第九十五話 語り継がせてやる(1/3)
******視点:月出里逢******
7月15日。オールスター2日目も終わって、明後日からオリンピックに向けての準備が始まる。
寝る前にすみちゃんとのビデオ通話。お互いすっぴんにも自信があるけど、寝巻き姿を見せ合えるのなんてお互いくらい。優輝にはからかい半分で見せたりもするけどね。
「お疲れ様。今年はどうだった?」
「うーん、やっぱ変た……妃房さんがいなかったからあんまり……」
今年は交流戦がないから、ほぼ唯一の勝負の機会であるオールスターは今年に関しては結構やる気があったんだけどね。
しかも手術もするって話だから、多分来年も勝負できない。負け逃げされるのも嫌だけど、こんな形で勝ち逃げになっちゃうのも納得がいかない。ああいう人とはちゃんととことんまで勝負して白黒つけたい。
張り合いがないから猪戸くん辺りに喧嘩売ろうかなと思ったけど、オールスターってそもそもワイワイやるのが趣旨みたいなところがあるからね。たまにショーマンシップでまっすぐだけとかそういうことする投手もいるし、みんな本番に即した形で投げてくれなきゃ意味がない。だからシーズンの数字としても残らないんだし、そんな中で打ったって何も嬉しくない。
あたしの中じゃ野球はどこまでいっても勝負の手段。たとえプロ野球に商売の側面があったとしても、あたしはもう勝負しか売りにするつもりはない。チームに貢献できなかった下積みの頃はともかく今はね。きっとあの変態も同じ考えだと思う。そういう意味でも、あの変態がいなかったのが悔やまれる。
「まぁこればっかりはね。その辺はオリンピックで発散すると良いわ」
「うーん……」
「どうしたの?」
「樹神さんがちょっと前に、『オリンピックはアマチュアが出るもの』みたいなこと言ってたじゃん?」
「ええ。確か今年の開催国が日本って決まった頃かしら?」
「本音を言えばあたしも同じなんだよね」
「…………」
「あたしはあくまでプロ野球選手。オーナーであるすみちゃんからお金をもらって試合をするのが一番の仕事。その試合の数を減らしてまでやることとは思えないんだよね」
「……まぁ確かに、雇い主としてはウチのチームでやるゲーム以外で選手が消耗するのは全く喜ばしいことじゃないわね」
「オリンピックがきっかけでプロ入りのチャンスを掴める人だっているはずだし……」
「そうね。実際、オリンピックでの活躍が評価されてプロで花開いた選手は結構いるわ。貴女もよく知る旋頭コーチもそうだし、何なら三冠王になった選手もいるくらいね」
「そういうチャンスがなかったあたしだから、そういう人達のチャンスを奪ってまでやることなのかってね……代表入りはオリンピック期間で試合の感覚鈍らせたくなかったから断らなかったけど、もし飛行機移動が必要な海外開催だったら絶対に断ってたね」
「……今回のオリンピックはおよそ半世紀ぶりの帝都開催。そこでわざわざプロからの動員。開催国としての責任感というよりは、不況続きだから国威発揚と経済刺激のために張り切ってるのは明白ね」
「アメリカとかが本気じゃないから、そういう張り切りが虚しく感じちゃうんだよね」
「投手だった私からしたら余計にそこは気になるわね。そんなことのためにわざわざ消耗しなきゃなのかって。けど……」
「けど?」
「貴女がそのプロの中で帝国の代表として相応しいと思われたことは、貴女を選んだ私としては誇らしいことよ」
「……!」
「それに、雇い主としてもデメリットばかりじゃないわ。野球離れが進んでる昨今でもオリンピックならそういう層にも観てもらえるかもだし、既存の野球ファンにしても、普段からファンをパンサーズに奪られがちなウチにとっちゃ良い宣伝の機会になるわ。貴女や十握が活躍してくれればね」
「…………」
「それに、貴女自身にとっても。初めての大舞台、それも国際試合。将来を考えれば必ず良い経験になるはずよ」
「……そう言われちゃ、やるしかないね」
「期待してるわよ?」
"すみちゃんが選んでくれたあたし"……そんなこと言われちゃね。
それに、すみちゃんにそういう大人の事情があるのなら、付き合うのはやぶさかじゃない。海の向こうの人達と勝負するついでに、宣伝役もやり遂げてみせる。
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