第十二話 失敗を学んで何が悪い(1/6)
******視点:月出里逢******
生まれて20年近い経験のおかげで、見た目でチヤホヤされるのは慣れてるけど、プレーで大勢の人にああやって認めてもらえたのは本当に久しぶり。何よりもオーナーが喜んでたっぽいのが一番嬉しいけど、たまにはこういうのも悪くない。本当は打ってチヤホヤされたいけど、ショートができるおかげで今までやってこれた部分が大いにあるから、文句は言えないね。
「ん?」
5回の裏を終えてなお、まだ俯いたままの火織さんが、グローブを持ってグラウンドへ向かおうとしてた。
「火織さん、6回に入る前にグラウンド整備ですよ」
「……ああ、そうだったね。ゴメン」
グローブを置き直して、またベンチで俯いてる。
「あーあ、せっかく氷室くんが先発なのにもう今日は投げないんだね……」
「自責点0だけど、ほんとあのブスまだ腹立つわ。せっかく篤斗くんが頑張ってたのに水差してさ……」
「ああやってかわいそぶってまた氷室くんの気を引こうとしてんじゃないの?ほんとビ■チのやることは浅ましいわ」
うるせぇ。ミスを責めるならまだしも、自分のこと棚に上げて的外れな悪口言ってんじゃねぇよ。観客だからって何言っても許されると思い上がるんじゃねぇ。
「火織。まだ気にしてんのか?」
「……当たり前じゃん。あんなつまらないミスであっくんの足引っ張っちゃったんだから……」
「足引っ張ってるのはお前だけちゃうやろ?数字の上じゃお前よりウチの方がよっぽど足引っ張っとるで」
「リリィちゃんは真面目にやってるじゃん。アタシは調子に乗ってああなったんだよ」
氷室さんとリリィさんもフォローするけど、いつもの火織さんはまだ戻ってこない。
「……アタシね、さっきの先頭打者の時も、多分思いっきり打球に飛び込んでたら捌けてた。いつも通りすらアタシはできなかったんだよ。『また失敗したらどうしよう』、『もう目に見える形であっくんの足を引っ張りたくない』って思って。逢ちゃんみたいに守ってあっくんを助けたいのに、アタシは……」
……しょうがない、一肌脱ぐか。
「火織さん。少しあたしの話をして良いですか?」
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あたしがもうすぐ卒業する高校、水無月高っていう埼玉の公立校なんですけど、ずっと昔一度だけ嚆矢園に行ったことがあって、その時の監督……川越弘平も健在だから、県内では一応"強豪校"って言われてるんです。
でもやっぱり選手を集める時点ではどうしても私立の学校に勝てないですし、特に良い投手がなかなか集まらないから、それなりに勝つことはできても、どうしても毎年準決勝とか準々決勝辺りの壁を乗り越えられないんですよね。
あたしはそんなところで数少ないシニア経験者だったおかげか、1年秋からショートのレギュラーに選ばれたんですけど、その後すぐに同じ県内の私立強豪校と練習試合があったんです。
「クソッ、やっぱ村崎学園はつえぇな……」
「まぁ1点差でノーエラーだったんだから上等じゃね?」
「向こうの8回から投げてた名取って子、可愛かったなぁ」
「いや、月出里の方が可愛いだろ」
(そんなの当たり前じゃん、『絶世の美少女』と書いて『すだちあい』って読むんだよ……いや、それより名取さんとの差がまた広がっちゃった……辞めてた時の分まで取り返せるかな……?)
相手校には小中の頃から対戦したことのある人が大勢いて、特に同い年のショート兼ピッチャーの子はリトルの頃から県内でも注目の子だったから、試合に負けた直後はその子との格の違いを改めて思い知らされたことで頭がいっぱいだったんです。
そんな時に、川越監督に話しかけられたんですけど……
「月出里、少し良いか?」
「あ、はい」
「4回の表ワンナウトの時、何でスローイングしなかったんよ?」
「え……?まぁ打球が深かったですし、下手に投げたらエラーで余計にピンチが広がりそうだったんで……」
「……なるほど、経験豊富なショートならではの判断よな。実際、失点には繋がらんかったしな。その点では、おりが見込んだ通りと言える」
「あ、ありがとうございます……」
「だが月出里よ。レギュラー抜擢したばかりで申し訳ないが、しばらく控えに回ってもらおうか」
「え゛……!?」
何で監督があたしをスタメンから外すようになったのか、その時すぐには理解できませんでした。バッティングがダメだからっていうのならともかく、守備に関してはあの頃でももう部で一番できる自信があったから、余計にですね。
理由がわかったのは、それから一週間経った後にノックを受けてる時でした。