第九十六話 あれくらい余裕だったのに(4/4)
「ショート!」
「アウト!スリーアウトチェンジ!!」
ゲッツー取り損なったけど、とりあえず無事に乗り切れた。
「逢!」
「?」
ベンチに戻る途中で後ろから声。位置と声的にメスゴリラ師匠。
「……ッ!」
振り返ると、同じく駆け足でベンチに戻りなから、上半身だけでさっきあたしがお手玉した時の真似。しかも変な顔芸付き。こんにゃろう、一応人妻なのに何やってんだよ……
「ガハハハ!ドンマイドンマイ!!」
「……はい」
まぁこういうふうにネタにしてくれる分にはまだ良いのかな?
「おい月出里。練習試合だからってあんまりぬるいことしてんじゃねぇぞ?」
「はい……すみません」
やっぱりね。ベンチに戻ったら、神結さんからの小言。ジェネラルズで何年も主将やってて、ここでもチーム最年長の世代ってことで実質キャプテンみたいな立場。だから、こういうところであえて嫌われ役になってるってのはわかるんだけどね。
「おいおい杏那、らしくねぇな。可愛い女の子相手なのに厳しくね?」
「うるせぇバカ。試合中に男も女もあるか」
同じくチーム最年長の友枝さんからの、からかい半分のフォロー。
でも、個人的にはまだこっちの方がいい。野球なのに見た目でチヤホヤされるより、きちんと実力を見てくれる方がまだいい。それでこんなふうにキツく言われるとしても。
「それにおれはロリ系には興味ねぇ。乳もHくらいになってから出直してこいって話だよ」
やかましいわ、このとっつぁん坊やが。
「ったく……花ならあれくらい余裕だったのに」
「……!」
「ガハハハ!そりゃまぁ花さんにはまだ敵わないっすよ!!」
花さん……猪戸くんと同じペンギンズの鉄炮塚花さんだよね?去年も交流戦で対戦した……
トリプルスリー3回の、歴代最強クラスのセカンド。それだけの人だから当然、国際試合の経験も豊富。オールスターなんかもあって神結さんとは別のチーム同士でも二遊間を組む機会が多くて、プライベートでも仲が良いのは有名。
当然のことながら、今回も帝国代表の候補ではあったけど、故障で声がかからず。あたしが選ばれたのも、『鉄炮塚さんの代わり』っていう意味合いも少なからずあるんだと思う。
……だけど、だからってそうやって引き合いに出して値踏みされるのは気に入らねぇ。クソッタレ。
(旭から話聞いてたのに、この程度かよ。つまらねぇ)
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******視点:九十九旭******
「レフト……」
「フェア!」
「落ちましたヒット!打った宮里は一塁ストップ!」
「良いぞ!打てるキャッチャー!」
「やっぱリードがどうとかよりも打ってナンボよなぁ」
7番の宮里氏がワンナウトからシングルで出塁。
実は宮里氏はドラフト同期。と言っても向こうは大卒の社会人出身ゆえ、年齢は小生よりもだいぶ上。1年目からキャッチャーながら一軍レギュラーとして十分なほど打って、守備面でも少しずつ信頼を勝ち取っていき、現在は事実上の正捕手。同期の中では現状、間違いなく一番の出世頭。
「ストライク!バッターアウト!」
後続は凡退。だが、まだツーアウト。
「9番ショート、九十九。背番号99」
「ツーアウト一塁で打席にはラストバッター、九十九旭。プロ3年目。今シーズンはセカンドで出場を重ね、今日は神結の代わりに本職のショートに入っています。高校時代は名門・大阪桃源の4番ショート。非常に将来が楽しみな選手です。第一打席はセカンドゴロ……」
「九十九!一発で良いぞ!!」
「遠慮なくブチ込め!」
「ホームランホームラン九十九!」
月出里と猪戸どころか、宮里氏にもまだまだ及ばぬ小生だが、それでも期待はされてる。少なくともプロ入り前までの経歴で言えば間違いなく小生未満の者達にことごとく敗れてる小生を……
厳しい環境か、緩い環境か。どちらがより良い選手に育つかは結局その個人に合うか合わないか。月出里はプロ野球選手としては緩い環境に身を置いてきた方だと思うが、もしかしたら小生と同じような環境に身を置いていればもっと大きく育っていたかもしれんし、逆にここまでにはならなかったかもしれん。
ただ確実に言えるのは、ここまでの過程では月出里の方がより大きく育っているということ。緩い環境なりに三条主将の手を借りつつも自分を律してここまで来たのだろう。
「「!!?」」
ならば小生は、厳しい環境なりに結果を出して貴様を上回るまで……!
「ライト!!!」
「フェンスに当たった!」
「おっしゃ!長打コースや!!」
「一塁ランナー、二塁蹴って三塁へ向かう!」
深いところ。ツーアウトでスタートは早めに切ってたから、宮里氏でも十分ホームに生還できるはず……
「三塁蹴ってホームへ!」
「逢!」
「ライトからセカンド、セカンドからバックホーム!」
「「「「「!!?」」」」」
!?疾い……!
「アウトオオオオオ!!!!!」
「ホームタッチアウト!ライト綿津見、セカンド月出里の好返球で生還を阻止しました!」
「どっちも肩すげぇ……」
「あのセカンド、捕ってからの動き速すぎだろ……」
「何だよ、守備もいけるじゃんかよ」
「スリーアウトチェンジ!」
「逢!ナイスだ!」
「昴さんも!」
功労者2人がタッチを交わしつつ、ベンチへ戻っていく。
……まだまだ敵わんな、貴様には。だが諦めはせん。お互い、まだゴールテープを切ったわけではないのだからな。
******視点:月出里逢******
連携はあまり得意じゃないけど、慣れればどうにかなる。メスゴリラ師匠とはオフによく一緒に練習してきたから、勝手がわかりやすい。
「……やるじゃん」
ベンチに戻って、神結さんから一声。立場的にそう言わなきゃだけど、さっき責めた手前素直に言えないのか、視線は向けず淡々と。
「神結さん」
「あん?」
「鉄炮塚さんなら、あれくらい余裕でしたか?」
それならそれで、あたしもやり返す。
「…………」
澄ました顔のままだけど、こっちをしばらく見つめて……
「……ぷっ!あっはっはっはっはっは!!」
「はわっ!?」
びっくりした。急に笑い出すんだから。
真意が知りたいけど、あいにくとこの回はあたしが先頭打者。
「月出里……ぬしゃ……」
猪戸くんが呆れるようにつぶやくのを尻目に、急いで打席に向かう準備をする。
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「ご覧いただきました一戦は、5-0で帝国代表の勝利となりました」
「順当順当アンド順当」
「まぁ流石にあの戦力差ならな」
「いやぁ、"ちょうちょ"だっけ?やっぱええわあの子……」
「あたしは十握くん推したいわ」
「まぁ本番になったら野手陣よりも結局は投手陣よ」
帝国代表の強さを知らしめつつ、ジェネラルズの有望株も『相手が帝国代表じゃなかったら』な結果を残せた。多分向こうの親会社が意図した通りwin-winの結果。
それに、あたしとしてもね。ヒットは3の1、四球1つからの盗塁1つ。まずい守備もあったけど、良い守備もできた。最低限のことは果たせたように思う。
「月出里」
「はい」
ベンチから撤収する前、神結さんに声をかけられる。まるでいつものあたしみたいに、普段は澄ました顔で淡々としてる神結さんだけど、今は勝ちの余韻に浸ってるのか、珍しく機嫌の良さそうな表情。
「面白ぇなお前。おれに喧嘩を売り返すたぁ良い度胸してやがる。気に入ったぜ」
……ああ、なるほど。根はこういう人なんだね。昴さんと同じ。だから昴さんとも……
「監督がどう起用するかはまだわからねぇが、一緒にテッペン獲ろうや」
そう言って、右手を差し出してきた。
「"貧乳のロリ系"は好みじゃないんでしたっけ?」
「"中身のある生意気な奴"なら好きだぜ。昴や花みたいな"ひょうきんな奴"もな」
お望み通り生意気に返してから、手を握り返す。
確かにどう転ぶかはわからないけど、あたしの立場的にもこの人に気に入ってもらえたのが今日一番の収穫なのかもね。




