第十二話 失敗を学んで何が悪い(2/6)
「ショート!」
「ファースト!」
「くっ……!」
「ああっ!?」
その時の打球は、前の試合で指摘された状況と同じで、打球を捕った位置が深くて、かなり急いで思いっきり投げる必要がありました。だけどあたしは全力の送球を、ファーストが跳んでも絶対に届かないくらい高くふかしちゃったんです。
「す、すみません……」
何だかわからないにせよ守備が原因でスタメンを落とされた後だったから、その時のミスは本当に自分が情けなくて、監督とファーストには謝るしかできませんでした。
だけど監督は……
「月出里、良い送球だったぞ!その調子だ!!」
「え……?」
逆にあたしを褒めたんです。
それでどうしても抑えが効かなくて、監督に直接理由を教えてもらうことにしたんです。
「あ、あの……監督」
「ん?」
「あたしのこと、今でも怒ってますよね?先週のアレで」
「ついさっきまでカンカンよ。でも今ので許した」
「……何でですか?今のってミスじゃないですか」
「まぁミスだな。でもおりから言わせてもらうと、先週のあのプレーもミスだな」
「え……?」
「確かにその時点だけ切り取れば、あのプレーの判断は正しかった。だが、ゲーム全体で考えればどうよ?相手は格上、アウトを取れる時は何が何でも取りにいくもんよ。それなら同じ無失点という結果だったとしても、相手打線の巡りが変わって、以降の失点も防げたかもしれんだろ?こっちの攻撃のリズムも変わったはずよ。アウトを取るタイミングが1つ早くなれば、相手も1つ打つ機会をなくす。それが『攻めの守備』ってやつよ」
『攻めの守備』……守備は受け身だけじゃないというのを、あたしはその時初めて気付くことができました。
「それでも確実に守った上で勝ったというのなら1つの正しさと言えるかもしれんが、負けた以上は少なくとも反省点にはすべき。おりが怒ったのは、お前がそのことを認識できずにみすみす『成長』の機会を逃したからよ。でもさっきのは違うだろ?何とかアウトにしようと必死になった結果だろ?おかげでお前は『慌てると送球をふかす』という欠点を見つけることができた。これがわかってれば、例えば同じシチュエーションの時は目測より気持ち低めに投げるように意識するとか、改善策を考えることもできる。これこそ『成長』というやつじゃないか?」
ショートだけじゃなく、サード、ファーストと、ずっと重要なポジションを任されてきたから、守備をする機会も多くて、その分、守備のミスでは人一倍あたしは怒られてきました。ああやって手放しに褒められたのは初めてでした。
「……どうも守備のミスで褒められたのは初めてみたいだな」
「わかります?」
「まぁな。野球はプロ以外は大体勝ち抜きだから、エラーした奴は責任の所在がはっきりしてるせいで戦犯扱いされがちよな。おりも元々はそういう奴を叩く人間だった。そのおかげで嚆矢園にいけた部分があるのは否めんが、その後に色々あってな。それで勝ち負け以前に、『学生野球』とは何なのかってのを根本から考え直したのよ」
守備は得意な分好きだったけど、やっぱりミスを怒られるのは嫌だったあたしだったから、川越監督の野球観があたしのそんな思いを肯定してくれないかって期待してたんです。
「もっと根本的な話になるけどな、野球ってのはそもそも失敗のスポーツよ。強打者の基準でよく言われる打率3割も、逆に言えばヒットを打てない確率の方が高いのは当たり前だと認識されてるってことよな?出塁率にしたってプロでは4割でも一流扱いなんだから、やはりアウトになる確率の方が基本的には高い。点取りゲームである以上、誰かがどこかで失敗しなければ勝ち負けすら付かない。よくお説教で『同じ失敗を繰り返すな』なんて言うが、野球はどう足掻いても同じ失敗を繰り返すし、相手ありきの競技だから相手も繰り返させようとしてくる。反省して弱点を改善しても、それによって別の弱点が生まれて結果として同じ失敗を繰り返すなんてザラにある。それでもやっぱり人は失敗を嫌がるから、周りの人間にも繰り返させないようにするんだけどな。月出里もよく言われただろう?『身体の正面で捕れ』とかな」
「はい……そりゃもう……」
「だが、『打球に飛びついていけばアウトにできた』、『ベアハンドキャッチして素早く投げていればアウトにできた』といった可能性を無視して良い理由にはならんよな?『失敗しない努力をすること』、その姿勢自体を間違いだとは言わんが、それはともすれば『成功する確率を狭める』という結果にも繋がりかねんのよ。お前を見てると余計にそう思ってしまうわ」
「あたしを……ですか?」
「ところで、日本とメジャーの野球を比較すると特に内野の守備に差を感じると思うが、だからと言って人種とか環境とかを言い訳にしてまともに勝負する気を無くして、堅実さとかそんなので勝てれば良いとか言う奴がもしいたら、お前はどう思う?」
「とんだ負け犬クソ野郎だと思います」
「はっはっは、そうよな!お前ならそう言うよな!!お前にはそう言えるだけのフィジカルも、そして負けん気の強さもある。だからこそ、お前には失敗のせいで縮こまって欲しくないのよ。……いや、お前だけじゃなく、我が校の野球部にいる全員もだな。何せお前らがやってるのは『学生野球』。学ぶのが最終目標よ。ならば失敗を学んで何が悪い?失敗しなくても学べる成功も、失敗しなければ学べない成功も、どちらも学ぶ権利がお前らにはある。失敗を恐れず、失敗を味方に付ける。攻撃面はもちろんのこと、守備でも『9回を守る』のではなく『27個のアウトを奪い取る』。徹底的にド派手に攻めまくる、それが今の水無月高野球よ」
「『失敗を恐れず、失敗を味方に付ける』……」
「もちろんそれは、気の抜けたプレーを容認するための方便じゃあない。どんな結果がもたらされたとしても、必死になってプレーした奴ら全てに等しく与えられるべき一種の救いよ」
そう言うと、監督はあたしの肩に手を置いて、まっすぐこっちを見つめてきました。本来ならあんなハゲチャピンのおっさんがあたしのような美少女に対してやるには到底許される行為ではありませんが、そういう流れだったので特別に許しました。
「月出里、お前にはこれから先、我がチームのレギュラーショートとして期待してるし、ひょっとしたら何年か先にはプロになってるかもしれないとさえ思ってる。少なくともお前のその人間離れしたフィジカルは今の時点でもプロになりうるものだろうし、他の面でも伸び代だってある。元よりおりはチームの勝敗以上にお前ら部員の今後の成長を優先するつもりだから、遠慮なく必死に失敗したら良い。プロ野球のみならず、大人の社会というのはとかく結果が最優先の世界。結果よりも過程を評価されるのは学生の特権よ。そしてもし本当にプロになれたのなら、たとえ結果ありきだとしても、『まだしてない失敗』よりも『もしかしたらできるかもしれない成功』を信じてプレーし続けてくれ。それがおりの、教育者としての望みよ」
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