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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
632/1141

第百話 一番ずるいポジション(4/8)

******視点:山口恵人(やまぐちけいと)******


「やっぱり一番ずるいね、サードってやつは」


 月出里(すだち)さんのプレーで釘付けになってたみんなの視線が、テーブルを挟んでテレビを正面から観てる伊達(だて)さんに集まる。どうでも良いけど、やけに盛り付けられた宇井(うい)の取り皿に一瞬視線を奪われた。


「ショートとセカンドは受け持つ範囲が広くて単純に打球がよく飛んでくるしランナーとの関わりも多いから、求められるスキルも多い。ファーストはランナーが必ず一塁を最初に通る以上、送球の捕球など、最低限の仕事はまずある。サードも守備範囲と強肩が欲しいけど、サードはそもそも打球が飛んでくる機会があまり多くない。内野はランナーがいればベースカバーも考慮に入れる必要があるけど、三塁は本塁の一番手前で、そもそもランナーありの状況が一二塁と比べて確実に少ない」

「負担云々以前に、ボールを触る機会自体が少ないですよね……」

「それに、守備側から見てランナー三塁というのは確かに失点する確率の高い状況だけど、三塁ランナーが1人ホームに帰ったところで1失点。ある程度点が開いてる状況とか、序盤とかであればそこまで痛手にはならない」

「点差が開いてる時にサードランナーの生還は許容してアウトカウントを優先するなんてことはザラにありますからねぇ……」

「つまり、サードの責任が重くなるのはさっきみたいな、『終盤で点差が小さい』時とか『その上でランナーが三塁にいる』時くらい……」

「そう。サードっていうのはそういうポジションなんだよ。しかもサードとファーストは打球の処理にしても、二遊間と比べて抜けたら長打になるケースが多い。長打と得失点の相関性は言うに及ばず。そしてファーストと比べて送球というフェイズが挟まりやすいから、エラーで傷口が広がるケースも多い。そういう意味でも、直接的に点に関与することが多い。他のポジションだって1点が重い状況に関わるけど、そういう『責任が大きくなる状況の比重』という点で見れば、『1点が重い状況』の比重が最も大きいのはおそらくサード」


 投げなきゃ競技が成立しないピッチャーとは大違い。どうでも良い場面でもある程度はきちんと投げなきゃ大逆転に繋がることだってあるのにね。


「そして、『1点が重い状況に関わりやすい』ということは、それ即ち『ゲームの流れに関わりやすい』ということでもある」


 ……!


「アメリカ代表、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、コラーダに代わりまして、ライディーン。ピッチャー、ライディーン。背番号39」


 向こうも継投に入ったけど、出てきたのはまたJPBの投手。ペンギンズのボリス・ライディーン。


「またJPBの投手……」

「野手でJPBの人って2番のカーペンターくらいっすよね?」

「まぁそれだけ信頼されてる証拠なんだと思いますよぉ。燻ってた向こうの投手がJPBで経験を積んでメジャーで活躍という話は珍しくないですからねぇ」


 それもあるんだろうけど……やっぱり肩肘が消耗品って考えが根強いから、たとえマイナーリーガーでも有望なのはこっちによこしたくなかったのかなとか、仮に負けたら『JPBの選手だから向こうに肩入れしたんだ』って責任転嫁するつもりなんじゃないかとか、そういう方向でついつい勘繰ってしまう。


「7回の裏、日本代表の攻撃。7番セカンド、千石(せんごく)。背番号4」


 そして図らずもリコの選手同士の対決。


「ストライーク!」


 ライディーンは体格こそ普通の日本人選手とそう変わらないくらいだけど、投げる球は最速で150後半のパワーピッチャー。基本はこのフォーシームかカットボールの二択。たまにツーシームも織り交ぜる。


「低め打った!しかし当てただけ……」

「アウト!」

「ショートのパーカー、軽快に捌いてワンナウト!」


 そしてメジャー経験もある向こうの投手にしては珍しく、フォーク系の球もよく使う。今の時代だとどこの球団でも重宝される、球が速くて三振も狙えるリリーバー。


「8番指名打者、猪戸(ししど)。背番号55」

「7回の裏ワンナウトランナーなし、この世界の舞台でペンギンズの選手同士がぶつかり合うことになりました」


「猪戸!もう一発頼む!!」

「せっかく流れが変わってきたんや!」

「そろそろダメ押ししてくれや!」


(士道(シドー)……若いのにウチの主砲張って国の代表に祭り上げられるたぁ大したモンだ。敵じゃなけりゃ手放しで応援するとこだが、あいにく今の俺は同僚なんかじゃなくUSA(ステイツ)の一員。悪いが打ち取らせてもらうぜ……!)


「ファール!」

「一塁線切れました!」

「カットボールですね。この球で左からでもカウントを稼いでフォークで三振を狙えるのがライディーンの強みですね」

「ボール!」

「ストライーク!」


(ぬぅ……言われんちゃ一発狙いばってん、追い込まれっしもうた……)


 ホームランバッターが追い込まれるまでは強く振って一発を狙うのはセオリー通り。追い込まれても続けるのか、妥協して工夫するかは駆け引き次第。


「ボール!」

「高め!外れました!!」

「ファール!」

「インハイストレート!155km/h!!」

(当ててきたか……だが普段味方だからわかる。士道(シドー)は今年かなりの高打率を誇るが、基本的にインハイアウトローが攻め所だ)

(……!ツーシーム……)

「ファール!」

(欲張って振り回さなかったか……だがもう1球!)

(外れる……止まれッ!!!)

「スイングは……」

「ボール!」

「止まりました!これでフルカウント!!」


 粘るね……欲張らずに繋ぐつもりなのかな?


(これで入れるん確定たい……!)

(そう思うだろ?)

(ッ……!?)

「ファール!」

「低めフォーク!何とかバットに当てました!!」

(くそッ、当てやがったか……!)


「良いぞ良いぞ猪戸!」

「この際アウトにならんかったらええ!」

「良い流れ作っていこうぜ!」


(月出里んこさえた流れに乗るんは不本意ばってん……負けるんはもっと(はが)いか)

「ボール!フォアボール!!」

「高め外れました!ランナー一塁!!」

「チッ……!」


「「「ナイセンナイセン!!!」」」

「「「繋いでこうぜ!」」」


 普段のペナントレースほど応援がドンチャンしてないから、ベンチからの声が少しだけど拾われてる。確実に前の回までよりも雰囲気が良い。これもきっと月出里さんのプレーがもたらしたもの……


「9番キャッチャー、久保(くぼ)。背番号10」

(ここの判断は難しいな……今大会の久保くんの打率(アベレージ)は高いけど、今日は攻守で若干精彩を欠いてる。何だかんだで5試合全てマスクを被せてしまった影響か……)

「ここはバントのようですね」


 ワンナウト一塁。消極的に見えるけど、次は月出里さん。当たってるし、さっきのプレーもある。


「ファール!」

(くそッ、いつもと感覚にブレがあるな……自分で認識してる以上に神経が削られてるのか……)


 まぁバントだって百発百中でできるもんじゃないけど、久保さんのあの表情……言われてる通り、調子があんまり良くなさそうだね。


(月出里やおいが今回招聘されたんは、実力が認められたちゅうともあるはずばってん……セカンドんレギュラーになるはずやった(はな)さんの代わりという意味合いん方が強かったはず。そして立場的に言えば、ここまで花さんの代わりば務めてこれたんなおいよりも月出里ん方。おいは打つばかりやったたい)


 ……!!!


「一塁ランナースタート!」

(何ッ……!?)

「ボール!」

「タッチは……」

「セーフ!」

「セーフ!間に合いました!盗塁成功!」


「ここで走りよった……」

「アイツ、図体の割に走れるんやな……」

「あれでもルーキーイヤーに二軍で16盗塁してるんやで?」


(ライディーンもおいの手の内ば知っとるとじゃろうが、それはおいも同じ。いつも味方としてバックで守っとるけん、癖も見抜けとる)


 結果としてワンナウト二塁。一気にチャンス。


(ヒッティング……だが!)

「ストライク!バッターアウト!!」

(調子の悪い9番打者でアウトカウント稼げないリリーフなんて役割がねぇよ)

「久保は三振、これでツーアウト二塁!」


 けど、こんな展開になっちゃうなんてね……


「1番サード、月出里(すだち)。背番号25」


「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」

「もう1本頼むで!」

「シーズンで勝てへんねやからオリンピックでくらいポジらせてくれや!」

(あい)ちゃーん!頑張ってー!!」


 さっきのファインプレーについていけなかった分、ここで今日一番の盛り上がり。自分の手でピンチを脱した直後にこのチャンス。ほんと持ってるね、月出里さんは……

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