第百五話 明けない夜(4/5)
******視点:リリィ・オクスプリング******
8月30日。今日と明日で2連休で、しかも次のカードはホームゲーム。大阪で羽を伸ばせるチャンス。変装をめかしこんで、天王寺駅の中をうろつく。生まれはイギリスやけど、もはや大阪が事実上の故郷みたいなウチにとっちゃ良いリフレッシュ。
……『火織にとっても』、になったらええんやけどな。
「おっ!あっこエナドリ配っとるやん!」
「…………」
あのスキャンダル以来、すっかり落ち込んでる火織。
入団以来の付き合いやから、火織の私服が意外と派手なんは例の記事で見る前から知ってたけど、今日は一段と刺激的。まだ紫外線が強い時期やから肌はそこまで出してへんけど、いつも以上に化粧が濃い。元々目が大きいから、余計に目力が際立つ。
これでも一応、一児のお母なんやな……
「……とりあえず昼でも喰おか」
「うん……」
まぁ一応ウチの誘いには乗ってくれたんやから、火織も火織なりに立ち直ろうとしてるんやと思いたいとこやな。
「いらっしゃいませ」
「すんません、予約してたもんなんですが……」
駅近の商業施設の、個室のあるレストラン。まぁやっぱり割高やけど、腹を割って話すにはちょうどええやろ。
「でな、幸貴の奴、まーたウッドペッカーズ戦で打ちまくっとったけどな、試合終わってから調子に乗ってスキップしてたんやで!それで消火器に足ぶつけて悶絶して……もうほんまアホやわアイツ!」
「ははは……」
いつもならこういうくだらん話にも乗りまくってお互い盛り上がるんやけど、申し訳なさげに乾いた笑いを繰り返すばかり。
「……火織は二軍の方でどうや最近?」
「全然……打つのも守るのも何もかも……」
やろうな。二軍の方は情報発信少ないけど、数字だけでもわかる。
「野球くらいはちゃんとしたいんだけどね……」
「……!」
今日はひたすらウチから話振ってばかりで、火織は一言返す程度やったけど、ようやく向こうから話を切り出してきた。
「みっくんのミルク代を稼ぐためにも、あっくんにもチームにも迷惑かけた分を返すためにも。"お母さん"としては失格でも、"プロ野球選手"としてはちゃんとしたいけど、そう思えば思うほど空回りしちゃって……」
「……"みっくん"。例の篤斗との子か」
「うん。実里。ちょっと女の子っぽい名前だけど、男の子」
スマホを操作して、画面をこっちに向ける。篤斗と同じ位置に泣きぼくろのある赤ん坊の姿が映ってる。
「可愛えな。将来イケメン確定やな」
「ありがと」
無理に持ち上げてるわけでもなく本心から。
「でも……だから辛いんだよね。アタシ、元々"お母さん"になるつもりがなかったから好き放題してたのに、いざそうなっちゃったから、失って苦しんで……バカみたいだよね」
「…………」
あの記事があってもなくてもいつかは発覚してたことかもしれんけど、ええ旦那さんと可愛い子供と3人で幸せな家庭を……みたいな可能性もあったんやろうな。
「リリィちゃんが入団する前の話なのに……迷惑かけてほんとにゴメン……」
火織の大きな瞳から涙が溢れて、化粧を巻き込んでボロボロとこぼれ落ちる。テーブルの上の紙ナプキンを黙って火織のそばに持っていく。
……ままならんもんやな。1つ年下やけど、先にプロになった人間として、ウチのド下手な守備をどうにかするために練習にも根気強く付き合ってくれたり、火織のそういうとこしか知らんから、責める気にはなれんけど、かと言って気の利いたことも言えん。『明けない夜はない』とか、そんな月並な励ましくらいが関の山。
『野球とプライベートは別』なんて綺麗事はよく聞くけど、その野球ってやつは1人じゃ絶対にできんことなんやから、少なくともやってる人間からしたらそこまで割り切れんわな。
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