第九十八話 上書き(1/9)
******視点:月出里逢******
8月2日の朝。横須賀スタジアム近くのホテルの一室。
眠りから覚めた瞬間に『起きよう』って思えて、目をパチッと開いて、勢いよく上体を起こす。スマホを確認してみると、アラームを設定した時間の10秒前。
あたしはすこぶる美少女だけど、日頃の運動と食生活の賜物なのか、漫画の美少女キャラにありがちな『低血圧で朝弱い』みたいなのは元々ない。オフの日にたまに二度寝したりすることはあるけど、大体いつも同じくらいの時間に起きられて、寝坊なんてほとんどしない。健康具合もスケベ心も小学生男子にだって負けない自信がある。
でもそれにしたって今朝は目覚めがやけに良い。昨日までは起きた時に気持ち程度の頭の重さみたいなのはあったのに、今朝はとにかく頭の中がスッキリしてる。
昨日は夕方くらいまで優輝に身体中をいじくり回された。あたしも優輝から散々搾り取ってやったけど。一昨日の夜に自分でしたみたいにただ肉が刺激された快感だけじゃなく、好みの男にそうさせてる充足感。そのせいか、その時の感覚が今でもすぐに思い出せて、毎朝の白湯を飲む前から身体が程よくあったまる。その後の体操でも身体がキビキビと動く。
もしかして、目覚めが良いのは優輝としこたまスケベなことしたおかげ……?
シャワーのついでにお湯だけで軽く洗顔して、化粧水と美容液を順番に浸透させる。肌のツヤとハリも昨日までより良くなってる。洗顔は毎日2回必ずやってること。直近の肌のコンディションは指でちゃんと覚えてるから間違いない。
まさか本当に優輝のを飲んだから……?
……理由はともかく、何だか今日は何もかもがうまくいく気がする。
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お昼もとっくに過ぎた横須賀スタジアム。試合前の練習。
百乗監督から許可をもらって、今日も優輝と練習できるようになったのは良いんだけど……
「おっ、ちょうちょやんけ!」
「おおっ、あれが噂の"ちょうちょちゃん"か……」
「やっべ、テレビで観るより超可愛いじゃん」
「うわ、この順番でフリーバッティングに入るって……」
「ってことは今日もスタメン?下手くそのくせに……」
「うっぜー。あのブス、やっぱどっかの偉い人に股開いたっしょ?」
「オリンピック、いろんな会社がスポンサーさんだからねぇ」
この状況で、やけに見た目の良い男をそのまま連れ込んで余計に観客を刺激するのはね。しかも噂じゃなく実際にスケベなことしてる相手。そこは流石にバレないだろうけど……
今日の試合はオリンピック。優輝の存在はバニーズファンの間じゃもうある程度は知られてるけど、『全国最低でも3人、多くて170人』って言われちゃうようなバニーズファンなんて今この球場にほとんどいるはずもなく、他球団のファンの人とか、今回のオリンピックの一件であたしを知った人ばかり。一応ホームのはずなのにアウェーの気分。
ただお察しの通り、まだ正式なスタメン発表はされてないけど、今日もあたしは1番サード。せっかく優輝がいるんだから調整はしっかりしておきたい。
ベンチに戻って、待機してた優輝に声をかける。
「優輝、これ被って。あとサングラスも」
「え……?わ、わかった……」
大昔はどの選手も着用が義務付けられてた、キャップタイプの帽子。でもプロ野球人気が高まっていくにつれてファンから『選手の顔を覚えやすくしてほしい』って要望が上がるようになって、サッカーのゴールキーパーの帽子みたいに被る方が珍しくなったって話を、高校時代に川越監督から聞いた。
もっともこれは野球用のじゃなく、変装用に持ってきてたのだけどね。目的には適ってるけど。
「月出里くん」
「はい?」
優輝が準備してると、百乗監督に声をかけられる。
「調整するなら右のスライダー系を重点的にやっておくと良いよ」
「……?わかりました。ありがとうございます」
まぁ一応相手投手の大まかな球種の情報くらいはもらってるし、確かにスライダー投げる人多いみたいだから意識はしてたけど、韓国の投手なんて対戦したことがないからね。監督にはずっとよくしてもらってるし、ここは大人しく従っておこう。
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