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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第百三話 【悪(お)しの子】(4/7)

「…………」


 手が震えて、スマホが床に落ちる。身体がグラグラと揺れる。まもなく立っていられなくなって、膝から崩れ落ちる。地球に置き去りにされてるような、まるで現実感のない心地。あっくんに初めて抱きしめられた時もこんな感覚だったけど、気分は全くの逆。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


 力が入らない。呼吸のリズムもわからなくなって息が切れる。ドクドクと、普段はまるで聞こえない命の音ばかりが耳を支配する。


「ああーっ!ああーっ!!」

「!」


 みっくんが泣いてくれたおかげで、母親としての義務感でようやくまともに身体が動いた。泣いてる理由も、都合良くお腹を空かせてたからだった。


「みっくん、いっぱい飲もうね……」


 だからアタシは喜んでおっぱいを差し出す。迷わず吸い付くみっくんを見ながら、『今のアタシには関係のないこと』、『今のこれはみっくんとあっくんのものだ』って、必死に自分に言い聞かせる。


「関係ない、関係ない、関係ない、関係ない……」

「……?」


 どこでバレたの……?いつ?誰が?今どれくらい広まって?あっくんも見ちゃった?

 ……ダメ。みっくんのお世話だけに集中したいのに、頭の中に無限に疑問が湧いてきて、焦りばかりが生まれる。


「!!!」


 突然のスマホの着信で身が震える。授乳の体勢をキープしながら落としたスマホに近づいて、ハンズフリーで出る。


「お疲れ様です……」

「お疲れ様です徳田(とくだ)選手」


 相手は三条(さんじょう)オーナー。用件はきっと……


「お忙しいところ申し訳ございません。育児の最中かと存じますが、今少しお時間よろしいですか?」

「……はい。大丈夫です」

文福(ぶんぶく)の記事、ご覧になりましたか?」

「アタシと主人の……ですよね?」

「ええ」


 やっぱり……


「この後、徳田選手を含む関係者を集めてオンラインミーティングを開きます。ベビーシッターをすぐそちらに向かわせますので、到着次第すぐに開始したく存じます。よろしいですか?」

「はい……」


 ……『関係者』?


「あ、あの……!」

「いかがなさいましたか?」

「えっと……そのミーティングって、主人も参加しますか?」

「ええ。事実関係の確認もありますので」


 まぁ、そうなるよね……


 ・

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 ・


 球団から支給されてるタブレットを立てて、招待URLをクリックして、マイクとスピーカーの確認をしてからミーティングに参加。

 参加者はアタシとオーナー、それと吉備(きび)さんに伊達(だて)さん、旋頭(せどう)コーチ……それから、あっくん。カメラをオンにしてるのはホストのオーナーだけだけど、マイクがみんなオンになってるのに続く無音が、ここにいる全員の表情を物語ってるみたいで。


「皆様、お忙しいところお集まりいただきありがとうございます。早速ですが始めさせていただきます」


 オーナーの画面が全員に共有される。表示されてるのは、さっきの記事。


「先にお伝えしましたが、今回皆様にお集まりいただいたのは文福のこの記事についての事実確認と、今後の対策を検討するためです。まずは徳田選手。この記事の内容について、どの程度の範囲が事実であるか、記事を上から辿って細かく確認させていただきます。よろしいですね?」

「はい……」

「書き出しの部分は後の記述と重複してる部分があるのでとりあえず飛ばします。ご結婚されていることは今回の参加者には共有済みですし、事実なのでここも飛ばします。過去の容貌に関するくだりもまぁ関係者の間では周知の事実ですので……ただ、この時期だと徳田選手の年齢的には成人するかそれより少し前のことと思います。この時期の喫煙や言動についての記述は事実と見てよろしいですか?」

「…………」

「未成年喫煙についてはこの球団が三条体制に移る以前のことですし、本筋とは関わりの薄いことですので、今更遡及するつもりはございません。今は事実かどうかだけ正直におっしゃっていただければそれで構いません」

「……はい、事実です」

「!!!……」

「そうですか……」


 あっくんを"客寄せパンダ"扱いして、散々あしざまにしてたのもね……


「……異性関係についても?」

「はい。『高校時代に相手校の監督と』っていうのは流石に違いますが、プロ入り後に付き合いのあった人についてはその……全部事実です」

「…………」

「目的としては金銭ですか?」

「はい……」


 流石に『発散するのも兼ねて』って言うのは(はばか)られる。まぁ多分、察してる人もいるだろうけど。


「関係の継続が示唆されてますが、こちらは?」

「それは違います!誓って、やましい関係はありません!そういうことをしてた時も、その……既婚の人とはしてません……」


 そこだけはどうしても否定したくて、つい語気が強くなってしまう。あっくんも聞いてるし。


「こういった交友があったのはいつごろまでですか?」

「2年目の……シーズンが終わる頃くらいです」


 つまり、あっくんに惚れる直前まで。あっくんと練習するようになっても少しの間ズルズルと続けてたのも事実。


「……他に、事実と異なる記述はございますか?」

「いえ、ありません……」

「そうですか。では、今後の対策についてですが……」


 ・

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「「…………」」


 ミーティングが終わった後。あっくんも帰ってきて、入れ替わりでシッターさんも帰ったけど、ずっと沈黙が続く。黙々とみっくんのお世話をしたり、家事を進めるだけ。それでもお互いスムーズに手を進められるのは、これまでの積み重ねの成果。どういう時にどっちが何をするのかとか、そういうのがもう身に付いてるから。

 でも、だからこそ辛い。あっくんとこんなふうになれたのにって思えて余計に。


「……なぁ」

「!な、何……?」

「ミーティングの話、全部本当か?」

「……うん」

「そうか……」


 アタシはあっくんを好きになってから、あっくんに嘘を吐いた覚えはない。『好き』って気持ちも込みで、聞かれてないことは全部黙ってたけど。

 だから、今日だって嘘は言ってない。そこまではあっくんを裏切れない。


 ……でも、ずるいよね。それでも今はとにかく『許されたい』って気持ちでいっぱい。世間の人達にどんなことを言われてどれくらい嫌われたとしても、あっくんにだけは嫌われたくない。

 今日こうやってここに帰ってきてくれたのも、あっくんはアタシを許したいって思ってるからだって、そう信じたい。


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