第九十六話 あれくらい余裕だったのに(2/4)
「5番指名打者、十握。背番号34」
「帝国代表、1点先制してなおもノーアウト満塁。打席にはプロ2年目、バニーズの十握三四郎。力強いスイングでヒットと長打を量産し、チームメイトの月出里と首位打者の座を争っています」
十握氏との対戦は今日が初めてになるが……
「引っ張ってこれもセカンド抜けた!」
「セーフ!」
「三塁ランナーホームイン!2-0!!帝国代表、初回から無傷で5者連続出塁!!!」
友枝氏の時と同様。カウントを悪くして、いよいよになって入れた球を引っ張り抜かれて痛恨。世間で言われる"強打者"とか"3割打者"という奴は、基本の『好球必打』をきっちりこなせるからそう言われるということがよくわかる。
「良か良か!それでこそ国の代表じゃ!!」
「リプの選手はよくわからんけど、この調子ならメダルは固いな」
「真木の球も圧倒的だし、こりゃ楽勝だろ」
「■■!何やっとるんじゃ!!」
「ゾーンで勝負せんかい!」
「いくら帝国代表が相手だからって、ジェネラルズがかませになって良いわけねぇだろうが!」
観客の反応も、おそらく親会社……桐凰新聞の思惑通り。
『超一流揃いの帝国代表相手に、一軍半以下の投手の登板』。仮にうまくいけば球団にとって戦力増のプラス、さらに将来のスターを早めに世間に売り込むことができる。うまくいかなくても帝国代表の宣伝になって、成果の出せない投手への罷免の口実にもなりうる。ともすればトラウマにもなりかねないが、逆にそれをバネに成長することも考えられる。その選手個人にとってはたまったものではないが、プロ球団の運営という観点で言えば至極効率的な行い。
名門球団とて……いや、名門球団こそ、実態はこんなもの。勝利至上主義と資本主義が混濁した残酷に溢れている。ジェネラルズに限らず、ビリオンズやヴァルチャーズなどにしても、この手の話は枚挙に暇がないし、小生も実際この球団に身を置いて、その実態を直接目の当たりにしてきた。
12球団は表向き全て序列もなく平等とされているが、実際にはこういった残酷を引き換えに勝ちを積み重ねてきた球団もあるし、人情や目先の利益などのぬるま湯に浸って負けを重ねてきた球団もある。それでも『商売』というお題目がある以上、たとえ勝利を目指すのが基本だとしても、ファンの感性次第でそれぞれの球団にそれぞれの需要が生じるのは無視できないこと。
プロ入り前から競争率の高い環境に身を置き続けてきた小生にとっては、"弱い球団"、"優勝から遠ざかりすぎてる球団"を応援する心理というものがどうも理解できなかったが、今となっては少し理解できたように思う。
「6番サード、猪戸。背番号55」
「なおもノーアウト満塁。打席にはペンギンズの猪戸士道。今日1番セカンドで起用されています月出里と同じまだ20歳という若さですが、昨シーズンは高卒2年目までとしては史上最多の36本塁打。今シーズンも開幕から4番で起用され続け、好調を維持しております」
猪戸は去年は本塁打のみならず三振も夥しかったがゆえに低打率であったが、今年はここまで3割以上。一発も繋ぎの一打もあり得る。おまけに右利きの左打者ながら逆方向への打球も強い。気を引き締めなくては。
(コイツなら……!)
「ぬぅっ……!?」
「ストライク!バッターアウト!!」
「三振!高め振ってしまいました!!」
「あー、若いな……」
「いくら実力があるからってなぁ」
「6番はやりすぎやろ。月出里と一緒に下位に置いときゃ良いんだよ」
比較的戦い慣れてて実績がない分なのか、順当な配球で仕留めてみせた。
「申し訳なか……」
「ドンマイドンマイ!」
「良い振りしてたぜ!」
「……へっ」
首を傾げつつ苦々しい表情でベンチに戻る猪戸を、年長者の選手達が迎え入れる……が、その傍で先に帰還してベンチに戻ってた月出里が一瞬、その猪戸を見て笑みを浮かべた。
前々から薄々感じていたが、月出里は投手との勝負や同じ打者との打ち合いについては人一倍真剣である反面、野球の団体競技としての一面を軽視しすぎているきらいがあるように思う。野球をただの『勝負の手段』程度にしか考えてないと言うか……
月出里と小生は、野球選手として歩んできた過程が全くの逆。プロ入り前後から一貫してあまり強くないチームに所属している月出里、そして常に"強豪"と呼ばれるところに身を置いている小生。今こうやって立場の差が生じた以上、その過程に優劣など付けられるものではないと思うし、そういう性格が『大舞台の経験不足』を補えている要因の一つかもしれんとは思うのだがな……
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