第百話 一番ずるいポジション(6/8)
******視点:伊達郁雄******
「伊達さんの言う通りですね」
「ん?」
「サードというか……月出里さん、ずるいですね」
「だろう?」
焼き鳥の皿に手を伸ばす……けど、もうなかった。もうとっくに宇井くんの取り皿の方へ。まぁ良いか……
「待望の追加点をもたらした月出里くんのさっきの一打……猪戸くんの出塁と盗塁がなければ何でもないシングルでしかなかったけど、そういう状況ができたのは月出里くんが守備で流れを変えたからこそ……って言えちゃうんだよね。普段は他のポジションと比べて責任が軽くて、接戦の時にばかり責任が重くなるから、結果的にいつもゲームの大局を握ってるように見えてしまう。良く言えば『主人公みたいなポジション』、悪く言えば『一番ずるいポジション』なんだよね、サードってやつは」
「本来、野球で『支配的』と表現されるものは先発投手の対するものであることがほとんどですが、この試合に関しては月出里さんのプレーが万事の発端になってる印象ですね」
「単純な得失点の観点で言えば、より貢献度が高いのはこの試合をロースコアに持ち込んだ両チームの先発のはずですけど、要所でことごとく逢ちゃんが絡んでるから、そういう印象ばかりが残りますよねぇ」
「……その印象の差を生み出してるのは、多分『1点の重み』じゃないかな?」
「『1点の重み』……」
「WARとかの指標って、基本的に『1点の重み』って見ないよね?エースから打とうが、野手登板の時に打とうが、1点は全部1点として計上して、そこから選手の価値なんかを判断する」
「まぁ『有利な状況でも不利な状況でも、機会は誰しもが大体平等』っていう前提があるんでしょうねぇ」
「昔みたいに『打率』とか『勝ち数』とかそういう簡単な数字にばかり囚われず、色んな切り口から選手の本当の価値を探ろうっていう試みは僕は素晴らしいことだと思う。それだけ選手個人個人の創意工夫を透明にできるってことだからね。だけど、野球をこうやって生でやってきた僕からしたら、『1点の重み』ってやつをもっと見てほしいなぁという気持ちもある。点が違えば選手にとっても目指すべきプレーが変わるし、僕ら監督としても采配が変わる。ゲームを進める上でのプレッシャーも変わる。そういう点の重みも完全に反映できた時が、そういう指標の完成の時になるのかもしれないね」
「……サードって守備位置補正、だいたいマイナスですからね。野手ではキャッチャーやショートが特に負担が大きいのは揺るぎないはずですけど、そういう点の重みが反映されたら、もしかしたら一番序列が変わるのはサードかもしれませんね」
「リリーフなんかも『1点の重み』がもっと見られるべきかもしれませんねぇ。得失点差があまり良くない割に勝ててるチームって、リリーフが良いからってことが多いですし。そういう意味では、ショートは内野の中の先発、サードは内野の中のリリーフと捉えることもできるかもしれませんねぇ」
「勝敗との相関性を考えて、『より多くの点を稼げて、より多くの失点を防げる』のに重きを置くのは理論的だとは思うんだけどね。ただ、1点だろうが100点だろうがリードしてたら勝利なのが野球で、野球は何より勝利を目指すものだからね。『点を多く創出できるのが選手の価値』ではなく、『勝ちを多く創出できるのが選手の価値』……なんてね。どうかな?」
「え……?何がです?」
「バカ!『勝ち』と『価値』をかけたんだよ!面白いだろ!?」
気持ちは嬉しいけどフォローが雑だよ、恵人くん……
野球はただでさえ最低でも9人という、比較的多くの人数でチームを組んでやるもの。プロにもなればローテとかでもっと多くの人数を要する。だから、選手個人個人の実力がチーム全体のそれには反映されづらい。しかも、そもそも打率なんかだと5分……パーセンテージにしてわずか5%違うだけで一流と二流で格の差が生まれることもあるほど、傑出した実力を持った選手そのものがまず出づらい競技。
だからプロにもなれば多少の欠員が出ても替えがきくし、投手や打者の攻略法ってのも、そのタイプに応じてある程度は固まってる。そして選手個人個人にしても傑出した実力をなかなか持つことができないから、大体の選手はなるべく自分勝手を自重して、チームに殉ずる方向で自分の地位を守ろうとする。
そして実際には実力が優れていようと、ゲーム全体でも投手と打者個々の勝負でも勝敗は流れや時の運にも振り回されるから、年間3桁にも及ぶ試合数でも重ねないと、本当の実力はなかなか滲み出るものではない。
そんな野球という競技において、敵にとっても味方にとっても最も恐ろしいのは、おそらく月出里くんみたいな子。"周りに流されずに自分勝手を貫ける者"、要は"良くも悪くも空気を読まない子"。初めて会った頃からそうだったよね。実力が伴わなければ悪い結果で味方に悪い流れをもたらすばかりだけど、実力が伴っていればこれほど頼りになる者はいない。
月出里くんはそういう意味でも、"天性のサード"と呼べるのかもしれないね。
******視点:月出里逢******
「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」
「2番ショート、神結。背番号6」
帝国代表自慢の6億円プレーヤーの出番だっていうのに、興奮冷めやらぬ球場。
光栄ではあるし、打てたという結果自体には誇れるものだと思ってるけど、『国の代表として』頑張ったんだと思われるとちょっといたたまれないところがある。あたしとしてはいつも通り、『オーナーの望み』というのを大義名分に、自分がやりたいようにやっただけだからね。今回はたまたまうまくいったけど、プロに入って初めての試合なんか、バカみたいに意地を張ったせいで大戦犯になっちゃったし。
……だけど、1つ確かなのは、この舞台に立ててる時点で、あの頃よりはずっと上手くなれてるってこと。あの時は実力もないのに好き勝手して、振旗コーチにこっぴどく叱られちゃったけど、あたしもようやく『我儘の資格』を手に入れられたかな?
「!!!センター下がって、下がって……!」
「「「「「おおおおおッ!!!」」」」」
「入れ!入れ!」
「ダメ押しじゃあああああ!!!」
「……アウト!」
「フェンスの手前、捕りました!」
「もう一伸びでしたねぇ……」
「チッ……!」
「これでスリーアウトチェンジ!しかしこの回、月出里のタイムリーで待望の追加点!2-0、帝国代表、このリードをあと2回守り切れるか!?」




