第十一話 今のあたしもまた、あの人のシナリオ通りであってほしい(8/8)
5回表 紅2-3白
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 氷室篤斗[右右]
[控え]
雨田司記[右右]
山口恵人[左左]
夏樹神楽[左左]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7三 ■■■■[右右]
8二 ■■■■[右左]
9捕 真壁哲三[右右]
投 三波水面[右右]
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「2番ショート相沢。背番号3」
「タイム!」
月出里のおかげで最悪の事態は免れたが、それでもツーアウト三塁。ヒットどころかバッテリーミス、内野の軽いエラーでも失点に繋がる危険な状況であることに変わりはない。おまけに打席には相沢さん。慎重になって当然の場面だ。
「篤斗。相沢さんは古き良き時代の脚と小技だけの2番とはわけがちゃう。バニーズ基準抜きで打力も十分ある」
「ああ、それはもうルーキーのお前以上に理解してるさ」
「下手な小細工を弄してもジャンケンになるだけや。こういう時こそ、王道の投球。お前にはそれだけの力が備わってるんやし、堂々とラストバッター仕留めてやろうや」
「俺の方は大丈夫だが、お前は大丈夫か?俺の決め球は……」
そう、フォーク系。特にバッテリーミスを引き起こしやすい球種で、ランナー三塁でチョイスがしづらいもの。
「……篤斗。今はそこまででもないんやけどな、オレも関西人の例に漏れずパンサーズファンやったんや。結構昔の選手も知っとる。パンサーズは日暮咲さん以外にも球史に名を残す投手が他にもおるけど、その内の1人がこう言ったとされるんや。『野球は1人でもできる』ってな」
「けど、それって……」
「まぁ知っとると思うけど、マスコミが面白おかしくでっち上げただけの話や。昔のプロ野球関係ではメジャーでもよくあることやし、少なくとも本人が直接言ったわけやない。まぁ何にしても、明確に間違ってる部分が1つあるよな?」
「『野球は9人でやるもの』……か?」
「まぁ現実問題はそうやな。でも理論上の話をすると、『野球はバッテリーがおれば最低限は成立する』ってならんか?」
「……!」
「まぁ前提条件として、『全ての打者から三振奪う』ってのが必要やけどな。そして仮にそれほど優れた球威を持つ投手がおったとしても、きちんと捕れる投手がおらんと話にならん」
確かにな……内外野を蔑ろにする気はねぇが、努力目標としてなら……な。
「篤斗、さっきお前、『"日本一のエース"になる』って言うてたな。そいつは結構なことや。せやけどな、そうなるためには相応のキャッチャーが必要や。幸いにも目の前には"日本一のキャッチャー"目指してる奴はおるけどな」
言ってくれるじゃねーか。
「今まで以上のやつを投げるつもりだから、覚悟しとけよ?」
「上等や。『オレに捕れん球はない』って言うのも目標の1つや」
ああ。頼んだぜ、相棒。
「プレイ!」
(高めばかりで俺を打ち取れると思うなよ?低めの力は弱り気味。そこを確実に仕留めてやる……!)
なんて思ってくれるなよ?
「な……!?」
「ストライーク!」
手を出しかけたが、スイングストップ。やっぱり低めを狙ってたな。
(確かに低めにきた……だか、球威が戻ってる……!?さっきまではランナーがいると明らかに低めへの球威が落ちてたのに……)
「ナイスボール!氷室くん!!」
「その調子でどんどんいくんや!くれぐれもサードには転がすんやないで!?ほんま勘弁して下さいお願いします!!」
よしよし、バックも盛り上がってきてる。
(流れが戻りつつあるな……確かに得点を先に動かしたのはこちらだが、ビハインドであることには変わりない。この状況で点が取れねぇと割とまずい……!)
投球モーションに入ると、相沢さんはバント体勢。かかった……!
「!!しまっ……」
「ファール!」
高めボールゾーンへの全力ストレート。そう簡単に前に転がせるもんじゃねぇ。
(ナイスアシストや、リリィ)
(まさか、カウントを稼ぐためにサードへのセーフティを誘ったのか……!?)
(まぁ、ウチとしてはほんまに勘弁してほしいんやけどな……)
正直、序盤からちょっと飛ばし気味だったから疲れが出てたんだけどな。だが今は不思議と腕が振れる。
こんな感じでな……!
「おおっ!!?」
俺の渾身の142km/hツーシームスプリッターで、相沢さんのバットは空を切った。だが完全捕球には至らず、相沢さんはすかさず一塁へ走り始める。
(させへんわ……!)
それでも幸貴は冷静だった。捕球こそ叶わなかったが、前にちゃんと落としたおかげですぐに球を拾って、一塁へ送球。
「アウト!スリーアウトチェンジ!」
「すげぇじゃねぇか白組!あのピンチを切り抜けやがった!」
「氷室くーん!お疲れ様ー!」
「いやぁ、本当に良いバッテリーっすね」
「当然。特に氷室は私が育てたんだから」
祝福を浴びながら、幸貴と静かに拳を合わせてベンチへ戻っていく。『あと何回』みたいなことを考えてたのに、今は『最後まで投げたい』って気持ちしかねぇ。
俺の決め球を捕ってくれて、味方の弱点をも武器に変える。幸貴、お前にはシーズン中も頼りにさせてもらうぜ。
(まぁイケメンは大嫌いやけど、『利用する』とは言わんわ。よろしく頼むで)
(……悔しいけど、負けたな。けどボクもいつかは氷室さん以上の投手になってやる……!)
「よくやったね氷室くん!僕もこれから頼りにさせてもらうよ!」
「ありがとうございます!」
ベンチに戻ると、味方から労われながらアイシングして、『俺がこの試合を作ったんだ』って気分で試合終了まで堂々と観戦できる。久しぶりだな、この感覚。
「ストライク!バッターアウト!」
「アウト!」
「ストライク!バッターアウト!スリーアウトチェンジ!!」
(氷室くん。貴方も大したものだけど、まだまだお姉さん負けないからね……!)
「5回無失点!さすがは水面ちゃんだぜ!」
「"み・な・も・お・ね・え・さ・ん"!!!」
流石だ三波さん。いくら6番からとはいえ、流れがこっちに戻りかけてるにも関わらずあっさりと3凡。俺としちゃこのメンバーが気に入ってるからまた同じ面々で、今度はハンデとかなしでまた投げ合ってみてぇな。
ともあれ、これで俺と三波さんはお役御免。一応俺は控え野手の立場があるが、後は基本的に見守るだけ。後は頼んだぜ、白組(お前ら)。火織もそろそろ立ち直ろうぜ。