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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第九十八話 上書き(7/9)

「ストライク!バッターアウト!」

「見逃し三振ッ!二者連続!!」

(くそっ、最後の最後でこんな際どいとこに……!)


 一呼吸置いたおかげか、真木(さなぎ)さんの投球も落ち着いてどうにか切り抜けられた。


「これでスリーアウトチェンジ!しかしこの回、韓国打線が繋がり逆転を許してしまいました!2-1、韓国代表のリードです!」

「よう凌いだお(きく)!」

「まだまだここからだ!」

「ひっくり返せ帝国代表!」


 あんまり褒められたことじゃないけど、ドミニカの時もアメリカの時も結構劇的な逆転をやってきたからか、観客の人達もそこまで気にしてる感じでもない。


「4回の裏、日本代表の攻撃。5番セカンド、琴張(ことはり)。背番号3」


 あたしは前の回に打ったばかり。多分回ってこないはず。


「ストライク!バッターアウト!」

「アウト!」

「ここはライト■■が捕ってツーアウト!」


「うーん、十握(とつか)もダメか……」

「琴張大丈夫か?三振2つやで」

「まぁ今日はセカンドに集中してくれたら良いだろ」


「7番レフト、草薙(くさなぎ)。背番号8」


 やっぱりね。向こうの先発の人もなかなかのもんだし。スライダーもめんどくさいけど、多分一番の武器はあのシンカーのようなチェンジアップのような球。サイドスローならではって感じの軌道。


「これは打ち上げてショート後退……ああっとこぼした!」

「「「「「おおっ!」」」」」

「セーフ!」

「記録はショートのエラーです!ツーアウト一塁!!」

(さっきヘマした俺が逆に向こうのヘマで出れるとはな……)


 ツーアウトからの……いや、でもこのあとは猪戸(ししど)くんと久保(くぼ)さん。


「8番ファースト、猪戸。背番号55」

(月出里(すだち)ばっかに目立たせん。今日こそ一発叩き込む……!)


 久保さんは単純に調子が良いし、猪戸くんのことだからあたしに対抗したがってるはず。それに、エラーによる流れの変化。あたしにも回ってくるかもしれない。そうなればまたゲームの節目に立ち会うことになる。

 そのためにも、今からしっかり準備しとかなきゃね。


「ふぅーっ……」

「?どうした?」


 "サードを守るあたし"をそのまま吐き出すように、目を瞑りながら大きく息を吐く。そしてもう一度思い出す。今日やった優輝(ゆうき)との調整、前の2打席の反省点。そして頭の中で、もう一度あの投手と勝負するイメージ。


「外のボール……捉えていった!セカンド抜けてセンターの前!」

「よっしゃ!続いたぞ!!」

「ナイバッチ猪戸!」

(角度が付かんかった……しかもあの程度の球足。月出里には及ばん)


「9番キャッチャー、久保。背番号10」


 次はネクストから投手を観察。さっきのイメージとのズレを修正するために。


「……ボール!フォアボール!」

「選びました!これで満塁!」


 ……よし!


「1番サード、月出里(すだち)。背番号25」


「よっしゃ!またちょうちょやんけ!」

「また190km/hかましたれ!」

「一打逆転だぞ、(あい)ちゃん!」


 ちょっと前までこういう場面だとガッカリきてたのに、この変わりよう。

 ……いや、違う。きっと変わったんじゃなく、あたしが変えたんだ。


「「「ファイティーン■■!!!」」」

「「「日本(イルボン)討つべし!日本(イルボン)討つべし!」」」

「このまま逃げ切るニダ!」


「ファール!」


 インコースへのあのシンカーっぽいの、ボール気味だったかな……?


(よし、良い感じにファーストストライク取れたニダ……!)

「ボール!」

「ストライーク!」


 次は外……


(後は外スラで攻め切る……!)

「ファール!」

「ファール!」

「ボール!」

「ファール!」

「ここも合わせますファール!」

(くそっ、データと全然違うニダ……!外はあまり得意じゃなかったはず……!!)


 百乗(ひゃくじょう)監督の指示通りだね。困ったら外スラ攻め。


(こうなったらいったん初球のシンカーを……)


 シンカー!


「「「おおっ!!!」」」

「ファール!」

「レフト方向……切れましたファール!」

「惜しい……!」

「また2つと思ったんやけどなぁ……」


 今のはギリ入ってたっぽい。


(今度こそ外いっぱいにスライダー……!)

「ボール!」

「見送ってこれでフルカウント!!!」

(見切られた……!?)


 ……良い投手だと思う。変則的なサイドでシンカーの落ち幅も大きくて、球も表示以上に速く感じる。好不調とか抜きに、普段のあたしだったらここまで簡単に粘れる相手じゃない。

 だけどあたしは上書くことができた。優輝の調整で、"普段のあたし"を"外に比重を移したあたし"に書き換えられた。今年からの長いバットを生かして、なるべく長く見極める。おかげで得意なはずのインコースへの切り替えが普段ほど上手くできなくて、身体の反応に流されてちょっと早く開いちゃってるけど。でもその分、粘ることはできてる。


(今度こそ外スラを決める……!)


 今度こそ外スラを仕留める……!


「「「「「!!!!!」」」」」


 『内は左中間、外は右中間』。メスゴリラ師匠を倣ったイメージ通り。外に逃げるスライダーがバットに上手く乗ってくれた。


「ライト!!!」

(よし、これならギリギリ……!)

「ライト跳んで……」

(!?は……!!?)

「届きません!!右中間抜いた!!!」

「「「「「よっしゃあああああ!!!」」」」」

(捕れたはずだったのに……打球がイメージしてたよりもさらに伸びてきたニダ……)

「セーフ!!!」

「三塁ランナーに続いて二塁ランナーもホームイン!そして打った月出里は二塁蹴って三塁へ!」

「「「速っ!!?」」」

「久保!急げ!」

「下手したら追い抜かれるぞ!」


 ライトがギリギリ捕れなかった分、リカバリーが遅い。もらった!


「セーフ!」


 滑り込む必要もなく、余裕の三塁到達。あたしは三塁打の時はギリギリの駆け引きをした上で勝つのが好きなんだけどね。


「三塁セーフ!ランナー3人生還で4-2!!月出里、走者一掃、逆転タイムリースリーベース!!!これが月出里逢(すだちあい)!帝国球界の明日を担う次世代のスター!!2打席連続タイムリーでゲームをひっくり返しました!!!」


「「「「「ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!ちょうちょ!」」」」」

「打球速度173km/h、滑り込んでないのに三塁到達10秒90……」

「フィジカルお化けすぎやろ……」

「っていうか今日の点全部ちょうちょが稼いでるやんけ!」

「もう全部あいつ1人でいいんじゃないかな」


「ああ、もうメチャクチャニダ……」

「アイゴー……」

「自責点ではこっちの方が少ないのに……」

「ショート、お前兵役確定な」


「逢!よくやった!」

「ナイバッチ!」

「月出里さ〜ん!」


 三塁の上で観客席からの、ベンチからの歓声を浴びる。ほんとはかっこよく満塁ホームランにしたかったんだけどね。狙い通り、さっきまでより少し打球が弱くなった分角度は付けられたけど、今のあたしはやっぱりあれくらいが限界っぽい。

 ……野球は打順があって、その打順にはある程度役割みたいなものがある。あたしが打つ1番は基本的にチャンスを作る方ばかり。そして人間、たとえチャンスを作る方も点を挙げる方も両方同じヒットだったとしても、点を挙げた方がよくやったように見えるもの。

 だからこういう立場は巡り合わせ。先にベンチに戻った猪戸くんがこっそり恨めしげにあたしを見てるけど、巡り合わせなんだし、その上であたしはきちんと結果を出したんだから文句は言わないでほしい。


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「4番ライト、綿津見(わだつみ)。背番号51」


「あっ、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「うーん、今日は中軸が寂しいなぁ……」

「月出里とか猪戸とか、若い連中におんぶに抱っこやんけ」


 5回の裏。4-2である程度余裕のある展開、それもワンナウトランナーなし。それにしたって帝国の4番が打席に向かうには観客席の盛り上がりが寂しいもの。


(逢、ほんとすげぇよなぁ……)

「ストライーク!」

(士道(しどう)の奴もマルチだし、ほんと情けねぇ……)


「おいおい!やる気出せや!」

「そんなへなちょこスイングで主砲張れるんか!?」

「ちょうちょ見習えやちょうちょを!」


 ……ううん。今日のメスゴリラ師匠のスイングは悪くないように思う。1打席目は向こうの投手が単に良かっただけで、2打席目も惜しいファールはあった。


(せっかく友枝(ともえだ)さんみたいな良い男に声かけてもらったのにこのままじゃ、ウチの旦那様にもカッコがつかねぇよな……!)


 !!!シンカーを……


「「「「「……え?」」」」」


 振り抜いた打球はあっという間にレフトのウィング席に。ここ最近増設されたとこ。もしなければ余裕で場外への当たり。

 というか、場外とかそういうのは関係なく……


「は、入った!入りました!!主砲・綿津見、4試合目にしての初ヒットは、超特大のアーチ!!!」

「「「「「おおおおおっっっ!!!」」」」」

「やるやんけ昴!」

「ワイは信じてたで!(テノヒラクルー」

「打球速度181km/hで角度が29度も……」

「うーんこの"メスゴリラ"」


(へっ、バカ言うんじゃねーよ……オレは"スーパーメスゴリラ"だっつーの……!)

「ナイバッチ!」

「やっぱやれるじゃん昴!」

「決勝も頼むぞ!」


 ベンチ総出で主砲の帰還を祝う。


「流石です昴さん!」

「おうよ!お前ばっかりにでかい顔させっかよ!」

「失礼な。あたしは小顔美人ですよ」

「オレだってそうだよ」

「小顔ゴリラじゃないんですか?」

「ちゃうわ!」

「じゃあゴリラ美人?」

「何がなんでもゴリラ入れるな!」


 冗談を飛ばし合って、気を紛らわせる。またあたしの目の前であたしが打ちたいのを他の人が……

 でも、今日は許せる。あたし自身散々活躍して、いつもお世話になってる人の一発だからね。今日はまだ心にキャパがある。こういう悔しさだって上書きすることはできる。


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