第百二話 敷居(5/7)
「アルバトロス、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、■■に代わりまして、青山。ピッチャー、青山。背番号52」
「紅子!今日も頼むぞ!」
「あー、紅子出すんだな……」
「点差考えると微妙なとこだけど、まぁ安牌だな」
9回の表、最終回。4-0で依然ウチのリード。
待ち球作戦がきちんと身を結んでくれたな。今日の氷室はなかなか隙を突くことができなかったが、打線が球数を稼いでくれたおかげで早めに降ろせた。
そして向こうは信頼できるリリーフの駒が少ない。強いて言えば風刃とエンダー、ピンポイントの夏樹辺りだが、ビハインドの場面で勝ちパターンをフルで使うのは躊躇われるところ。結果、氷室からは1点止まりだったが、7回8回で計3得点。
ウチの十八番として定着しつつある待ち球だが、これは去年までのリーグ二強であるヴァルチャーズとビリオンズの投手陣が共通して、全体的に球威はあるものの制球力に欠ける傾向にあるから始めたもの。
だが他球団相手でも十分効果があるな。元々ウチはバニーズに負けず劣らずの慢性的な長打力不足だが、四球は今年、今のところリーグトップ。それに付随して得点力はどうにかバニーズより上を取れてる。月出里や十握クラスの強打者がいないにもかかわらずな。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。8番、冬島に代わりまして、相模。8番代打、相模。背番号69」
今日のベンチの中では比較的率が稼げて俊足の相模。率と守備力重視のスタメンだったから、ベンチの代打枠は長打寄りの面々揃い。まぁ今日ノーヒットの冬島に代わる先頭打者としてなら最適解だな。
(それに、相模くんは相性的にも青山くんとも良いはずだ)
「ファール!」
「カットボール!初球から振っていきました!」
「良いぞ相模!積極的にいけ!」
「出れたらええ!いつも通り頼むで!」
「畔たーん!」
(右のサイド気味のスリークォーター、確かに比較的合わせやすい部類の相手だが……)
「ストライーク!」
「高めまっすぐ!151km/h!!」
青山はウチの不動のクローザー。サイド気味の投げ方ながら150超えのまっすぐ、そしてリリーフ投手の割に豊富な球種を備える。
「外!ショート正面、一塁転送……」
「アウト!」
「ファースト捕ってワンナウト!」
「くっそぉ……」
「まぁ早打ち相模が追い込まれちゃなぁ……」
決め球のシンカー。これのおかげで、この手の投手が苦手とすることが多い左も十分に御せる。
「9番サード、月出里。背番号25」
「そろそろ頼むでちょうちょ!」
「葵姉貴もうおらんぞ!」
「いつも通り塁に出てくれたらええんや!」
今日の試合のアドバンテージは何と言っても、『鹿籠が投げてる限りは向こうの主軸の一角を封殺できる』という点にあったが、当然、鹿籠が降りた以上もうそれはない。
「!!!レフト線……」
「フェア!」
「フェア!長打コース!」
「「「「「おおおおおっ!!!」」」」」
「セーフ!」
「二塁セーフ!月出里、ようやく今日初めての出塁!!」
「オリンピックMVPの面目躍如ですね。内に入った逆球を逃しませんでした」
「何だ、ちゃんと打てるじゃんか」
「やっぱあのでかいおかっぱの子と相性悪かっただけなんだな」
「うーん、やっぱ可愛い……」
降りた途端にこれか……全く恐れ入る。
だが、それ故にこのスタメン起用は誤りだったな。
「1番センター、赤猫。背番号53」
(4点差……何とか繋いでイギリス人ちゃんや十握くんに決めてもらわないとね)
「四凡四凡!」
「いつものだ!気にするな!!」
「1点2点は構わねぇぞ!落ち着いてけ紅子!!」
(がってんですよ)
青山は球種こそリリーフの割に豊富だが、球威が飛び抜けているわけではない。被安打や四球も決して少ないわけではなく、WHIPも去年初めて1をギリギリ切ったくらい。いわゆる『劇場型』に分類されるタイプの投手。
それでも信頼できるのは、過去8年間、ほぼ毎年50試合以上登板してきたタフネス。
「ストライーク!」
「真ん中まっすぐ見送ってストライク!」
(度胸あるわね……何が何でも塁に出なきゃな場面。あたしは確かにこういう場面は待ち球を取ることが多いけど、向こうの投手にしたって初球の入りは慎重にいきたいはず。初球からこうやって堂々と入れるのは大した胆力だわ)
そしてこの度胸。
7回8回のリリーフというのは勝ってる場面なら後続に迷惑をかけないよう、そして何より勝機を逃さぬようなるべく無失点を目指したいところだが、クローザーというのは最悪いくらか点を取られても、最後にリードさえしていれば仕事は十分果たしたことになるからな。
その分、そのまま点を取られ過ぎれば負けが直接付いて、敗戦の責任がずっと数字として残り続けるわけだが、青山の心臓の強さはまさにこれに適してる。
「アウト!」
「キャッチャー捕って、これでツーアウト!」
「「「「「ああ……」」」」」
最初から『ランナーは出るものである』と自分自身も割り切れてるからこそ、こういう場面でも自分のベストボールを見失わない。大した奴だ。長年で培ったものもあるのだろうが、青山は1年目からシーズンの半分以上の試合数を任された実力者。元々こういう資質があったんだろうな。
「2番セカンド、徳田。背番号36」
(諦めない……アタシとリリィちゃんが出て三四郎くんが一発打てば同点!)
「ボール!」
さて、あと1人ではあるが……
「ボール!フォアボール!!」
「選びました!これでツーアウト一二塁!!」
「ナイセンナイセン!」
「流石やかおりん!」
「まだ終わってねぇぞ!」
やはりデータも示すように、氷室登板時の徳田はとりわけ厄介だな。走攻守全てで満遍なくポテンシャルを発揮してくる。平時でもホームランがほぼないことを除けば申し分なし。野手としての価値は向こうの中じゃ月出里に次いで高いと言えるだろう。
「3番指名打者、オクスプリング。背番号54」
だがまぁ、そろそろ潮時だろうな。
「ッ……!」
「ストライク!バッターアウト!」
「試合終了!4-0!アルバトロス、ペナントレース再開初戦、本拠地でのゲームを勝利で締めくくりました!そしてバニーズはこれで8連敗!」
「ナイス劇場!」
「五凡上等!」
「葵姉貴!新人王あるぞ!」
「うーんこの」
「話に聞いてた以上に弱いなバニーズ……」
「まぁ最後にちょうちょのツーベース見れたからまだ良かったけど……」
結果としてはそこそこの点差が付いての勝利。だが、今日の勝利は数字の大小はあまり関係がない。ただ一つ確かなのは、今日の試合は戦略の面でウチが勝つ確率が高かったということ。
向こうの失敗は月出里を先発出場させてしまったこと。しかも、その上で十握と打順を離しすぎてしまったこと。
最近ではメジャーに倣って2番3番に据えることもあるが、基本的に日本の野球は最強打者を4番に置くのが一般的。昔からそういう考えが存在するから、セイバーメトリクスが普及した昨今では『4番最強打者』は『古いもの=悪』の図式で陋習の如くマイナスな方で考えられがちだが、4番最強打者にもちゃんと統計に基づいたメリットが存在する。
まず、ランナーありの状況で打順が巡ってきやすいこと。そして、満塁で真っ先に打順が回ってきやすいこと。要はランナーを帰す役割を担いやすいということだな。いわゆる点取り屋の役割。これは一般的にもよく言われる部分。
そして、これはあまり触れられることがないのだが、『4番に最強打者を置く』ということは、『一般的に最弱打者が据えられるであろう8番9番と打順を自然に最も遠くへ離せる』、ということでもある。良い打者はなるべく近くに寄せて、良くない打者をなるべく離すべきというのは、考え方の古い新しいに関係なく共通した見解と言えるだろう。
確かに良い打者にはできるだけ多くの打席を与えたいという考えなら、4番最強打者よりも2番3番の方が有利ではあるが、逆に良くない打者にはできるだけ打席を与えたくないというのも正。現状、DH導入に難色を示しているリコなんかでは必然的に投手の打席が存在するのだから、なおさらその点で4番最強打者には理がある。
だからこそ、4番に十握を据えた時点で、9番に月出里を据えたのは戦略的に誤りと言える。鹿籠降板後を想定するのなら、最初からベンチスタートにして、降板した後にチャンスの場面なりでフレキシブルに起用すれば良かったのだ。
今回は結果的に4点を取れてそれなりに余裕のあるゲーム展開になったが、鹿籠のコンディションやウチの元々の得点力を考えれば、もっと点差が小さくても全くおかしくなかった。その分、バニーズにも十分勝機があったのだ。
月出里のツーベースも、最強打者たる十握まで打順が回っていれば得点に繋がってたかもしれない。だが、打順を最も遠ざけてしまった時点でその確率は随分と少なくなってしまった。アウト3つで攻撃終了なのに、4番と9番、打者3人4人分離してしまったのだから。一発のないバニーズだからこそ、良い打者を繋げて点を狙うべきだったのに。
(……色々と考えが甘かったね)
向こうのベンチで頭を抱える伊達。まぁ無理もない。就任1年目で大型連敗中。現役時代から頭の使える奴だったが、この状況なら視野が狭くもなろう。
だが、悪いが容赦はせん。正直このままヴァルチャーズを抜くのは厳しいかもしれんが、CSのホーム開催というメリットを考えれば、このまま2位を保つのにも意義は十分ある。どこの球団から勝とうが1勝は1勝。ウチには月出里メタの鹿籠という手札もあるのだから、存分にカモらせてもらうぞ、バニーズ。
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