表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
606/1134

第九十七話 ハッピーバースデー(3/9)

******視点:百乗丈夫(ひゃくじょうたけお)[帝国代表(チームエンパイア) 監督]******


 7月25日。いよいよ明日から本番。初戦の相手はドミニカ。

 この大会は日程的に現役バリバリのメジャーリーガーは出てこない。JPBと違ってわざわざレギュラーシーズンを中断してないからね。メジャー経験者はそれなりにいるけど、いずれもフリーエージェントとして流れた選手ばかりで、他はAAA以下のマイナーリーガーやJPBの選手くらい。

 とはいえドミニカは一流のメジャーリーガーを多数輩出してる野球大国で、今大会の優勝候補の一角。出場選手達もおそらくメジャー契約を勝ち取るためのアピールの場として捉えてるだろうし、JPB総がかりで挑めると言っても油断できる相手じゃない。

 我が帝国代表も選りすぐりの24名。合宿や強化試合の成果も上々だし、みんな戦力として期待できる。それでもやっぱり相手のことを考えれば、スタメンは慎重に選んでいきたいところ。


 ……なんだけどね。


「お疲れ様です、百乗(ひゃくじょう)監督」

「お疲れ様です……」


 偉い人から突然のお呼び出し。ジェネラルズのオーナー、保田報(ほだむくい)氏の側近。

 保田(ほだ)オーナーは僕が現役の頃はそりゃもう"球界の王様"みたいな人だった。ご高齢と時代の流れであまり積極的に動くことはなくなったけど、それでも今なおマスコミの首領(ドン)として強大な影響力を残してる。EEGg(イーエッグ)によるシャークスの買い取りも、CODE(コード)の『HIVE(ハイブ)』導入も、まずは保田オーナーにお伺いを立ててから行われたって話だ。


帝国代表(チームエンパイア)、好調ですね。流石の御手腕です」

「僕は単なる"雇われ監督"です。選手達が頑張った結果ですよ」

「……ところで、最近のオリンピック野球関連のCMや特集はご覧になってますか?」

「ええ、まぁ……」


 CMは単にシーズン中にプレーしてるところを切り貼りした内容で、野球関係のCMとしては特に当たり障りのないもの。強いて言えば、神結(かみゆい)くんとか友枝(ともえだ)くんとか、それと月出里(すだち)くんとか猪戸(ししど)くんとか、人選に若干偏りを覚えるくらいで……


「我が球団にも神結がいるので手前味噌になってしまいますが、88年世代は超一流の選手を多数輩出しました。"球界最強打者"の友枝選手のみならず、高卒組のルーキーイヤーである2007年以降毎年必ず誰かしらがタイトルを獲り、さらにメジャーでも先発を担う投手が現在2名。球界の歴代でも屈指の黄金世代と言えるでしょう。彼らはこれまで競技面でも素晴らしい数字を残し、そのスター性で我々マスメディアにも多大な利益をもたらしてくれました。しかし彼らも今年で32歳。現役を退くにはまだまだ若いですが、おそらくこうやって代表選抜される機会は今後少なくなってくるでしょう」

「……でしょうね」

「我が球団OBの月島(つきしま)が引退時に『ジェネラルズは永久に不滅』と言ったように、プロ野球は半永久的な事業。ですが、選手の寿命は有限。世代交代は必須です。しかし残念なことに、選手というものは試合に出さなければなかなか成長できないもの。限られたスタメンの枠に選手を収めて勝利を目指しつつ次の世代を育てるにしても、その取り掛かりは早いに越したことはありません」

「……具体的には?」

「次の黄金世代……月出里(すだち)選手、猪戸(ししど)選手、瀬長(せなが)選手の世代などいかがでしょうか?」


 やっぱりそういうこと……


「帝国代表選手の特集、特に月出里選手のものは反響が大きかったですよ。特に関西の方、パンサーズを追いかけるファンが多いですからね。リーグが違うとは言え同じ関西の球団にいるのに、あれほどの金の卵を入団時から追えなかったことを悔やむ声がSNSでも溢れています。数字はもちろんのこと、あの美貌ですからね。非常に画面映えするので、我々の業界としてもこれから先どんどん売り出していきたいところです」

「要は『月出里くんと猪戸くんを優先してスタメン出場させろ、瀬長くんをリリーフとして優先的に使え』……ということですね?」

「あくまで『要望』ですよ。保田(ほだ)オーナーの、そうあってほしいという強い『要望』です。『提案』と言っても差し支えありません。つまり、最終的な決定権は百乗監督にあります」


 ……つまり『責任を取る気はない』、ってことだね。


「『提案』なのでついでに申しますと、例えば月出里選手……彼女が"樹神(こだま)選手の再来"のごとく、1番打者として打って走れば、きっとバニーズファンのみならず日本中のファンがテレビに釘付けになると思うんですよねぇ。プロ野球人気回復の旗手(きしゅ)としてはこの上ない逸材……そう思いませんか?」

(彼女らが台頭すれば我が球団の九十九(つくも)にとっても発奮する材料になるし、我々としても世代繋がりで売り出しやすくなる。人間は突き詰めれば自分本位なものだから、大衆が求めてるのは結局のところ"スター"そのものではなく、『"スター"とはその人物である』という他者との共感。つまりは自分自身の感覚の誇示。だから我々は『世代』とか『誰かの再来』とか、共感するためのわかりやすい指針をあらかじめ用意する必要がある)


 まぁどのみちサードはメンバー的に月出里くんか猪戸くんにやってもらうつもりではあったけどね……


 ファッション業界には『流行色』ってものがあるけど、あれは一般的な自然発生する類の流行とは違う。専門の国際機関が2年先取る形であらかじめどの色が流行(はや)るかを決めてるんだよね。彼らは『世相に沿った色を選択してるだけで、決して商業的な目的を以て決めてるわけじゃない』と言うけど、今回のことはそれに近い。

 昔、球界のとある偉い人は『野球は筋書きのないドラマ』って言ったけど、大人の世界はそうでもない。大きなお金が動くから、何事も段取りを決めてから動かないと大きな損が生まれる。野球という競技で利益を生んでるのに筋書きがないことを嫌うなんて不遜(ふそん)もいいところだけど、プロ野球は大きなお金をもとにして成り立ってるんだから仕方ないと言えば仕方ない。

 僕も世間的な立場は"帝国球界のスター達を牽引するボス"ってことになるんだろうけど、実態は"いざという時の責任の取り役"。これだから"雇われ監督"は……これじゃまるで名義貸しだ。球界には実績があってまだまだ働き盛りなのに現場から退いてる指導者なんていくらでもいるのに、誰もやりたがらないわけだよ。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ