第百二話 敷居(4/7)
******視点:村上憲平[アルバトロス 監督]******
「鹿籠、とりあえず月出里だけは抑えろ。後は■■に任せる」
「は、はい!」
1-0、ここまで守りの面では想定通りの運び。攻めの面ではもう少し点が取れると思ってたが、今日の氷室は球威はそこそこながらも制球が良い。こちらの待ち球が球数稼ぎ程度にしかなってない。
だが、このスコアならそれで十分。
「7回の表、バニーズの攻撃。9番サード、月出里。背番号25」
「ちょうちょ!そろそろ打てや!!」
「オリンピックやなくてペナントが本業やろうが!」
(わかってるよ、そんなこと……!)
「ストラーイク!」
「初球まっすぐ空振り!」
相変わらず、向こうの一番の厄介者は鹿籠には手も足も出んようだからな。
「ファースト、見上げて……」
「アウト!」
「捕りました!ファーストファールフライでワンナウト!」
(うう……)
「ほんまちょうちょ、葵姉貴だけはダメやなぁ……」
「今日も初っ端に珍しく三振しとったしな。一応当てられなくはないみたいやけど……」
「やっぱ相模出しといた方が……」
鹿籠は0で抑えてはいるが、ほぼ毎回ランナーを出して結果的に球数をかなり使ってる。元々あのまっすぐは慣れられると案外打たれるもの。まっすぐ以外に決定的な武器になるものをせめて1つというのが今の鹿籠の課題。
「タイム!」
「アルバトロス、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、鹿籠に代わりまして……」
それでも、裏を返せば『開幕ローテ初年度ながらペナント再開1戦目を任せられるくらいの数字を出しつつ伸び代を残してる』ということだからな。今はこれで十分。
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「4番レフト、十握。背番号34」
「「「「「346!346!346!346!」」」」」
「ズボン上がってるぞー!」
「今度こそ決めろやー!」
赤猫とオクスプリングが出てツーアウト一三塁。1点リードだと少々怖い状況ではあるが……
(正直、今日の天野さんは調子が良くない。このまま左ならいけるかもだけど、ワンポイントで代えるなんて十分にあり得る話。ここは俺が決めないと……!)
(十握さん。申し訳ないですけど、今日はまともに勝負なんてしませんよ)
「!!打ち上げて……」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
外の難しい球、泳ぎながらも外野まで飛ばしたか。大したものだ。
(ですが、そのくらいなら〜……)
「アウトォォォォォ!!!」
「センター捕りました!高座、ファインプレー!!」
「「「「「あぁ〜……」」」」」
「あのマニッシュな子、やるやんけ……」
「ほんと怪我しなけりゃ最高なんだよなぁ、アッキーは……」
月出里と十握は確かにバニーズの中でどころかリーグでもトップクラスの強打者。だが、その片方が機能不全なら結果はこの通り。
注意すべき強打者が1人しかいないのなら、際どいコースをガンガン投げ込める。仮に歩かせたとしても、バニーズの打者は基本的に『一発はほぼないが俊足のアベレージヒッター』がほとんどで、残りは大体『一発があるが低打率の扇風機』。率も一発も兼ね揃えたスラッガーは十握とオクスプリングくらいだし、そいつらもどちらかと言えば率寄りの中距離打者。
そして、今日は投手戦を想定してか守備力重視の布陣で、全体的に率を稼げる打者が多い反面、不意の一発のある打者が少ないから、十握を歩かせることに躊躇が生まれない。歩かせる分、チャンスを作るまではそれなりにできているが、肝心の得点に繋げるところまではできていない状況。
「これでスリーアウトチェンジ!バニーズ、この回も得点ならず!!」
「十握が打てんとほんまアカンな……」
「際どい球ばっか投げてくるんやもんなぁ」
「卑怯やぞ!勝負せぇ勝負!!」
……野球は他のスポーツと比べて敷居が高い。まず道具がいくらか必要な上に、本格的なものだとそれなりに値が張る。道具があってもきちんとした競技として成立させるにはバッテリーやファースト、ショート辺りが最低限やれないとグダグダになる。
そういう敷居の高さを初心者はまず感じるものだが、それなりに経験を積んできても、また別の敷居の高さを覚えることになる。『チームが勝っていくにはまずそれなりのレベルの投手が必要不可欠』とかな。
そんな感じで、全体的に見て野球の敷居の高さを生んでるのは守りの面の方が多いが、実は攻めの面でも敷居の高さは存在する。それは、『敬遠がルールとして認められている以上、仮に100%ホームランが打てるような化け物が1人いたとしても、点が取れるとは限らない』ということ。『最低でも2、3人はまともに打てる奴がいないとなかなか点が入らない』ということ。
環境のレベルが低ければエラーが頻発するからそこまで気にならないが、レベルが高くなればなるほど打線の層の厚さが重要になってくる。ただでさえプロでは3割で上等なくらい打てる確率が低い上、シングルヒットだと3本でも点が入らないことは珍しくないのだからな。
そして、長打も狙える強打者がいたとしても、前後の打者が大して打てないのなら、歩かせ覚悟で際どい球を投げてしまえば良い。見逃されてもシングルより価値の低い四球を与えるだけだし、無理に打ちにきたとしてもバッティングが崩れるという儲けも生まれるかもしれんしな。
そういう意味でも、打線を構築する上では長打を狙える強打者の数を揃えた上で近い打順に寄せ集めて、圧力と抑止力を生まねばならない。
敬遠をする方が卑怯なのではない。最強打者への敬遠を促すような打順にしたり、そもそも敬遠に備えられないような層の打線しか用意できない方が間抜けなのだ。
昔、高校野球で醍醐が全打席敬遠された結果、醍醐の学校が敗退したことで世間で論争が起こったが、あんなものは議論するまでもない。ましてや同じプロ同士で戦う以上、『最低限の数の強打者が揃えられませんでした』など言い訳にもならない。
ウチだって貧打なのは同じ。その中でも策を練って勝てるようにしてるから、バニーズほどは落ちぶれることなく、今2位でいられてるんだよ。
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