第百四話 イメージ(3/4)
******視点:伊達郁雄******
「はぁ……」
ヴァルチャーズ戦のカードが終わった直後、視察に来てたオーナーからの呼び出しを喰らってしまった。そりゃあ溜め息も出るよね。
まぁそもそもスイープの可能性はあると思ってたよ。今年は単純にヴァルチャーズ戦での戦績が悪いし、おまけにただでさえ戦力が薄いのにレギュラーセカンドを完全に欠いてしまっては、どんなに勢いがあってもヴァルチャーズのように単純に戦力の高い相手にはすり潰されてしまうだけというのは容易に想像できたこと。
だからこういう展開も予想はしてた。馬鹿な考えだけど、オーナー視察の時に限ってヴァルチャーズ戦であることを呪いたくなる気持ちも少しはある。
……いや、負けたことを責められるならまだ良い。
僕だって"大の大人"の端くれ。歳が半分くらいの若い女の子に怒られることに抵抗がないとは言えない。だけど、プロ野球のメインターゲットは子供。その子供達の嘆きをオーナーが代表して言うだけだと思えば割り切れる。そんなことよりも、もっと危惧すべきことがある。
監督としては初めてだけど、選手としてならシーズン中に偉い人に呼び出されたことがある。おそらく順位調整を目的とした、休養の指示。
勝った経験は乏しくても、負けた経験は豊富だから、弱い球団の立ち回り方は骨身に染みてる。優勝から遠ざかってる球団は最低限の儲けは確保しようと画策するもの。低い順位を理由に年俸を抑えたり、酷い場合は優勝の可能性があるのにあえて2位になるように指示したという前例も球史にはある。
『プロ野球は真剣勝負で、すべての球団が常に勝ちを目指す』とか、『プロ野球の12球団は全て序列が横並び』というのは建前。『相手がヴァルチャーズだから』とか、そういう前置きが存在すること自体がまずその前提と矛盾してるように、実際は"強豪"やら"弱小"やらが存在してしまってる。『ジェネラルズとパンサーズのいがみ合いはプロレスのようなもの』とよく言われるけど、プロ野球そのものがプロレスのような性質を持ってるのは事実。
そもそも球団ごとに財布が別なのだから、カネの差で強い弱いが存在するのは確かに当たり前ではある。だけどそこで開き直って負けや弱いことに価値を生み出そうとするのは違うと思う。そんなのは単に真剣勝負に背くだけの行為。
だから、"敗戦の将"として扱われるのはまだ良い。"プロレスのかませ役"扱いよりはね。
「どうぞ」
「失礼します」
ノックして応接室に入ると、中は三条オーナーだけ。
「どうぞお掛けになってください」
「はい……」
上座に座ってるオーナーと向かい合う形で、ソファに腰をかける。
「まずは今週もお疲れ様でした。このカードは結果だけ見れば正直なところ残念なものになってしまいましたが、内2試合は1点差。内容としては決して悪くないものと私は捉えています」
「……どうも」
とりあえずガミガミと言われる雰囲気ではない……が、逆に危惧してた展開のようにも思える。
「本日のご用件は?」
「単刀直入に申し上げます。今シーズンの残りの試合は、来シーズンの優勝のために費やして下さい」
「……!?」
危惧してた通り、か……
「それは要するに……」
「『負けろ』という話ではございません。『優先順位』について話してるだけです。その目的が叶う範囲で勝つことはむしろ望むところです。残りの試合を単なる捨て試合にすることは全く望んでおりません」
喰い気味の返し。そう言われると僕がどう返すのかは理解してた証拠。その点については何より。だけど……
「それでも、真剣勝負の上では……」
「……『プロ野球』は『1年間という期間を定めた戦争のサイクル』」
「……?」
「予算と相談した上で最適なドクトリンを選択し、ドラフトとマネーゲームによって戦力を補強し、その結果から戦略を再度検討。そこからキャンプなどの準備期間を経て実戦。ここまでのサイクルを繰り返すのがプロ野球ですよね?」
「……まぁ、大まかにはそうですね」
「ですが、この戦争は結局のところその1年間で費やせる額が多いほど有利なものです。今年のヴァルチャーズの強さも突き詰めればそこに帰結します」
「…………」
「監督がおっしゃるように、『真剣勝負』は確かに重んじるべきことです。ですがより重んじるべきは『勝利』です。それに、使える額に差はあっても、選手への負担はどの球団も平等……むしろウチのような層の薄い弱小ほど不利ですが、どんなに予算があったとしても、『選手を酷使すれば潰れる』という現実は変わりません。使える額が限られてる中で愚直に『真剣勝負』を重んじることで、毎年のように選手を使い潰すなどして勝機を逃し続けるのは本末転倒ではありませんか?」
「……『金銭面でも人材面でも、今年の残りのリソースを来年に回す』、ということですか?」
「そういうことです」
おためごかしの口実……と思えなくはないけど……
「監督の言わんとするところはわかります。邪道なのは承知の上です。ですが、このまま"敗者"のまま、"月出里逢以外に見どころがない球団"で居続けるよりはマシではないですか?」
「……!」
オリンピック以来、ウチはベンチから観ても客入りが増えたし、テレビでも取り上げられる機会が増えた。だけど、それはあくまで月出里くんが絡むものばかり。
確かに今や月出里くんは野手陣の中では一、二を争う実力者で、球界を代表するリードオフヒッターだけど、彼女ばかりを過剰に持ち上げるために、他の選手どころか球団までもが利用されている感は否めないね……
「伊達監督は当時まだ選手だったため詳しい事情はもしかしたらまだ聞き及んでいないかもしれませんが、月出里逢を指名するように促したのは私です」
「……初耳ですね」
「別に月出里選手の功績を私の手柄にする意図はございません。私自身、目的があって彼女を引き入れたというだけのことです。それゆえに私の中で彼女が所属選手の中で特別であるということは認めざるを得ませんが、さりとて他の選手達を彼女の栄光の犠牲にする気はさらさらありません。いち球団のオーナーとして、保有する球団が頂点に君臨すること、そしてそのために所属選手達が可能な限り大成することを望んでおります……あえて言うなら、その上で彼女が自分の力でNo.1に君臨できるようになることも望んでますけどね」
誠意を見せるためか、あえて下心を白状。
なるほど。前々から月出里くんとオーナーは随分親しいと思ってたけど……
「ところで監督。徳田選手の件、監督はどう思われましたか?」
「……確かに徳田くんにも非はありますが、体の良い人柱にされたものだと思いましたね」
「同感です」
「僕は17年シーズンはほぼ1年間二軍で過ごしましたが、その間に恵人……山口くんや徳田くん、氷室くんら有望な若手が研鑽を重ねる姿を見ることができました。その僕から見て、徳田くんは過去を十分に反省し、野球に真摯に向き合ってるように見えました。監督として、『セカンドのレギュラーを失うのは手痛い』という下心があるのは否定できませんが、いち野球人として、実力も才能もある彼女のキャリアをあの件で棒に振るのは惜しいというのが本音です」
「私も似たような所感です。ヒアリングした限りでも、少なくとも氷室選手と親密になって以来は咎められるようなことはしていないようですからね。二軍で調子が振るわないようですから、しばらくは表向き『謹慎』としたいところですが、彼女を失うのはチーム戦略的にも不利益の方が大きいと考えております。ゆえに、世間で噂されているトレードなどについては現状一切考えておりません」
「何よりです。そんな話があれば僕は反対してましたよ」
「……この球団そのものはまだ優勝に届かずとも、この球団には徳田選手に限らず、優勝の鍵を握りうる人材は揃っているものと私は考えております。ですが、このままマスコミに良いように言われ続けて、いつも通り負けを重ねていけば、球団も所属する選手も諸共、月出里選手の引き立て役になってしまいます」
「でしょうね。せっかく選手達は頑張ってるのに……」
「それを証明するためにも、『優勝』というエビデンスが必要なのです。今は当方の財閥も予算を出し渋っておりますが、『バニーズは優勝できて儲けも出せる潜在能力を有している』と一度でも証明できれば、ヴァルチャーズ擁するCODEには及ばずとも、現状を遥かに超える増額は期待できます」
「……『優勝できれば』、ですよね?」
「そうです」
……まぁ、バニーズに黄金時代が訪れることは僕にとっても現役時代からの悲願だ。
「そこに至るまでのことで僕がやることはひとまず承知いたしました。オーナーや球団はそのためにどう動かれるのですか?」
だけど正直な話、監督の力だけでできることなんてたかが知れてるからね。それこそ、オーナーが言うように先立つものがないと……




