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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
658/1134

第百四話 イメージ(2/4)

******視点:三条菫子(さんじょうすみれこ)******


 8月21日。一軍球場、サンジョーフィールド。今日からヴァルチャーズとの三連戦。

 大学は夏季休暇で、卒論もひと段落付けられたから、このカードでは久々の現地での視察。関東圏のビジター戦でも良かったけど、あいにく来週は北海道と東北だからね。


「客入りが増えましたな」

「そうね」


 VIP席には私の他に吉備(きび)と、SP2人。一昨年に優輝を連れてオープン戦を観に行った時と比べるとちょっと華が足りないけどしょうがない。


 日本のプロ野球は現在2リーグに分かれてる。かつて日本のプロ野球は関西の球団が数多くあって、そのほとんどがリプに属すことになった。今日の相手のヴァルチャーズなんかも元は関西の球団。そしてリコの関西の球団はパンサーズのみ。シャークスもほんの一時期関西の球団だったけど、それは2リーグに分かれた後の話だからここでは割愛。

 こうなった経緯はなかなか複雑だけど、簡単にまとめるなら、『パンサーズがジェネラルズとのカードでの集客力を捨てられなかったから』。その結果、関西での集客はパンサーズの一人勝ち状態になり、他の関西の球団は全て、『関西在住で、リプの方に興味があったりパンサーズのノリが肌に合わなかったりするプロ野球ファンの受け皿』みたいな立ち位置になってしまった。それでは当然旨みが少ないから、バニーズ以外の関西の球団は、新規ファンの獲得のために本拠地を移転するか、廃れて吸収合併されるかの道を辿ることになった。

 パンサーズが歴史で証明した通り、野球は2チームに分かれてやるものだから当然、相手チームの人気も球場への客入りに直結する。ビリオンズが離れた後の九州へ本拠地を移したヴァルチャーズは、低迷期を乗り越えて勝ちまくったことも手伝って、今では12球団で3位の集客力を得た。その一方で、他のリプの球団はいまだにリコの球団の全てに集客力で負けてる状態。だから、ヴァルチャーズが相手の時とそうじゃない時では、客入りが全然違う。

 賭博と八百長に端を発する、かつてのリプの長い人気低迷の時代から脱却できたのは、21世紀に入ってからのエペタムズの躍進がきっかけではあるけど、今に至ってもそれが維持できてるのはヴァルチャーズの人気による部分が大きい。


 今のリプはそんな状況ではあるけど、今日の集客はヴァルチャーズ戦であることを加味しても上々。それは紛れもなく(あい)のおかげ。テレビ局や広告代理店の利権の貪りなんかでアレコレ言われてるオリンピックだけど、バニーズにとっては躍進のチャンスを得られた。

 ネックなのは、先日の徳田火織(とくだかおり)の一件。そしてバニーズが長年抱え続けてる大きな問題。


「バニーズはここまで2連勝中。この勢いで首位ヴァルチャーズを打ち破ることができるか?」

(今日も勝つ、今日も勝つ……)

(バニーズは月出里だけのチームじゃねぇ……!)


 昨日までのエペタムズとのカード。初戦こそ氷室(ひむろ)が珍しく炎上して落としたけど、その後は2連勝。逢ばかりが活躍したのを指摘されたり、徳田と同類扱いされたことで選手達も発奮したんでしょうね。今年のエペタムズは戦績的にウチとどっこいどっこい。メンタル面で上回ることができれば、勝つことは至難ではない。

 だから、ミクロの視点では上手くいってる。ミクロの視点ではね。


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「ライト下がって……入りましたホームラン!」


「「「「「ほげえええええええ!!!!!」」」」」


「6回の表、均衡を破ったのは友枝(ともえだ)の一発!1-0、ヴァルチャーズ先制!」

(失投……こんな時に限って……)

(やっちゃったわね……)


 百々(どど)にあるまじき甘いまっすぐ。

 ピッチャーも人間。制球ミスなんて1試合投げていればいくらでも起こり得る。私でさえそうだった。それでも打者は3割打てば上等。失投を失投として完結させられるのが一流の打者。


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「!!!引っ張って……!」

「アウト!」

「ああっ、ファースト真っ正面……」


「「「「「ああ〜〜……」」」」」


「ゲームセット!」

「試合終了!2-1!バニーズ、連勝は2でストップ!」

(ウチのリリーフから一発打ったのは大したものだが、所詮はラッキーパンチよ)


 まさかの冬島(ふゆしま)の一発で1点差に迫ったけど、逢も十握もノーヒットに抑え込まれて競り負け。


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「セカンド見上げて……」

「アウト!ゲームセット!」

「試合終了!3-2!バニーズ、カード全敗!そしてヴァルチャーズはこれで6連勝!」


「知ってた(白目)」

恵人(けいと)きゅん頑張ったのに何やってんだよ……」

「接戦で勝てない弱小球団の鑑」

「ちょうちょもイマイチ打たんかったなぁ……」

「まぁ今年はほぼほぼヴァルチャーズやな」


 今年初登板の山口(やまぐち)は5回2失点で負けは付かず。内容的にもそれは良いことだけど、勝てなきゃどうしようもない。


 叩かれて腐るのではなく発奮できるようになった分、ウチが買い取ってからバニーズもだいぶマシにはなった。その辺は(やなぎ)監督の功績。若い選手が台頭し始めたことで、金剛(こんごう)赤猫(あかねこ)、百々に相沢といった既存戦力の尻を叩けてるところもある。

 だけど、いかんせん根本的に戦力が足りてない。それこそがバニーズの長年から続く大きな問題。精神論を真っ向から否定するつもりはないけど、気持ちだけで補える分にも限度はある。

 バニーズが集客の面でも振るわないのは、その辺も大きな原因。樹神(こだま)が日本球界で無双してた時代はチームも強かったけど、その頃はまだリプそのものの不人気が尾を引いてたし、リプが盛り上がり始めた頃には樹神がメジャーに行って暗黒時代に入ってた。おまけにパンサーズが暗黒時代を脱却して強くなり始めたのもその頃。パンサーズとは元から人気で差があるのに、実力でも大きく劣るんじゃ客なんて集められるわけがない。どんなチームでも低迷期と黄金期はつきものだけど、とにかく間が悪かったわね。


 テレビ局や球界の上の方が意図するところは、『プロ野球人気の回復』であって、『バニーズの救済』ではない。『月出里逢というスターは抱えてるけど、不祥事だらけで相変わらず弱い球団』くらいの立ち位置にプロデュースするのが、向こうにとってはちょうど良い塩梅なんでしょうね。徳田火織の一件も、その辺のバランス調整の上で好都合だったはず。

 相手チームの集客力は自分達にとっても利用できるから、ジェネラルズやヴァルチャーズ辺りの既得権益を損なわない範囲でバニーズの集客力を上げることで、プロ野球ファンの全体数を増やす。それがおそらく目的。今はインターネットの発展で地元の外からの集客がしやすくなって、地政学的な面でのパンサーズとの競合を避けやすくなった。その点に関しても合理的と言える。

 ……確かに私がバニーズを買い取ったのは、逢の才能を開花させるため。バニーズのことはそのための環境として見てるのは事実。その点で言えば、思惑が一致してると言えなくもない。

 だけど、財閥の名前を借りてる以上、そろそろ結果を出さなきゃ球団の維持自体が難しくなる。何より、私の予測が正しければ、逢の才能を完全に開花させ、私の理想を実現するためには、バニーズを強くする必要がある。


 手を打つ必要があるわね、色々と。私としても、誰かの思惑通りに動くのは気に食わないし。


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