第百話 一番ずるいポジション(5/8)
******視点:伊達郁雄******
「7回の裏、ツーアウト二塁で打席には先ほどスーパープレーでチームを救った月出里。第一打席でもスリーベースを放っています。二塁には第一打席で先制ホームランを放ち、先ほど四球で出て盗塁を決めた猪戸。この決勝の舞台で、帝国代表最年少野手コンビが躍動し続けております!」
「猪戸さんがチャンスメイクして、月出里さんが帰そうとしてるんすね」
「まぁ普段の役割を考えたら逆だね」
「野球は常に4番が打の主役になるわけじゃないからね。3割打てば上等な競技で、1番が出て2番が繋いでクリーンナップで帰すなんて王道が常に成立するわけがない。多少の確率の差はあっても、その試合で誰がヒーローになるチャンスを掴めるかなんてのは巡り合わせでしかないよ」
「それがまさに『野球は筋書きのないドラマ』と言われる所以ですね」
「タイム!」
「ここでアメリカ代表、バッテリーと内野陣とコーチがマウンドに集まります!」
さて、どうするかな?次は神結くん。前のアメリカ戦では3安打で大暴れした相手だけど、今日の展開を考えれば月出里くんとの勝負を避けるのも選択肢の一つ。
「どうする?歩かせるか?」
「ぶっちゃけ今日の向こうの打線じゃ猪戸の次に怖い相手デースヨ……」
「いや、勝負しかねぇだろ」
「……その心は?」
「俺らがリードしてるんなら歩かせるのが正解だと思う。だが今はビハインド。そしてこの流れは紛れもなくあの月出里が引き寄せたもの。元凶を潰して流れを奪い返すくらいの勢いがなきゃ、俺らはこのまますり潰されるだけだ」
「……パーカーの言う通りデースネ」
「悔しいが向こうの方が実力は上だろうからな。なら俺達は流れをとことん引き寄せていくしかない」
「USAという原点にして頂点に属するためじゃなく、俺らがUSAを頂点にするためにもな」
「その意気だ。監督には『お前らが股座に立派なタマをぶら下げてる』と伝えとく。しっかり頼むぞ、"未来のスター"ども!」
「「「「「「Yes, we are!!!」」」」」」
(ワタシ、女デースけどネ……)
(((((パインズは乳に立派なのぶら下げてるけどな)))))
それぞれが定位置に戻る。みんな揃って覚悟を決めた顔。短い時間だったけど、しっかり意見をまとめられた証拠。会話の内容は拾われなかったけど、そこのところはよくわかる。
アメリカ代表も良いチームだ。20代前半の若い選手ばかりだけど、それだけに将来が本当に楽しみな面々だね。
いつもは同じマイナーで鎬を削る者同士、しかも今日の対戦相手の国でプレーしてる選手まで何人か混ざってるって言うのに、勝利のためにしっかりと同じ方向を向いてるように見える。野球発祥の国としてのプライドがなせるものと言えるだろう。
……だからこそ、月出里くんみたいなのがこの上なく厄介なんだろうね。
「プレイ!」
「申告敬遠は……ありません!アメリカ代表、月出里と勝負するようです!」
「肝が据わってますね。この状況で勝負とは……」
「でもどうするんでしょうねぇ?ここ最近の逢ちゃんは当たってますからねぇ」
「今日もヒット1本ながら当たりは良いからね……」
(月出里は基本的に杏那に近い。どちらかと言うとインコースに強い。そしてウチのチームの花のようにスイングの頻度が少なく、四球が多い)
(となると……これでいくか)
「「「!!!」」」
「ボール!」
「おおっと!まっすぐ身体に近いとこ!!」
インハイ、肩くらいの高さ。月出里くんはとっさに背中を向けつつ、ホームベースから離れるような形で回避。
「おいィ!?何やっとんねんアメちゃんよぉ!!?」
「俺のちょうちょに傷一つ付けてみろや!訴訟やぞ訴訟!」
「いや、俺の逢だろうが!」
中継でもしっかり聞こえる観客席からの非難。このオリンピックをきっかけに月出里くんの名前と顔がよく知れ渡ったけど、昨日とこの前の試合でご新規さん達もすっかり虜になってるね。
……カウント不利にしてでも初球ビーンボール。となると……
(悪く思うなよ?俺らにゃもうこれくらいしか打つ手がねぇんだ。それくらいテメェは手強いんだってのが、俺らUSAの総意だと捉えてくれても良い)
(いくら勝負と言っても、今の状態の月出里とまともにやり合うのは危険すぎる。変化量の少ない俺のカッターを打ち損じさせるにゃこの伏線はどうしても必要。見逃されたら見逃されたでとりあえずカウントを稼いで、最後にスプリッターを何とか振らせる)
(それに、一塁は空いてる。ボールが先行しすぎてダメそうならやっぱり歩かせる手筈。実際のところはタマの小せぇやり方で恐縮だが、そうしてでも俺らはUSAを頂点にしなきゃならねぇ。日本にさえ勝てるのなら、俺らは月出里個人にだけなら敬遠……無条件降伏も辞さねぇ覚悟だ)
一塁に余裕があるからこその最後の手段、か。だけど月出里くんはこんなことで折れる子じゃないよね?むしろ滾らせてるんだろうね、内心……
******視点:月出里逢******
何を企んでるのか、細かいところまではわからないけど、とりあえず最初から申告敬遠一択じゃないだけあたしにとってはまだマシ。こういう球を投げてなお勝負ってことは、少なくともストライクゾーンかその近くを通すつもりはあるはず。
それで良い。それで十分。あとはあたしの問題。
「第2球……」
今は勝負してくれるとしても、次が神結さんだとしても、向こうが不利になったらやっぱり尻尾を巻く可能性がある。あたしのチャンスは向こうのご機嫌1つで簡単に反故になるかもしれない。
だから次の1球に必死で向き合える。去年、あの変態と話した時に言ったように、『生物としての危機感』が、あたしに否応なしに進化を促す。めんどくさがりのあたしに鞭を打ってくれる。
「「「「「!!?」」」」」
だからこのカットボールにも、どうにか手が届く。優輝との調整の名残もあるのかな?
「ライトの右……落ちましたヒット!」
「「「「「うおおおおおおお!!!!!」」」」」
「「「回れ回れ!」」」
「二塁ランナー三塁蹴ってホームへ!」
(何度も性懲りも無く……!)
「バックホーム!」
(月出里は刺されたが……おいは刺されん!)
「セーフ!」
(こうなりゃ、今日ホームを踏む権利だけはおいだけのもんたい……!!!)
「猪戸、ホームイン!2-0!月出里、タイムリーヒット!帝国代表、ようやく待望の追加点!!今日も打って守ってチームを救います、月出里逢ッ!!!」
「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」
「話ができすぎてる、やり直し(辛辣)」
「幾重光忠物語よりはマシやから(震え声)」
「ワイ入団時からのちょうちょの追っかけ、感涙」
「隙自」
「外のカットボール、きっちり合わせてきましたねぇ。今日と前の試合ではひたすら強い打球ばかり量産してた月出里ですが、ここに来て非常に堅実な流し打ちを披露してくれましたね」
「確かに、先ほどの打球は137km/h。先日の韓国戦では1試合平均で184km/hをマークしておりました」
猪戸くんにかまけてる間にあわよくば二塁をって思ったけど、今日のアメリカ代表は流石だね。守備に隙がない。
「……"怪物"」
佳子ちゃん並に胸部が立派なアメリカのファーストの人があたしを見つめながらつぶやく。"フェノメナン"……そう言えば柳があたしのこと"フィノム"だの何だのって呼んでたっけ?英語はさっぱりわからないけど、おかげで何となくあたしのことを認めてくれてるのはわかる。
「よくやったぞ逢ちゃん!」
「やりゃできるじゃねぇか貧乳ロリ!」
「逢!お前美味しいとこ取りしすぎだぞ!」
(こん流れば作ったんな月出里だが、実際にお膳立てばしたんなこんおいたい)
友枝さん、神結さん、メスゴリラ師匠。今回のオリンピックで特にお世話になった先輩選手達もまとめてあたしを祝福する中、先にベンチにお戻りになった御大が偉そうに腕を組んで上体を逸らして、見下すような視線を送りながら鼻を広げてる。まぁ言わんとするところはわかるよ。あたしだって自覚はあるからね。こういう苦しい展開になったのは、最初にあたしが刺されたからってのも。クソッタレ。
今のあたしは元々ホームランは狙えない。そしてあの状況で盗塁を決められるような猪戸くんならシングルでも帰ってこれる。そしてあたしもいつ敬遠されるかわからないからじっくり戦ってる余裕はなかった。追い込まれる前なら空振りはいくらでもするけど、今回の場合は悠長にやっててもしょうがなかった。
だから最初から軽打狙い一択。ビーンボール直後だと流石のあたしでもそこまで堂々とは踏み込めないしね。ヘルメットにフェイスガードは付けてるけど、もしあたしのクッソ可愛い顔に傷を付けてたら、生きてるのが嫌になるくらいの地獄を味わわせてやってた。
……ただ、確かに直接お膳立てしたのは猪戸くんなのは事実だけど、直接点を挙げてゲームを良い方に動かしたのはあたしなのも事実。そのことについては文句は言えねぇよな、歌舞伎野郎?




