第十一話 今のあたしもまた、あの人のシナリオ通りであってほしい(7/8)
5回裏 紅2-3白
○白組
[先発]
1二 徳田火織[右左]
2中 有川理世[右左]
3右 松村桐生[左左]
4一 天野千尋[右右]
5三 リリィ・オクスプリング[右両]
6捕 冬島幸貴[右右]
7指 伊達郁雄[右右]
8左 秋崎佳子[右右]
9遊 月出里逢[右右]
投 氷室篤斗[右右]
[控え]
雨田司記[右右]
山口恵人[左左]
夏樹神楽[左左]
●紅組
[先発]
1中 赤猫閑[右左]
2遊 相沢涼[右右]
3右 森本勝治[右左]
4左 金剛丁一[左左]
5一 グレッグ[右右]
6指 イースター[右左]
7三 ■■■■[右右]
8二 ■■■■[右左]
9捕 真壁哲三[右右]
投 三波水面[右右]
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だが、この5回裏は俺にとっては最終回。8番からの打順で比較的楽なんだし、この回はきっちり締めて流れを変えるぜ!
「セカンド!」
「く……ッ!!!」
……と思ってたが、先頭打者を出しちまったか……
火織はまだ引きずってるな。火織の普段の守備範囲なら捕ることすら出来ないなんてことはなかったはずだ。
「ファースト!」
「チッ……!」
「アウト!」
そして9番の真壁さんは送りバント成功。この人、バントは妙に巧いんだよな……
「1番センター赤猫。背番号5」
(ワンナウト二塁で赤猫さん……これはちぃとめんどくさいで……)
赤猫さんは盗塁王の常連だが、単に脚が速いだけの奴とはわけが違う。ホームランこそプロに入って2本しか打ってねぇが、打率3割を3回記録してるレベルの巧打者。1番打者の分、内野安打が出やすいってのは多少あるが、それでもその気になれば第一打席みたいに逆方向のライン側長打コースを狙うバッティングもできる。チャンスで萎縮するようなメンタルも持ち合わせてない、文句なしの一流選手。
それに二塁ランナーも俊足だから、シングル1本の帰塁も十分ありうる。はっきり言って非常に面倒な状況だ。
(かと言って2番以降の打撃力を考えると、ここで一塁埋める余裕なんて全くあらへん。腹括ってどうにか打ち取るで!)
おう!
「ボール!」
「ファール!」
「ボール!」
「ストライーク!」
初球からツーシームスプリッターを使う慎重な配球。基本はローボールヒッターだから、低めへの球は臆病なくらいで、だが高めへの球は大胆かつ力強く。
これでどうにか追い詰めたぞ……!
(氷室くん、良いピッチャーになったわね。今までもたまに貴方が客寄せ目的で一軍で投げる日があったけど、その日は本当に嫌だったわ。だって先発投手よ?記録として勝ち負けが付く、その試合の責任を背負う立場よ?『勝負の世界での茶番に、何であたしまで付き合わなきゃいけないのよ』、ってね)
(前の金剛さんの打席のこともあるし、低め勝負は難しい。どうにかこれで頼む……!)
ああ、最速更新するつもりで投げ込んでやるぜ……!
(でも、元々貴方だってそんな"客寄せパンダ"扱いを嫌がってたのは知ってたし、何よりも今の貴方なら実力的にもちゃんと勝負の世界に立つ資格がある。その点はあたしも保証してあげる。そしてそう思うからこそ……)
!!まずい……!
(あたしも高め狙いで勝負してあげるわ!)
高めを叩いた分、バウンドも高いピッチャー返しのゴロ。おそらく狙っていたであろう迷いのないスイングは強い勢いの打球を生み、俺のキャッチも間に合わなかった。
参ったな。ちょっとの間だが、雨田に世話になってもらうか……
と自嘲しながら、打球を目で追うべく振り返ると……
「ショート飛びついたぞ!」
(!?へぇ、貴方もあたしと勝負する気なのね……!)
二塁ベース付近の通過を阻止すべく、ショートの月出里がグローブを差し出しながら横っ跳びするが、打球が手元付近でイレギュラーバウンド……
「捕った!!?」
ショートの二遊間方向への横っ跳びは通常、グローブ側の左手が下にくるから、高いバウンドには対応しづらい。だが月出里は咄嗟に右手を伸ばし、キャッチに成功。
「だ、だけどあの体勢じゃ送球なんか……」
当然、その間も赤猫さんは全力疾走。これじゃ流石に……
「ファースト!」
「!!!!!???」
飛びついて寝そべってる身体を起こしきることなく、這ったままでスローイング。マジかよ……!?
(この送球……処理できるかどうかで今後の流れが決まる!)
ハーフバウンドした月出里の送球だったが、ファーストの天野さんは身体を目一杯伸ばした状態でもしっかりと捕球。
(際どい……!)
(判定は……!?)
「アウトオオオオオオオオオオ!!!!!」
山場と理解する一塁塁審のコールは一層力が入ったものだった。その勢いと予想外の結果に、両軍ベンチもギャラリーも静まり返る。
そして、ほんの少しの間があって……
「す、すげえええええ!!!!!」
「あのショート、赤猫を刺したぞ!!!」
「あんなプレー、一軍でも見たことないで!」
「あの子マジでどこで拾ってきたんや!?」
ひび割れが一気に広がるように、ギャラリーが盛り上がって月出里を讃える。
打席だと特に顕著だか、普段もあまり表情を崩さない月出里が、ぎこちなく少し照れながら二本指を立てて掲げてる。それがツーアウトを意味してるのか、単純に赤猫さんに勝ったことを誇ってるのかはわからねぇが……
「ふ……ふぅん、やるじゃない……」
表情がまた一変して、今度は穏やかな笑顔であさっての方向に手を振ってる。その視線の先にはオーナー……いや、ひょっとしてその隣のヴォーパルくんか?
(……良い勝負ができたわ。茶番に付き合ってならともかく、全力を出し合ったんだから悔いはない。あえて負け惜しみを言うなら、もう5歳若かったらもしかしたらね……)
「やりますねぇ。あれほどの反射神経と動体視力に、ありえない体勢で投げられるあの身体の強さ……日本球界の一軍どころかメジャーでもそういるかどうか……」
「チッ、俺なら飛び付かなくても処理してたけどな……!」
程度の差はあれど、両軍のベンチも概ね月出里のフィールディングに驚嘆してる。
「月出里ちゃん!ようやってくれた!二塁ランナー進んだけど十分すぎるわ!!」
っと、そうだったな。
「月出里!サイコーのプレーだったぜ!助かった!」
「どういたしまして!天野さんも捕ってくれてありがとうございます!」
「こんなの軽い軽い!ボクも良いとこアピールできて嬉しいよ!」
「ふーんだ!ウチやっていつか同じことやったるわ!」
「すごい!すごいよ逢ちゃん!!」
「逢!お前ばっか目立ってずるいぞー!」
「……やるな。打つ方も素直にちゃんと打てたら良いのにね」
「真守ちゃん、さっきのとこ撮ってくれてるかなぁ……」
「いやぁ、私も一度はああいう華々しいポジションをやってみたいですねぇ」
「ふん、ルーキーのくせに目立っちゃってさ……ま、あれくらい月出里さんならできるんじゃない?」
「うーん、若くて動ける子は良いなぁ……」
白組(俺達)はここまで良くも悪くも火織に引っ張られてきた感があった。もちろん結果は俺の責任だが、雰囲気に呑まれてたのは間違いない。
だがここにきて月出里が空気を変えてくれた。これならいける……!