第九十九話 怪童(1/7)
******視点:???******
「……さん!何度言ったらわかるんですか!お弁当やサンドイッチはまず前陳して、品出しは後ろに入れる!これじゃ余計に廃棄が増えますよ!」
「はい、はい、すんません……」
「フライの時間だって記入し忘れてるじゃないですか!」
「はい、はい、すんません……」
大阪某所の、朝のラッシュを乗り切った後のコンビニ。無駄にでかく育った身体を縮こませて、誠意を見せてるつもり。
この身体のおかげでプロにまで入れたオレだったが、今やこんなオバハンに頭を下げなきゃならない始末。普段は主婦やってて、勤続の長さでリーダーに近いポジションに立っただけのこんなオバハンに。
プロに指名されるくらい大学まで野球をやり込めて、女関係のちょっとしたやらかしくらいならなかったことにできてたのは、そこそこ裕福な家に生まれ育っただけじゃなく、昔から学のない末っ子三男坊だったからってのもある。
だが、跡取り様とその代わりも健在で、ニュースに実名が出されるレベルのやらかしをして、実家の顔に泥を塗ってしまった今は、もはや地元に戻ることができねぇ。クルマを売った金も賠償金にそっくり代わって、交通費さえ工面できないんじゃ、クビになった球団から少し離れた程度のところでこうやって食い繋ぐしかねぇ。
「……さん、■■さんのお子さんが熱を出したみたいなんだけど、このまま夕方までのシフトに入れるかしら?」
「は、はい!大丈夫っす!」
「ありがとう、助かるわ。なら休憩時間が伸びるから、今の内にバック入っといて良いわよ」
「あざっす!」
従業員が学生だったり主婦だったりが多いせいか、急な休みや急に辞めることも珍しくないこの職場。さっき怠慢を指摘された奴ですらその穴埋めを打診されるくらいの人手不足。そうやって持ち上げてフォローしてるつもりかよ。
だが、断ることもできねぇ。大学なんて中一中二レベルのペーパーテストとちょっとした面接だけで受かって、入っても野球以外はまともにやってなかったオレの稼ぎ口なんてたかが知れてる。こんな穴埋めでさえ飯の種になる。なっちまうんだよ。クソッタレ。
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夕方頃。割に合わねぇ仕事を終えて、アパートに戻る。クーラーがねぇから扇風機を代わりに。この時期だと日中のシフトが入るのはそういう意味でも僥倖。
今日は……8月5日水曜日。そういや今日はオリンピックの決勝だったな。テレビがなくて、外との通信手段はスマホくらい。
廃棄の弁当をレンジに入れてから、ブラウザを立ち上げて、今日のスタメンを確認。
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2020帝都オリンピック野球 決勝戦
帝国代表vsアメリカ代表
○帝国代表
監督:百乗丈夫
[スタメン]
1三 月出里逢
2遊 神結杏那
3中 友枝弓弦
4右 綿津見昴
5一 琴張英吉
6左 十握三四郎
7二 千石忍
8指 猪戸士道
9捕 久保正典
投 串尾香菜
●アメリカ代表
監督:■■■■
[スタメン]
1二 ■■■■
2指 ジョージ・カーペンター
3一 リタ・パインズ
4三 ■■■■
5右 ■■■■
6左 ■■■■
7捕 ■■■■
8遊 サンドロ・パーカー
9中 ■■■■
投 ソーニャ・コラーダ
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……決勝でもスタメンに選ばれるくらいになっちまったんだな、月出里。それに十握まで……
オレだってこの中に入れたかもしれねぇのに。柳が……あのクソジジィがオレの才能を認めてりゃそうなってたはずなのによ。クソッタレが。
そうでなくてもせめてレギュラーにさえなれてりゃ、秋崎だって、月出里だって、徳田だって、オレの女にできたかもしれねぇのに。嫉妬で落ちぶれた鞠を拾って都合良く使えてたかもしれねぇのに。兄貴達よりも良い女を抱けたかもしれねぇのに。
「クソッタレが……!クソッタレが……!!」
机の上にティッシュ箱を置いて、スマホのブラウザを落として画像フォルダを起こす。月出里の首から上を切り抜いて巧妙に貼り付けたコラ画像。裸の身体は月出里の体型を十分に考慮してる。
最近はオリンピックのおかげで顔と名前が売れて、月出里に対するそういう需要が方々で増えてるから、こういうのは探しゃいくらでも見つかる。
「うるせぇ!」
さっき弁当を入れたレンジがもう温め直したらしいが、今はそんなことはどうだって良い。電気代が余計にかかろうが知るか。今は月出里を纏って揺さぶってるような感覚の方が優先。
たとえオレの頭の中だけでも、月出里をオレのものにしなきゃ気が済まねぇ。オレが立つはずだった場所に勝手に立つことで、世の中の他のオスどもが欲しがるようになった月出里をオレだけのものにしなきゃ気が済まねぇ。家の都合と恩恵で良いとこの女でガキを残せる兄貴達よりも、オレはもっと良い女でガキを残せなきゃ気が済まねぇ。
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