第九十九話 怪童(3/7)
「1回の裏、日本代表の攻撃。1番サード、月出里。背番号25」
「オリンピック5戦全て1番サードで先発出場となりました、代表最年少の月出里逢。準決勝の韓国戦では5打数3安打4打点の大活躍。身長170cmと小柄ですが、打球速度170km/hオーバーの弾丸ライナーを量産する打棒はアメリカ代表も警戒しているとのことです」
月出里さんも十握さんも揃って代表のスタメン。しかもちゃんと活躍してる。今のバニーズ打線も正直この2人頼りなところがあるからね……
「前の試合では5打席で平均184km/h……角度こそ付いてませんが、素晴らしい数字ですねぇ」
「有川さん、梨木さん。打球速度って自分あんまりピンと来ないんすけど、月出里さんの数字ってどれくらいすごいんですか?」
「そうですねぇ……メジャーでは計測された中では最速で約199km/h。メジャーであっても190km/hを超えられた打者はごくわずか。シーズンで平均150km/hくらい出せたらトップクラスですね」
「はえ〜、やっぱすごいんすねぇ月出里さん……」
「宇井さんも二軍の方で良い数字出してますよ?ホームランはまだ1本ですがフライ率も高いですし、体格にも恵まれてますから、高い『バレル率』を目指していけると思いますよ」
「『バレル率』……?それ上げたらもっと打てるようになるんすか……?」
「もし良かったら、その辺の解説も含めて今度宇井さんの練習もお手伝いさせてもらえませんか?機械ありきなところがある指標なので、僕も色々と役に立てると思います」
「良いんすか!?お願いします!」
ほんと売り込みが上手いね梨木さん。まぁおれにとっちゃ結果として助かったんだけど。
(宇井くんは打撃はまだまだ荒削りみたいだけど、守備はサードでもショートでも堅実になってきたみたいだし、何よりもこの積極的な姿勢が良いね。2年前の紅白戦の白組メンバーを思わせる。恵人くんだけでなく、彼女も明日の活躍が楽しみだ)
「ボール!」
「初球は外れました!」
向こうの先発はコラーダ。この人は知ってる。エペタムズの人だからね。去年は二桁勝って先発ローテの仕事を全うしたけど、正直今年の成績は微妙。
(今日は優輝での調整が昼と夜もできてないけど、去年から同じリーグで何回か勝負してる相手。『慣れ』に関しては今までで一番マシ……!)
「!!!センタージャンプ……捕れません!フェンス直撃!!」
「「「おおっ!!!」」」
捕れなかった上に、打球のスピードのおかげで跳ね返りも強い。これなら……
「打った月出里は二塁蹴って三塁へ!」
(なめるな!)
(なめてねぇよ)
「セーフ!」
(あたしが単に速すぎるだけってね)
「スリーベース!月出里、2試合連続でスリーベース!いきなり結果を出しました!」
「ほんと速いですねぇ……打球も脚も。一塁より先に進むなら相模さん以上じゃないですか?」
「スポーツ速報のスタッツでは10秒66……去年のリプで計測された中では2位相当。スタートは決して速くない右打者で……」
月出里さんはとんでもない身体能力を生かした打球速度とか内野守備辺りが目立ってるけど、何気に一番すごいのは機転……咄嗟の判断力だと思う。そういうのは主に打席でボールゾーンに逃げる球を見極めたり、ありえない打ち方でカットしたりとかで生かされてるけど、走塁の面でもよく生かされてる。盗塁時のタッチのかいくぐりとか、長打の時に三塁へ進むかの判断とかね。
守備では意外とやらかすことがある月出里さんだけど、走塁の判断でミスをしてるところはほとんど見たことがない。
(ただやっぱり1番打者は最初の打席はホームランを打たなきゃまず点を取れないよね……そこのところが悔やまれる)
「2番セカンド、神結。背番号6」
(だからせめて、最初の1点のホームは踏む……この大舞台の最初の1点のホームを……!)
「これなら初回先制は堅いっすかねぇ?」
「……まぁ、油断大敵だけどね」
とは言え、実際ここから神結さん、友枝さん、綿津見さんだからね。ノーアウト三塁。思った以上に早くゲームが動きそうだね。
「高いバウンド!ショート捕って……」
「「「よし!」」」
打者のかなり手前からのバウンド。おかげで月出里さんも良いスタートが切れた。ショートの捕球体勢も前のめり。これなら……
「バックホーム!!!」
「「「「「!!!??」」」」」
速ッ……!!?
「アウトォォォォォ!!!」
「ホームタッチアウト!アメリカ代表ショート、サンドロ・パーカー!今日もスーパープレーが飛び出しました!」
あの体勢から……捕ってからのモーションの早さ、それに外国人内野手ならではの肩の強さ、どっちも半端じゃない。大袈裟に言えば、月出里さんの肩を備えた相沢さんみたいな感じ。
「おっと。ここで百乗監督、チャレンジを要求!」
まぁ使いたくなるよね、ここは。だけど月出里さんのあの表情なら多分……
「……アウトです!判定はそのままでワンナウト一塁に変わります!」
(くそッ……!)
月出里さんの判断が間違ってたとは思えないね。あれは単純に向こうが上手かった。
(へっ……だからなめるなっつったろ?『本場の野球』をよ)
「いやぁ、向こうのショートはほんとに上手いですねぇ……」
「このレベルのショートがマイナーにも転がってるっていうのはね……」
「まぁパーカーは全米ドラフト3巡目指名で、チーム組織内でもプロスペクトとして期待されてるみたいですからね。代表に選ばれてるだけあって上澄みなのは間違いないですよ」
だけど、絶好のチャンスを逃したことに変わりない。そして、『今日の1点は遠い』という事実が残ってしまった。
こうなってくると、この後の展開は……
「アウト!」
「あらら……打ち上げちゃったか……」
「これでスリーアウトチェンジ!日本代表、いきなり先頭打者の月出里からスリーベースが飛び出しましたが無得点!!」
友枝さんは三振、綿津見さんは内野フライ。いきなり喉元にナイフを突きつけた割にはあっけない終わり方。
今回のオリンピック、ここに来るまでの4試合も全部楽勝とは言えなかったけど、今日もちょっとしんどい戦いになるかな?
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