第九十八話 上書き(5/9)
3回の表まではお互いに動きなし。そして3回の裏。この回は確実に逢の2打席目が回ってくる。
「3回の裏、日本代表の攻撃。8番ファースト、猪戸。背番号55」
「ちょうちょばっかり目立ってるけど、猪戸もなぁ……」
「割とええとこで点取ってるけど、うーん……」
「わざわざ琴張セカンドに回してまで使うか?」
猪戸士道はここまで3試合で10打数2安打2四球2打点。まぁ可もなく不可もなくっていう数字で、同じく謎固定されてる逢とも大差ない。むしろ守備走塁を考えたら逢の方が貢献度はおそらく上。だけど世間からの風当たりは逢の方が強い。
テレビでの特集の過剰な持ち上げによって主に女性ファンからの反感を買ってしまってる逢。最年少組らしく大人しく下位打線に甘んじつつも最低限の結果は出してる猪戸。そういう差なんでしょうね。それとリプとリコの選手の知名度の差……
「シンカー引っ張って……抜けましたライト前!痛烈な当たりで打球速度は176km/h!!」
「おおっ!ようやく出た!!」
「ナイバッチ猪戸!」
「やっぱ今年の猪戸はアベレージフォルムやな」
(……今んくらいじゃ月出里の速度には及ばん)
猪戸は去年、高卒2年目までとしては史上最多の36本塁打を記録した。ただ、三振が極端に多くてその分打率は低かった。それが今年はここまでホームランのペースを若干落としつつも3割以上の高打率。三振はまだまだ平均よりはだいぶ多いけど、それを補って余りある打球速度。
当てまくるより打球速度で率を稼ぐ左打者という点では友枝なんかと共通してるわね。基本プルヒッターで、逆方向は期待値こそ小さいもののフライ性の打球が多くて、ベースの長打力のおかげでホームランの本数は左右同じくらいという点でも共通してる。
「9番キャッチャー、久保。背番号10」
「ここ送るかねぇ?」
「いや、次ちょうちょやで?」
「でもさっきちょうちょええ当たりしてたしなぁ」
ここまで投手戦の様相で、ノーアウト一塁。良くも悪くも日本野球らしい攻めをする今回の帝国代表だから、確かに犠打もあり得る。ただ、ここ最近の久保は下手な上位打線より当たってる。
次が逢だから、ゲッツーの線を消すって意味でも送る意味はあるけど……
「!!!ああっとキャッチャー捕れません!」
「セーフ!」
「この間に猪戸は二塁へ!記録はワイルドピッチ!!」
「よっしゃ!儲け儲け!!」
「バッテリービビってるで!」
ノーアウトでランナー二塁。流石にこれなら……
(久保くん。ヒッティングで構わないよ)
(統計的にノーアウト二塁は得点確率が高いが……)
「ファール!」
「これでツーストライクと追い込まれました!」
(向こうだって必死にもなる。だから100%得点できるというわけではない。お菊のピッチングを楽にさせるためにも、ヘマはできん)
「打ちました逆方向……セカンド捕って……」
「アウト!」
「一塁はアウト!二塁ランナー猪戸はこの間に三塁へ!」
「ナイス最低限!」
「それでこそ名門の正捕手じゃ!」
もちろん普通にヒッティングもアリだけど、四球で出て次の逢で送って神結で勝負もアリって場面。そして追い込まれたら最悪逆方向で進める。理に適った攻めね。
「1番サード、月出里。背番号25」
「ワンナウト三塁、帝国代表先制のチャンス!打席には月出里!第一打席はサードゴロですが、今大会最速の打球速度189km/hを叩き出しています!」
「今は逆にそんなゴロ打たれても困るな……」
「見え見えでもスクイズでええんちゃう?」
「確かちょうちょまだ打点0やろ?」
「犠牲フライとかは打てんの?」
「(打て)ないです(通算0本)」
「前進前進!」
「内野はバックホームに備えて定位置より少し前……」
(これ以上近づくのは危なすぎるニダ……)
この場面は打球の速さが功を奏するか、仇になるかがはっきりと分かれるところ。
だけど、貴女はそんな状況で日和るような女じゃないわよね?後悔が残らないよう、遠慮なく我儘を貫きなさい。
******視点:月出里逢******
初回以外は三凡続きのゲーム展開。短期決戦なら尚更最初の1点が欲しいところ。こういう時はあたしみたいな若造は、堅実に1点を狙わなきゃゴチャゴチャと言われるんだろうね。たとえうまくいってもいかなくても。
「ストライーク!」
「初球は見送りました!」
「おいおい!広いんとちゃうかー!?」
しかもあたしはよくわからない経緯でスタメン固定されてる立場。だから最低限の結果は出さないと許されない。
あたし自身もこんな大舞台を経験したことがないから、図太いあたしでも前の試合までは流石に気負ってしまってた。何というか、身体の中に余計なものが溜まって、そこに巡るはずのものがドロっと固まってうまく巡ってないような、そんな感覚だった。
「ボール!」
「外!外れました!」
(焦って手を出してくれなかったニダ……)
(えらく冷静ニダ……)
だけど、今日は違う。朝からやけに頭が冴えてて、身体の中でサラサラとした温かいものがスムーズに巡ってるような、そんな感覚。
というか心の中だから遠慮なくぶっちゃけちゃうと、優輝とスケベなことしてた時の感覚が今でもしっかり残ってる。生まれた熱量が固まりをほぐしてくれて、身体の中や頭の中の余計なものが洗い流された感じ。だから、身体も思った通りにきちんと動いてくれる。余計なつっかえがないから、『こう動きたい』ってのを身体が素直に聞いてくれる。
……これからあたし、多分、今までにないくらいすごい打球を打つと思う。それが良い方に転がるか、悪い方に転がるかまではわからない。最初の打席みたいなことになるかもしれない。
でも、後悔はしない。あたしは最低限のことはやって、結果に関係なく『"繋ぎ役"として最善を尽くした』と思われたいわけじゃないから。
あたしが欲しい言葉は、『"スラッガー"として最高の結果を出してくれた』。たとえ失敗した時に責められるリスクがあったとしても……!
「「「「「!!?」」」」」
「!!!シンカー打ってショート……」
(くそッ……!)
超低空のライナー。二遊間ちょっとショート寄り。ショートはとりあえず抜いた。
だけど、センター前なわけないよね?
(間に合わない……!!?)
「!!?そのままフェンスに到達!!!」
「「「「「ファッ!!?」」」」」
流石にあの高さだから途中でバウンドしたけど、そんなのでヘタるほどヤワな打ち方してねぇよ。
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!打った月出里も二塁へ!1-0、月出里のタイムリーツーベースで日本先制!」
「「「「「うおおおおお!!!!!」」」」」
「あのまま外野の間まで抜きよった……」
「えっぐ……」
歓声と動揺、ちょうど良いバランス。味方ベンチの人達も揃いも揃ってあんぐりとしてあたしを見つめてる。
「!!?な、何と先ほどの打球、195km/hを計測!!今大会最速を自ら塗り替えました!!!」
「何じゃそりゃ……!?」
「メジャーでも滅多に聞かない数字なんですがそれは……」
「何でこれでホームラン1本も打ててないんや?(困惑)」
「ええぞちょうちょ!」
「お前がバニの星……いや、日本の星や!」
「百乗監督、有能」
「ワイは信じてたで!(テノヒラクルー)」
「誰や!?『枕』とか言ってたんは!!?」
「「「…………」」」
(まさかこんなことになっちゃうとはね……偉い人に流されただけなのに……)
『真実なんて事実で上書きしてしまえば良い』。全くもってその通りだね。『月出里逢はクッソ可愛いけど、顔で選ばれたんじゃない。実力で選ばれたんだ』ってね。




