表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
594/1150

第九十四話 積み重ねることの重み(3/5)

「よう、蜜溜(みつる)ちゃん」

「あ、部長さん」


 神奈川まで足を運んだついでに、二軍球場の方も視察。トレーニングルームには、左肘を包帯で固定したままロードバイクを漕ぐ蜜溜ちゃんの姿。

 蜜溜ちゃんはこの前のノーヒットノーランの直後に肘の違和感を訴え、念の為病院行き。詳しく診てみるとかなりの重症だったらしく、オールスターもオリンピックも当然辞退。


「肘、大丈夫か?」

「……手術しなきゃいけないかもです」

「マジか……」

「アタシってどうも勝負に夢中になりすぎて、試合の間とかその前後って変なアドレナリンが出まくってるみたいで。おかげでちょっとした怪我や疲れなら全然気にせず投げれるんですけどね。でもそれが却ってダメだったみたいで」

「と言うと?」

「この肘の怪我も昨日今日の突然のものじゃなく、長年のダメージが蓄積した結果みたいなんですよね」

「なるほど……」


 蜜溜ちゃんは左投手にしちゃ珍しい……というか蜜溜ちゃんにとってはふさわしいオーバースロー。だが一般的にオーバースローってのは身体への負担がかかりやすいとされる投げ方。しかもあの球威。むしろ今まで保っただけでも常人離れした丈夫さと言えるのかも知れねぇな。


「まぁこれも前向きに考えれば、"良い打者"との勝負を『積み重ねたことの重み』だと言えると思うんですけど……やっぱりその代償で投げられないのは正直辛いですね」

「…………」


 理不尽な話だよな。今だって努力を欠かさず、いつも勝負に真摯であり続けた結果がこれなんだからな。突然の怪我なんていくらでも起こり得る競技だが、端金狙いの意識の低い選手もそれなりにいる中で、何でよりによって蜜溜ちゃんがそのクジを引き当てにゃならんのか。


「試合も観ていきますか?」

「お、おう……そうだ。球場入る前に飯済ませとこうと思うんだが、蜜溜ちゃんもどうだ?おごるぜ」

「回らないお寿司でも良いですか?」

「良いね良いね。遠慮のない奴は好きだぜ」


 まぁ高い飯をねだれる元気があるなら、立ち直れる見込みはあるな。こうなっちまったのは残念だが、蜜溜ちゃんならこれも成長のきっかけにできるかもしれねぇ。少なくとも俺はそう信じたい。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 今日の二軍戦はナイター。一軍と時間帯が被っちまってるが、いつも一軍の方ばかりだし、たまにはな。あっちはあとでアーカイブで確認すりゃ良い。


「……あ!お久しぶりです!」

「ん?えーっと……誰やっけこのオッサン?」

「ばかたれ!EEGg(イーエッグ)保志(ほし)さんじゃ、麗文(れもん)!!」


 試合前の関係者用通路で遭遇した若い女子3人組。いずれもシャークスの若手選手、頬紅観星(ほおべにみほし)北村麗文(きたむられもん)、そして斉藤(さいとう)エイル。

 全員蜜溜ちゃんの1つ下の世代ってことで、この3人でよくつるんでる。髪の色が頬紅は赤茶色、北村は青紫、斉藤は薄い金だから、ファンの間では"信号機トリオ"とかそんなふうに呼ばれてる。


「あー!前のパーティーで()うた親会社の偉い人!いやぁ、えらい失礼しました。ウチ、2年目の北村です。よろしゅうお願いします」

「お、おう……」


 調子良さげに腰を低くして握手を求める北村。

 体格はプロとしてはごく普通くらい。ギブソンタック……だったか?イギリス辺りのお嬢様っぽい髪型をしてて、少しメイクが濃いが彫りの深い整った容姿。だが実際にはこんな感じの、ノリの軽い関西人。


「偉い人じゃと分かった途端に媚売りおって……」

「いいいいや、忘れてたわけやないんやで!?ただウチ、目があんまりようなくて……」

「前から思ってたんだけど、麗文ちゃんメガネかけないの?」

「いや、観星(みほし)。言うてキャッチャーがメガネかけてたら色々狙いすぎやろ?ウチそういうキャラやないし。っていうかメガネなんて野暮ったいもんかけたらファンの人らがウチの可愛い顔を生で見られへんやん?」

「キャッチャーマスク被ってるんなら一緒じゃろ」

「それを言うたらおしまいよ、エイル……」


 北村に対して結構辛辣な当たりをする斉藤。

 名前が示す通りハーフで、背丈は蜜溜ちゃんほどじゃないが190近い長身。それでいて西洋人さながらの人形を思わせる顔立ち。ただ生まれも育ちも広島で、中身もそう。ついでに言うと農業高校出身。


「お前ら、試合の準備は大丈夫か?」

「あ、そうですね!すみません、失礼します……」

「おう。観戦、楽しませてもらうぜ」

「保志さん!将来の正捕手の北村麗文(きたむられもん)、よう覚えといてくださいね!」

「ほら。宣伝はもうええけぇ、行くど」


 一礼してからグラウンドの方へ向かう3人。


「やーれ、(たば)けたでよ。親会社の偉いさんが急に視察に来たもんじゃけぇ……」

「でも嬉しいよね。こうやって直接観に来てくれるなんて」

「まぁいつもみたいに急に変な仕事押し付けてこられるよりかはな」

「うーん、ぶっちゃけEEGgの偉い人ってそういうのばっかやと思っとったわ。補強とかよりも儲け優先というか……」

「それは営業の連中じゃな」


 こういう意味でも足を運ぶ必要がある、ってな。

 営業の連中が変なところで出しゃばるせいで、EEGg(ウチ)はシャークスを広告塔として都合よく使ってると思われてる節があるからな。ああいう入団して日の浅い奴らの中には、その辺の内部事情をまだ知らねぇ奴がいても無理はねぇ。

 EEGg(ウチ)がシャークスを買い取ってからまだ優勝できてないのも、その辺が選手達のモチベーションに影響を与えてるのが原因の1つなのかもしれん。というか実際、蜜溜ちゃんの不満要素になってる。去年の18連敗の時とか特に。だからせめて俺達だけでも、選手達には儲けではなく勝利を求めてるんだってことを示してかねぇといけねぇ。

 ……全く、どっちが営業なんだよって話だよな。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ