第九十七話 ハッピーバースデー(6/9)
今日のメキシコ戦はあのまま逃げ切って2連勝。今夜も親睦を深めるために祝勝会。
飲み食いに困らない横須賀でも流石にメンバー全員だと人数が多くて行ける場所が限られるから、毎回食べたい物ごととかでメンバーを何組かに分けて。今日のあたしはお座敷で優しい味のものを食べたい気分。
「おう逢ちゃん、隣いいか?」
「どうぞ」
神結さんと一緒に喫煙所から戻ってきた友枝さんが、でかいジョッキを片手に隣に座る。
基本的にこういう集まりはやっぱり先輩選手のおごり。今日お代を出すのは神結さんと友枝さん。どっちも年に5億以上稼いでる人達。このくらいきっと屁でもない。あたしも年に3000万。歳の割には稼いでる方だと思うけど、税金も半端じゃないし、優輝も雇ってるからこういうお店もそう頻繁に行けるものでもない。
タダ飯にありつけるし、普段は他球団でプレーしてる人ばかりで流石のあたしでも少しは付き合いも必要だと思うから、今日くらいは少々ヤニ臭いのは我慢する。
「逢ちゃんは飲まねぇんだな」
「亜鉛が減って美容に悪いですし、パフォーマンス落としたくないです」
「試合はまた明後日だぜ?」
「アルコールが完全に抜けるのは72時間かかるって聞きますよ」
「物知りなんだな」
「偏ってるだけですよ。大卒の友枝さんの方が絶対勉強できます」
「……オレの大学時代、監督に付けられたあだ名知ってっか?」
「何です?」
「"とんちんかん"」
「……ぷっ」
「おっ、ようやく笑ったな」
「口説いてるつもりですか?」
「あいにく既婚で子持ちだぜ?5年遅かったな」
「仮に5年早かったら友枝さん捕まっちゃってましたよ?」
「ハハハ!ヤッベー、危なかったわ!!」
会話の合間を縫って、ジョッキを大きく傾けて流し込むようにビールをあおる友枝さん。
「……意外ですね」
「何が?」
「友枝さん、プレーとか成績的にすごいストイックなのかなーって思ってましたけど、お酒もタバコも普通以上にやってて」
「幾重くんみたいなのを想像してたか?」
「そうですね。あそこまではいかなくても、口に入れるものとか気にしてるのかなーって」
「残念ながらオレは幾重くんと比べりゃ凡人そのものよ。おかげでこうやって細かいこと気にせず飲み食いできるんだけどな。逢ちゃんは普段も酒タバコやらねぇのか?」
「タバコは全く無理です。お酒は飲めなくはないですけど、別に好き好んでは……身体にも良くないですし」
「真面目だねぇ。だからその歳でもう帝国代表に選ばれたんだろうな」
「どっちかと言うと美容のためです」
「ハハハ!逢ちゃん可愛いもんな!!」
「当然です」
「ハハハハハ!言うなぁ!!けどどっちにしたって、野球やるんなら良いことだぜ?オレはこんなんだけど、逢ちゃんや幾重くんみたいなのの方が絶対良いとは思ってるしな。ガキんちょ達が憧れる"ヒーロー"って奴はそういう奴らの方が相応しい」
「友枝さんだってファンの人達からそういう扱いされてるじゃないですか。"球界最強打者"とか」
「……ま、今となっちゃそんなふうに呼んでもらえてるけどな。でもオレは気持ち的には高校の頃くらいからあんまり変わってねぇんだよな。嚆矢園行けなくて、アイス喰いながらテレビで祐美ちゃんとよねちゃんが投げ合ってるのを観てた頃からな」
「『祐美ちゃんとよねちゃん』……綿木さんと琴吹さんですか?」
「おう、アイツらだ」
野球はプロ以外あんまり興味がないあたしでもよく知ってる。友枝さん達88年世代が世間で取り上げられるきっかけになった、綿木祐美さんと琴吹よねさんによる嚆矢園決勝での投げ合い。
投げ勝った綿木さんは大学に進学してからプロ入りしたけど、今でもその頃からの怪我で苦しんでる。その一方で琴吹さんは高校からすぐプロに入って1年目から活躍して新人王。その年から今なお、友枝さん達の世代の誰かが毎年必ず何かしらのタイトルを獲り続けてるって話。
琴吹さんはメジャーで何年もローテの一角、友枝さんと神結さんはもはや説明不要。他にも今回代表に選ばれたサラマンダーズの串尾さん、シャークスの深海さんと小森さん、ビリオンズにいた棟木さんとか……挙げ始めればキリがないくらい一流選手揃いの世代。
「オレもまぁそれなりのとこまで上り詰めたと思うけど、今でもそのせいで祐美ちゃんとよねちゃんみてぇな"嚆矢園のスター"には畏れ多くて気軽に話しかけられねぇんだよな。オレなんかよりもずっと上の、雲の上の存在って感じで」
「……わかります。あたしもそういうのあります」
日本の野球関係者のくせに『高校野球なんてプロへの通過点』くらいの感覚のあたしでも、プロ入ってすぐの頃は九十九くん辺りに劣等感アリアリだったし……
「確かに高校野球とプロじゃ、やってる野球のレベルが違うけどな。それでも嚆矢園というか、『頂点を争った』ってのは特別なんだよ。オレもヴァルチャーズっていう毎年優勝争いしてるようなとこに入って尚更そう思うようになった。やっぱ頂点を争う勝負ってのは、ペナントレースとは違うんだよ。負けがまるで許されねぇから、重圧がとにかくヤベェ。はっきり言って野球のレベルがどうとかなんて、アレの前じゃ関係ねぇ」
「……だからメスゴ……昴さんのことも?」
「そういうこったな。アイツにも言ったとおり、アイツはオレらの代わりに重荷を背負ってくれてるんだよ。オレからしたら、ヒットをちょこちょこ打ってる程度のオレなんかよりよっぽどチームのためになってるとすら思える。だからアイツが責められるのはどうしても黙ってられなかった」
ビール片手にケラケラ笑いながら話してた友枝さんが、いつの間にか真剣な表情。空になったジョッキを注ぎ直すのも忘れて。
「……注ぎましょうか?」
「おう、サンキュー」
だからこれはお礼のつもり。何だかんだであたしも、普段お世話になってるメスゴリラ師匠があんなに責められてたのはね……いくら今日もノーヒットだったからって……
「こうやってアルコール抜くのを忘れてられるのも、昴が頑張ってくれて、逢ちゃんがオレの分まで真面目にやってくれてるおかげだ。ありがとな」
「いえ、あたしは自分のことで必死なだけですから……」
「……まぁ、逢ちゃんも色々あるよな」
そう、あたしも色々ある。というか、あたしと猪戸くん。
今日のメキシコ戦も、あたしは1単打1四球1盗塁。打席の数が違ったりしてるけど、それ以外は帝国代表として試合した4試合ずっと同じ。打点も0のまま。猪戸くんも活躍ぶりはだいたい同じくらい。
悪い数字じゃないけど、それは結果論。サードにあたしじゃなくて猪戸くんを入れるなり、指名打者の猪戸くんの代わりに出すなりすれば、草薙さんとか、あたし達よりも年上で実績のある人達を出すって選択肢も取れる。その方が仮に負けた時でも言い訳が立つのに。なのにここまで全試合、あたしは1番サード、猪戸くんは6番7番辺りで指名打者。途中交代も喰らってない。ネットでもその違和感は指摘されてた。
「友枝さんはその……迷惑じゃないですか?」
「別に足引っ張ってるわけじゃねーだろ?同じリーグなんだから、逢ちゃんがどんだけヤベェかなんてここ来る前から知ってたし、胸張ってりゃ良いんだよ」
「……ありがとうございます」
と言っても、百乗監督の意向とは思えない。理由もなく若手を贔屓するような人じゃないし、かと言って『ベテランの力が』云々を強調するような人でもない。
野球の方針もオリンピックだからって日本らしさを求めてる節があるけど、それでも特に違和感なくバントや機動力を多用するスモールベースボールをやってる感じ。あたし以外の、それこそ神結さんにすらバントをさせてるくらい。
そんな堅実な人が好き好んで20歳で初出場の若いのにスタメン枠を毎回2つも割いてるとは思えない。
となると、やっぱりそういうことかな?お父さんの時と同じで。
……クソッタレが。
・
・
・
・
・
・




