い長身。それでも別に鈍いわけじゃないし、何よりも身体が大きい分、パワーがあって肩も強い。そして普段早とちりしまくりなくせに守備ではえらい堅実。二軍でもずっと後ろを守ってたけど、スローイングが安定してる分、普通に捕れる範囲ならむしろ月出里さんや相沢さんよりも安心できるかもしれない。
……まぁアホだけど、伊達さんや旋頭コーチが期待するのもわかるよ。あの守備だって、今年1年かけてプロの打球速度に慣れながら少しずつ作り上げてきたものなんだから、努力できる才能もある。宇井ならどこの球団でも、"期待の若手"って祭り上げられてたと思う。
「1回の裏、バニーズの攻撃。1番サード、月出里。背番号25」
「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」
「うひゃあ〜……月出里さんの応援すごいっすねぇ……」
ただでさえ不人気で、月出里さんのいるウチじゃなければもっとね。
おれも今年一軍で投げ始めたのはオリンピックが終わってからだけど、そんなおれから見ても、オリンピック前と後じゃ月出里さんへの応援の熱量が全然違ってるのがわかる。いつも空席が目立つということは、それだけ観客が少ないってことだけど、その少ない観客が月出里さんの見せ場になった途端に一様に盛り上がる。他の選手が打席に立ってもこうはならない。
でも、それは当然の権利。確かに綺麗な人ではあるけど、それだけでこんなに持ち上げられるわけがない。高卒3年目にして世界の舞台でスタメンを張ってMVPに選ばれて、シーズンでも首位打者候補で2年連続盗塁王ほぼ確定。結果を出してるんだから文句の付けようがない。プロとしては月出里さんの方が後輩だけど、選手の格で言えばだいぶ差を付けられてしまった。
「ボール!」
「外スライダー!見送りました!」
先月はああいう外スラも振ってたくらい調子が悪かったけど、今月に入ってから持ち直したっぽい。
「ボール!フォアボール!」
「選びました!ノーアウト一塁!」
「ナイセンナイセン!」
「とにかくアウトにならないのが本当のちょうちょだぜ」
「でも四球やと打率がなぁ……」
「2番センター、赤猫。背番号53」
(どう?走る?)
(はい、隙を見てチャレンジします)
打席の赤猫さんと、一塁の月出里さんの間でサイン交換。ベンチの方はチラッと確認しただけ。どうもここ最近、月出里さんにはグリーンライトを許したっぽいね。前までものすごいペースで走ってたけど、今月に入ってからは確か1回しか走ってなかったはず。
「一塁ランナースタート!」
(くそッ、ここでか……!?)
「セーフ!」
「盗塁成功!これで今シーズン69個目!月出里はあと盗塁1つでシーズン70盗塁。もし到達すればJPBでは37年ぶり、リプでは42年ぶりとなります!」
「短縮シーズンで、オリンピックを挟んでこれですからねぇ……2位とは20くらい差を付けてますし、もう本当に球界を代表する1番打者になりましたよ」
「ああ^〜いいっすねぇ^〜」
「塁に出てからも目を離せないのが本当のちょうちょだぜ」
「ペース落ちてたけど、何とか70いけそうやな」
……ベーブ・ルースとタイ・カッブ。どっちの方がプロ野球選手として偉大かという議論は昔から幾度となく繰り広げられてるけど、カッブを支持する側の主張として、『ルースが本塁打を打つよりも、カッブが四球で出塁した時の方が興奮した。なぜなら本塁打は柵越えすればそこで終了だが、カッブは出塁した時からが興奮の始まりだからだ』というのがある。
樹神さんの影響で日本では今でもそういう考えの人が結構いそうだけど、現代野球的な考え方の人はほとんどがルースの方を支持すると思う。それについては個人個人の価値観次第としか言いようがない。プロ野球はあくまで客商売で、記録なんて価値の一つなんだから、どっちが正しいってのはないはずだから。
でも、少なくとも月出里さん自身はタイ・カッブよりもベーブ・ルースになりたがってる。それは何年かの付き合いで大体わかる。
「うーん……」
「どうしたんだい、宇井くん?」
グラウンドを眺めながらうなる宇井に、伊達さんが声をかける。
「いや、月出里さん最近ずっとショートだったじゃないっすか?あんなすごい人を押しのけて自分がショートやってるのは何だかなぁって思って……」
「ハハハ!何を言ってるんだい?さっき良い守備してたじゃないか?」
「あれくらい月出里さんや相沢さんだったら全然できるんじゃないっすか?」
「……そうかもしれないけど、プロは投手だけじゃなく野手だって、レギュラーと控えが1人ずついればハイ解決とはいかないよ。君みたいに追う立場の選手がいるからこそ、レギュラーも躍起になれるし、僕達も適度にレギュラーに休みを取らせられる。僕はキャッチャーだったから経験があるわけじゃないけど、プロでショートを1年間守り続けるのは本当に大変なんだよ?今日の君のショート起用については月出里くんも『打つ方に専念』ってことで納得してくれてるから、自信を持ってプレーしてほしい」
「……!ありがとうございます!!」
ほんと期待されてるね、宇井。伊達さんもこういうところでのフォローはさすが。
「セカンド捕った!」
「アウト!」
「一塁アウト!しかし二塁ランナーの月出里は三塁へ!!」
「ナイス最低限!」
赤猫さんは打つ方も走る方も例年通りとはいってないけど、盗塁をサポートしたり、堅実にランナーを進める技術に磨きをかけてる。自分自身がサポートされる側だったから、どう動けば良いのかっていうのがわかるんだろうね。
「3番レフト、十握。背番号34」
「ワンナウト三塁、一打先制の場面で打席には打撃好調の十握!今シーズンは4番での起用が目立っていましたが、ここ最近は3番での起用が多くなっています!」
(十握くんは今年、今のところ14本塁打だけど、内10本くらいはシーズン前半で稼いだ。後半戦に入ってからはペースが落ちて、代わりに率が上がってきた。前に十握くんと月出里くん、ウチの打線の二本柱を離しすぎてエラい目に遭ったし、なるべく近づけるのがここ最近の方針)
打率だけなら月出里さんとほぼ同じくらいの巧打者。とりあえず最低限はやってほしいところだけど……
「ライト下がって……」
「アウト!」
「捕りました!しかし三塁ランナースタート!」
「セーフ!」
「ホームイン!1-0、バニーズ先制!」
「バニーズ打線の持ち味をしっかり生かした攻撃ですね」
「「「「「346!346!346!346!」」」」」
「ノーヒットで先制良いゾ〜これ」
「まるで半世紀くらい前のバニーズみたいだぁ……」
……1点で逃げ切り。まるで『エース同士の投げ合い』。実際に今日の向こうの先発はエースの赤坂さんだし。
もちろん、まだ初回だから追加点のチャンスはいくらでもある。でも、チームのホームランの本数が12球団ワーストクラスのウチにとっては、こういう攻撃が生命線。
「ストライク!バッターアウト!」
「三振ッ!これでスリーアウトチェンジ!1回の裏バニーズ、十握の犠牲フライ先制しております!」
今日のおれの課題は、『来年に向けて先発として当たり前の条件で結果を出すこと』。そしてどんなピッチャーも目指すところはチームの勝利。こうやってチクチクと点を取る『いつも通り』を打線もやろうとしてくれてる以上、それに応えてみせるのが礼儀というもの。『エース同士の投げ合い』ってやつをおれ自身も成立させたいしね。
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