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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
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第九十八話 上書き(3/9)

「……ん?」


 bPhoneに着信。


「あっ、すみちゃん。今日は何のビール飲むの?」

「エ■■……って、飲むの前提で聞かないでよ」

「でも飲むんでしょ?試合観ながら」

「まぁね……」


 (あい)とはいつの間にかこんな関係になっちゃったわね。というか、いつもよりご機嫌な感じ……?


「今日もスタメンみたいね。頑張りなさいよ?」

「もちろん。今日は何かメチャクチャ打てそうな気がするから期待しててね?」

「……珍しいわね、貴女がルックスのこと以外でそんなに自信満々なんて。何か良いことでもあったの?」

「おたくの優輝(ハトコ)さんがノコノコと大阪からやってきたから、色々と搾り取らせていただきました。ケケケケケ……」

「あっ、そういうこと……」


 この子も本当好きね……私だって食欲以外にも興味はあるけど、同い年のハトコのそういうのを聞くのはねぇ……


「ま、世間様は相変わらずの反応だけどね……」

「……スタメン起用のこと?」

「うん……」

「まぁ……多分何らかの働きかけは実際にあると思うわ。『数ある若手の中で、月出里逢(あなた)をスターに仕立て上げたい』ってね」

「やっぱり?」

「"スター"っていうのはそもそも"その時代と環境で何かしらが傑出した存在"。逆に言えばどんな時代でも環境でも必ず現れるもの。もちろん、時代と環境ごとの格差は生じ得るし、椅子の数は限られてるけどね。ただ、新聞屋とかテレビ屋が求めてるものは常に『儲けが出せる』スター。『実力』とか『競技への貢献』とかそんなものは『儲け』のための手段でしかない。どうせ将来の『実力』が不確かなら、その限られた椅子に少なくとも『容姿』は確実に良い貴女を座らせたいってことなんでしょうね」

「めんどくさい。あたしは野球は野球だけで勝負したいのに。すみちゃん以外に儲けさせるなんて単なる手間じゃん」

「……そう言える貴女だから、私は貴女を買ってるのよ。評価という意味でも、契約という意味でも」

「ありがと」

「逢」

「ん?」

「野球は『確率のスポーツ』。どんなに優れた選手でも、最初から意図した通りの結果が出せなくても不思議じゃない」

「……?」

「だから結果ばかりが見られて、過程が後付けされる。打者が単に速球を振り遅れてたまたま逆方向にヒットが打ててしまったら、周りは勝手に『上手い流し打ち』だのと褒め称えたりする。投手がたまたま逆球を投げてしまってたまたま打者のヤマ張りが外れて打ち取れてしまったら、周りは勝手に『嗅覚がある』だのと褒め称えたりする。ワンプレーワンプレーに確率が絡んでくるから、過程が意図的なものなのか、無意図的なのかなんてのはいちいち考えてられないし、プレーしてる方としてはほとんど不毛なものだからね」

「……まぁ、そうだね。球場にいてもよく誤解されるよ。良い方にも悪い方にも」

「だから、野球は『結果から過程を逆算するスポーツ』とも言える。結果の数字ばかりが綺麗に残って、そこに至るまでの過程はその数字で推測するしかできない。後になってインタビューか何かで振り返ったりしないと、正確な過程なんて後世に残ることはない」

「…………」

「だから、たとえ本当は『容姿で選ばれた』のだとしても、貴女が実力で結果を出せば、『実力で選ばれた』という過程を周知の事実にできる」

「……!」

「『真実』なんて『事実』で上書きしてしまえば良い。そうでしょ?」

「……ありがと。あたし、頑張るよ!」

「ん、大変結構」

「それじゃ、行ってくるね」

「いってらっしゃい」


 電話を切って、チェアに腰掛けたままコロコロと移動して、デスク脇の冷蔵庫を開ける。キッチンを往復するのが面倒で買った小さいやつ。ビールとジョッキ、最低限の備蓄を冷やしておくだけなら十分用が足りる。マイルールに従って、350mlの1本だけとジョッキ、デスクの引き出しからおつまみを取り出して観戦の準備。

 でも一番の(さかな)は貴女の活躍になるって期待してるからね。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「1回の表、韓国代表の攻撃。1番センター、■■。背番号■■」

「さぁプレイボールとなりました、2020帝都オリンピック準決勝戦。本日の帝国代表(チームエンパイア)相対(あいたい)しますは、日本のライバル・韓国代表。本日の帝国代表(チームエンパイア)の先発は、ヴァルチャーズの真木菊千代(さなぎきくちよ)。昨シーズン、日本人選手としては歴代3位タイとなる161km/hを計測し、最多奪三振でチームの帝国シリーズ制覇にも貢献しました。今大会では育成ドラフト4位から帝国代表(チームエンパイア)のエースへと大躍進を遂げました。1戦目のドミニカ戦でも6回無失点9奪三振の好投」

「ボール!」

「1球目は外れました!しかしいきなり155km/h!!」


 真木(さなぎ)。確かに良い球を投げるわね。球威だけならそこいらのメジャーリーガー以上。敵チームのオーナーとしての私情抜きに、メジャーに行かせてあげれば良いのにね。


「ボール!フォアボール!!」

「ああっ、歩かせてしまいました……」

(あっちゃ〜……)


 ただ、やっぱりこの制球のアバウトさが数少ないネックね。去年も確か最多奪三振と同時に最多与四球。あれだけのスピードならある程度甘く入っても問題はないはずなんだけどね。

 与四球が多いということは単純に失点のリスクを孕んでるだけじゃなく、それだけ球数の消費も激しくなりがちということ。あれだけの出力なんだから、妃房蜜溜(きぼうみつる)の二の舞にならないかが心配ね。


「アウト!」

「レフト捕りましたワンナウト!今日のレフトは草薙(くさなぎ)が入っています」

「3番ライト、■■。背番号■■」


 一応球威で圧し切れたけど、ちょっと焦げ臭いわね……


「ライトの頭上……捕れません!フェンス直撃!!」

「「「アッサー!!!」」」

「いきなり先制ニダ!」

「ホームまで突っ込むニダ!」

(させるかよ……!)

「セカン!」

「「「!!?」」」

「ストップ!ストップニダ!」

「打った■■は二塁へ、一塁ランナーは三塁でストップ!」

「ええぞ(すばる)!」

「よっ、"守備の人"!」

(助かったぁ〜……)


 流石元投手、良い肩してるわ。それにあのクッション処理の手際の良さ。

 綿津見昴(わだつみすばる)に限らず、逢にしても、若くして野手のレギュラーになれるような選手っていうのは大体守備が良いもの。基本的に野手に求められるのは守備力より打撃力になりがちだけど、その水準を満たす打撃を実現するためには、その環境のレベルの投手への適応が不可欠。だからどれだけ打撃センスに優れた選手でも、ある程度は打席を『投資』しないと大成させられない。

 だけど、まとまった打席を『投資』するためには必然的に試合に出し続ける必要がある。その中で守備の良くない選手が出続ければ打てない守れないで負債が増える一方。仮に大成できても、打てるだけでは成長期間の負債をなかなか取り返せないし、大成できなきゃ丸ごと損する。DHという手もあるけど、DHは基本的に既に打てる打者を据えなきゃ損だからね。しかも打つだけの選手に下手に実績を与えたら、より潜在能力の高い若手選手を育てたりレギュラーに擁立する機会を喪失しかねない。

 逆に守備の良い選手なら、守る分には利益が保証されてるから、打席の『投資』の損失も埋め合わせられる。大成できれば、いわゆるWARというやつを稼ぐのに適した価値の高い選手になってくれるし、大成できなくても、守備固め要員辺りで十分運用し続けられる。

 昔から強豪とか言われる球団っていうのは大体この辺の損得勘定がきちんとできてる。打率とかそういうわかりやすいステータスに惑わされることなくね。元投手としての私情を抜きにしても、歴代の優勝チームは大抵守備を無難以上にこなせるものってのが事実なんだしね。


「ストライク!バッターアウト!!」

「三振ッ!二者連続!!帝国代表(チームエンパイア)、初回ワンナウト二三塁のピンチでしたが無失点で切り抜けました!!!」

「ナイピーっす!」

「ありがとね〜、昴ちゃ〜ん」


 まだ少し危うさはあるけど、あれだけの球威でバックの守備力もあればそこまで荒れないはず。


「1回の裏、日本代表の攻撃。1番サード、月出里(すだち)。背番号25」


 あとは貴女が暴れるだけよ、逢。

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