第九十七話 ハッピーバースデー(2/9)
******視点:冬島幸貴******
7月25日。天王寺から環状線で北上して、梅田駅地下のヨド■シの辺り。
野球人気が衰えたとは言え、流石にオリンピック期間にもなると話が変わってくる。そこら中で記念グッズが売られてて、大阪どころか帝国でも最大級のターミナルである梅田駅の広告もそれ関連ばかり。プロ野球関連の広告なんてこの界隈じゃいつもはパンサーズ関係ばっかりやのに、最近は帝国代表だけとは言え他球団の顔ぶれを拝むことができる。
前にオリンピックが帝都で開催されたのは1964年。オレが生まれるより遥か昔やけど、こういう仕事をしてると、今でもその時代の話はよく聞く。ちょうど月島英雄が"国民的スター"としてブイブイ言わせてた頃で、林一閃もシーズン55号を打った年。まだその頃のオリンピックの野球は日米のアマチュアの交流試合みたいなもんでプロとは無関係やったけど、それでもプロ野球が特に輝いてた時代。くしくも次の年からジェネラルズのV9が始まり、野球は帝国のスポーツの頂点に上り詰めた。
そして同時に今と違って、帝国経済が右肩上がりやった時代。その時代を直接知る人間の消費意欲をくすぐったり、その時代にあやかって経済回復を図ろうってのが見え見え。
「さて、いよいよ明日から始まります、帝都オリンピック野球競技。球界を代表するスターの中でも選りすぐりの24名が集う帝国代表ですが、そんな中でも注目を集めるのが、バニーズの月出里逢内野手。今回の帝国代表最年少、"美人すぎるプロ野球選手"としてSNSでも話題の"ちょうちょちゃん"に迫ります」
「え?誰やあの子?」
「めっちゃ可愛くね?」
「バニーズにあんな子おるんか」
日本最大級の大型家電量販店が梅田の象徴としてその影響力を誇示するように設置してる大型ビジョン。そこにドアップで映し出される月出里ちゃん。往来の中、その姿を視界に入れて思わず立ち止まって眺める老若男女。さらに外人の兄ちゃん姉ちゃん。オレも不似合いのサングラスを少し下ろして、その色彩を正確に捉える。
ブラウン管の時代がとっくに終わって、テレビ自体もLEDやらで技術が進歩して、顔の毛穴までくっきり見えるくらいテレビの画質が向上した。そのせいで芸能人でさえも日頃メイクやら照明やらでできるだけ綺麗に映れるようヒイコラしてるってのに、月出里ちゃんの場合はそれが却って見目麗しさを引き立たせてる。
お天道様の下で走り回るのが仕事やのに、毛穴どころか出来物の跡もシミもない白く艶やかな肌。ぱっちりとした二重瞼が際立つ大きな瞳と、やけにフサフサな下まつ毛。いちプロ野球選手やのに、そこいらの女優も裸足で逃げ出すレベルの美女。あれで野球の才能もズバ抜けてるんやから、同性やなくてほんまに助かったわ。
「月出里選手は今シーズンここまで84試合全てでスタメン出場し、打率.381で55盗塁。現在リーグ・プログレッサーの首位打者と盗塁王、最高出塁率の三冠。主に1番打者ながら勝負強いバッティングで47打点をマーク。さらにこの広い守備範囲とこの強肩。サードとショートを兼任し、守備でもチームに貢献しています」
「「「おお……」」」
でかい駅地下の喧騒でかき消されたけど、大型ビジョンの中を所狭しと動き回る月出里ちゃんのプレーで、ギャラリーからも唸り声が上がる。
……テレビ屋ってのは月島の頃から時代が変わってもやることは変わらへんな。プロアマ問わず、野球という団体競技で、『個人のスター』をどこまでも求める。月出里ちゃんの見た目と実力なら必要十分。かつての月島英雄の時代を取り戻すには絶好の旗振り役。個人だけ求めるなら、ジェネラルズとバニーズの地盤の差なんて気にすることはあらへん。なんなら国が違っても問題あらへん。かつて樹神樹という大スターがバニーズから擁立されたんやし。
まぁ結局は観てる側がそういうのを求めてるんやからな。需要に対して適切な供給をしてるテレビ屋が悪いわけやない。特に高校野球なんかじゃ、『才能や環境に関係なく高校球児が高校球児というだけで全員平等に一発勝負で競えてヒーローになれる』ってのを売りにしてるのに、実際は嚆矢園の開会式で高校野球の偉い人が『幾重光忠のいる学校が勝ち上がれなかった』って堂々と愚痴るんやし。ルール上全く問題ないし、団体競技としてはむしろ正しいくらいやのに、五宝醍醐への全打席敬遠の是非がいまだに議論されるんやし。
「冬島さん冬島さん」
しばらく映像を眺めてると、後ろから小声と、服を軽く引っ張られる感覚。振り返ると帽子とマスクとサングラス、さらに夏場なのに長袖長ズボンで完全防備の女。地下で冷房がそこそこ効いててても流石に暑いのか、片手にはハンディファン。
最近は学生スポーツで熱中症がよく取り沙汰されるくらい夏場の気温が高く、日差しも強い。同時に紫外線の有害性も世間に広まって、こんな不審者じみた格好も『美意識』という大義名分を得て許容されるようになった今日この頃。
もちろんそういう目的もあるんやろうけど、一番の目的はオレと同じ。最近月出里ちゃんの影響でバニーズもそれなりに注目されるようになったからな。ここまで徹底してへんけど、それでもオレも今日に限らず、外を出歩く時はサングラスとマスクは最低限装備するようになった。
「……曽根崎さんですよね?」
「はい。お待たせしました♪」
証拠代わりに、スマホのCODEの画面を見せ合う。ここに来るまでの間にあったメッセージのやり取りがそっくりそのまま表示されてる。こうやって見せ合う約束も含めて。
曽根崎初音。今年のバニーズの開幕戦の始球式で投げた、アイドルグループ・UMD33(ウメダサーティースリー)の中心メンバーの1人。
あの日からメッセージのやり取りを重ねて、今日はようやく初めての逢瀬。
「そんじゃ、とりあえず飯でも行きましょか」
「はい♪」
テレビに関わる仕事をしてる男女が密かに逢うには人が多すぎるし、逆にその人の多さのおかげで目立ってない部分もある。たとえマスクやサングラスで顔が隠れてるとしても、体型やら雰囲気やらで不釣り合いに見える男女。これだけの往来なら、そんな歪な組み合わせが並んで歩いてても、『資本主義の世の中、そういうのもある』で片付く。極めて遺憾な話やけど。
「冬島さん」
「なんすか?」
「さっき月出里さんのことずっと見てましたね?」
「……まぁ、チームメイトなんで……」
「いけないですよー?せっかくのデート前なのに……」
「ははは……すんません。次からは気をつけます」
「……ちなみに、月出里さんとうち、どっちが可愛いですか?」
「そんなん言うまでもなく曽根崎さんですよ」
「えへへ……なら今回は許してあげます♪」
マスクとサングラス越しでもあざとい表情してるのがわかる。
まぁ本音を言えば、どっちかと言えば月出里ちゃんの方が好みなんやけどな。見た目だけ見ても。曽根崎ちゃんも見た目でアイドルグループの中心に選ばれてるだけあって相当な美女。長い黒髪でぱっちりとした目、太めの眉。肉付きが若干あるけど、その分巨乳。系統的には月出里ちゃんより秋崎ちゃんに近いタイプ。
そんなのに『好み次第』でタメ張れて、『野球』っていう付加価値もある月出里ちゃんをこういう天下の往来で堂々と連れ歩くのが一番の理想やけど、まぁ今でも十分上をいってるやろ。漫画みたいなシチュエーションに酔って、たかが一般人の幼馴染にしがみついてる両刃よりも。
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「今日はありがとうございました♪」
「いえいえ。オレも曽根崎さんと一緒に過ごせて昇天もんですよ。ファンに申し訳ないっす」
「ウフフフフ……あっ」
帰り道。駅までまっすぐ何となしに向かってると、たまたまホテル街の近くに差し掛かった。
「えっと……」
無駄にきらびやかな建物が並ぶ中で、曽根崎ちゃんは肩をすくめて顔を伏せる。そういや曽根崎ちゃんはそういうの初めてなんやろうか?今の時代、こんだけの美女がよりによってテレビ絡みの仕事してるのに喰われてへんっていう方が夢見がちに聞こえるけど……
まぁオレはどっちもアリなんやけどな。初めてなら初めてで付加価値エグいし、そうやなくても過去の男に勝った気分になれるし。
ただ、確かに駅までエスコートしてるのはオレやけど、狙ってこの辺りに来たわけやない。この辺土地勘ないから、とりあえず地図アプリで最短ルート辿ってただけやし。
「すんません、気が利かなくて……わざとやないんですよ?」
「えっと……」
「2人きりなんて今日が初めてなんですし、楽しい気分のまま帰れるように、悔いが残りそうなことはせんときましょう」
「……!は、はい!」
大学入ったばっかりのオレやったら迷わずしけこんでたな。まぁそのせいで最初の方は思いっきり失敗しまくったんやけど、おかげで今はこうやって軽く自分を抑えられる。
人間、成功体験が積めれば心に余裕ができるもの。シーズン最初のヒットを打つまでは『今年もう打てないんちゃうか』って危機感で焦るのと同じで、女に慣れてへんとつい先走ってまうもんや。
……こんだけの上玉手に入れるチャンスなんや。失敗するわけにはいかへん。意図したわけやないけど、ここは無難にポイント稼いどく。両刃に勝つためにも。
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