第百二話 敷居(2/7)
******視点:徳田火織******
試合前にバックスクリーンを眺めて、改めてお互いのスタメンを確認。
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2020ペナントレース バニーズvsアルバトロス
○天王寺三条バニーズ
監督:伊達郁雄
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2二 徳田火織[右左]
3指 リリィ・オクスプリング[右両]
4左 十握三四郎[右左]
5一 天野千尋[右右]
6右 松村桐生[左左]
7遊 相沢涼[右右]
8捕 冬島幸貴[右右]
9三 月出里逢[右右]
投 氷室篤斗[右右]
●美浜ブッフアルバトロス
監督:村上憲平
[先発]
1中 高座愛生[右右]
2指 亀甲響[右左]
3右 タイラー・ダーコン[右左]
4一 芦谷八雲[右右]
5三 ■■■■[右左]
6左 ■■■■[右左]
7二 吉川天[右右]
8遊 柿原操[右左]
9捕 斎藤二乃[右左]
投 鹿籠葵[右左]
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「ちーっす!……あれ?ちょうちょって9番なのか?」
「日本代表なのに……」
「バニーズって貧打のチームじゃなかったのか?」
「まぁアリやな」
「葵姉貴相手やからしゃーない」
「思い切ってちょうちょ切って相模スタメンでもええと思うけどな」
伊達さんも思い切ったことをするよね。ウチで一番打ってる逢ちゃんを9番なんて。それでもベンチスタートまで思い切れないのは伊達さんらしいというか……
(確かに情とか功労者に対してっていうのもあるけど、今日の試合はペナントレース再開初日。実質開幕戦のようなもの。故に投手戦になる確率が高い。今日は左打者を上位に固めつつ守備重視の布陣だ)
……ま、今は自分のこと最優先。エキシビションは最終戦にしか出れなくて、練習もあんまり出れてなくて、その上で今日はあっくんを勝たせなきゃだし。
「一緒に試合するの久しぶりですね」
「ん、そだね」
だから、あんまり気の利いたことが返せない。せっかく逢ちゃんに話しかけてもらえたのに。
……お互いドラフトの順位的にあんまり期待されてないまま二軍から這い上がった内野同士だけど、進む道がだいぶ違っちゃったね。アタシより3つも年下なのに、日本代表に選ばれて、しかも活躍して。逢ちゃんは去年から開幕一軍を勝ち取ってたけど、同い歳の頃のアタシは色んな男に抱かれて遊び呆けてた。
アタシももうちょっと早くから真面目にやってたら逢ちゃんみたいになれてたかもしれないけど、そうしてたらあっくんと一緒になれなかったかもしれないし、みっくんだって生まれてなかったかもしれない。だから、プロ野球選手である以上に女を貫いたことに後悔はない。そうしたことで、選手としてこれからも頑張っていこうって思えてるんだし。
それでも、逢ちゃんは逢ちゃんですごいと思うけどね。これだけ可愛くてもそういうのに頼らずに実力で有名になって、今でも十分ウチの看板選手なのにもっと上を目指してて。きっとアタシと違って、普段から男の人にガッついたりとかしないんだろうね。
(まだ試合までそれなりに時間があるのにもう戦う顔……やっぱり真面目だよね、火織さん。綺麗な人なのに、野球にすごい真面目。氷室さんと良い感じっぽいけど清い間柄って感じだし。あたしみたいに良い男とのスケベに夢中になってるとこなんて想像できないね)
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「1回の表、バニーズの攻撃。1番センター、赤猫。背番号53」
(いつも通りであれば、鹿籠さん先発のバニーズ相手なら月出里さんで立ち上がりからアウト1つ計算できるんですが、流石に学習しますよね。ですが、どのみち恐るるに足りません)
今日の向こうの先発は鹿籠葵ちゃん。浮き上がるカットボールみたいな不思議な球を投げてくる子。どういうわけか逢ちゃんはあの子がとにかく苦手だから、今日はアタシ達がどうにか打って点を取るしかない。
「今シーズンはオリンピック開催の関係で昨日までペナントレースが中断となっていましたが、バニーズは中断前から7連敗中。今シーズンのバニーズの対アルバトロスの戦績はここまで5勝10敗。対アルバトロスに限っても4連敗中。相性の良くない相手ではありますが、このカードで連敗脱出できるでしょうか?」
「はえー、今バニーズそんなに負けてるんだな……」
「噂通りの最弱球団だな」
「これでもまだマシになったんだよ……」
「今のところ33勝46敗5分……勝率4割超えてるだけマシだよな」
「まぁチームが負けまくっててもちょうちょが観れたらええわ」
そうなんだよね……今年は特にヴァルチャーズとアルバトロスには勝ててない。他の球団相手だと意外と良い勝負できてるんだけど、苦手なとこに負けまくってるせいで今年は勝率5割にどうしても届かない。
アタシ達の給料の基準は個人成績がメインだけど、チームの順位でも全体の額がだいぶ変わってくる。だから、あんまり負けっぱなしだとね。去年も最下位だったし……
「サードファールグラウンド、落下点に入って……」
「……アウト!」
「アウト!ファールフライでまずはワンナウト!」
まぁしょうがない。普通はアウトになる確率の方が高いんだから。
「2番セカンド、徳田。背番号36」
そうなっても良いように、2番も昔からチャンスメーカー扱いなんだし。
「バッターボックスにはプロ6年目、先日24歳の誕生日を迎えたばかりの徳田火織。2018年シーズンに開幕一軍を勝ち取ったのを皮切りに、現在では走攻守揃った不動のセカンドレギュラーとして定着しております」
「へぇ、あんな子もいるのか」
「話に聞いてた通り、見た目は良いのばっかいるんだな」
「俺、ちょうちょよりあの子が好みだわ」
「結構打率高いんだな」
「何か遊んでそう……(女の勘)」
とりあえず狙うは内に入ってくるあの不思議な球……
「引っ張って……セカンド捕った!」
「「「「「おおっ!!!」」」」」
なら競走……!
「一塁送球間に合うか……!?」
「アウトォォォ!!!」
「間に合いました!セカンド吉川、ファインプレー!」
さっすが吉川さん……バッティングは今年ちょっと落ちてるけど、守備は相変わらず。
前まではUZRとかあの辺のハイカラな指標は査定に入ってなかったけど、今年は梨木さんが入ってきたり、『HIVE』だか何だかを導入したって話で、その辺のデータを見るかもしれないんだよね。そうなってくると、同じリーグのセカンドに上手い人があんまり多いと困る。
(ドンマイドンマイ。ウチが決めたるわ)
「3番指名打者、オクスプリング。背番号54」
(うう……左ばっかりだと投げれる球限られてくるなぁ……)
(逆に言えば色んな球をアレコレ投げずに済むということです。今日の鹿籠さんのまっすぐはしっかり走ってるし制球も間違っちゃいません。ちゃんとコースを突けてるから、徳田さんの打球もアウトにできたんです)
リリィちゃんも今年はちょっと成績が落ちてるけど、それでもバニーズの中じゃ逢ちゃんと三四郎くんの次に打ててる。出れなかったのが申し訳ない。
(チェンジアップ……!)
「!右中間……落ちました!」
「ええぞリリィ!」
「3つ行け3つ!」
「セーフ!」
「打ったランナーは二塁でストップ!ツーベース!」
(流石に月出里みたいにそんなポンポンスリーベース打てんわ……ウチも脚使えるけど月出里が速すぎんねん……)
当たり前だけど、野球はアウトカウントが3つで攻撃が終わり。逆に言えば、1回につき3人は確実に打てる。そうなってくると、理論上ランナーありの状況で一番打順が回ってきやすいのは4番……みたいだね。アタシは文系だから、その辺の細かい計算はよくわからないけど。
「4番レフト、十握。背番号34」
「ツーアウトからチャンスを作りましたバニーズ。バッターボックスにはプロ2年目にしてチームの主軸、オリンピック日本代表にも選出されました十握三四郎。本戦5戦全てでスタメン6番として出場し、チームメイトの月出里と並ぶ打率.350で日本の金メダルに大きく貢献しました!」
(月出里さんと違ってずっとアヘ単だったけどね)
三四郎くんって何かものすごい豪快なスイングしてるから千尋さんみたいなタイプに見えるけど、実際のとこ桐生くんに近いんだよね。逢ちゃんとそう変わらないくらいメチャクチャ三振少ないし、しかも四球も稼げる。
まぁこの場面ならむしろ好都合。リリィちゃんは脚速いし、シングルで先制は十分できるからね。
(鹿籠さん、手筈通りに)
(は、はい……!)
「ボール!」
セオリー通り、初球の入りは慎重。
「ボール!」
「ファール!」
「ボール!」
「ボール!フォアボール!」
「選びました!これでツーアウト一二塁!!」
「ナイセンナイセン!」
「ランナーどんどん貯めてけ!」
うーん、全部際どいとこ。そりゃ決まれば大体打ち取れるだろうけど、現実のピッチャーの制球なんてゲームほど精密じゃないからね。だから甘いところでもファールでカウントを稼げるのもピッチャーにとって大事なスキル。
「5番ファースト、天野。背番号32」
「「「ホームランホームランチッヒ!」」」
あんまり脚は速くないけど、逢ちゃんに次いで塁に出られる三四郎くんの直後に千尋さん。まぁ理想的な流れだね。
(問題ありませんよ……!)
「ストライク!バッターアウト!」
「スライダー!空振り三振!」
「あっちゃあ……」
「ドンマイドンマイ!」
「初回からチャンスは作れた!」
うーん残念。でも焦ることはないよね。
「あっくん、頑張ってね!」
「おう!バック頼むぜ!!」
ベンチを出る前に、"ただの選手同士"を装って、"夫婦"で声の掛け合い。今日はあっくんが投げるんだから、ちゃんと点を取れさえすれば勝てるはず。
今日はあっくんを連敗脱出のヒーローに仕立て上げてみせるからね。
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