第九十二話 この世で嘘を吐かないのは(3/3)
******視点:月出里逢******
「ビリオンズ、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、■■に代わりまして、瀬長。ピッチャー、瀬長。背番号61」
「7回のマウンドに上がるのは2017年ドラフト4位、プロ3年目、瀬長健次郎。身長173cmと投手としては小柄ですが、堂々たる体格。まだ20歳の若い投手ですが、強豪ビリオンズの勝ちパターンを任される期待株です」
「出たぞプロスペクト!」
「流れ変えてくれよ!」
「でもリリーフで使うの勿体無いよなぁ」
「ぶっちゃけ西園寺よりポテンシャルあるだろ」
「球速い奴はとりあえずでこうなるもんや」
3-2。向こうはビハインドとはいえ表の攻撃のおかげで1点差。瀬長くんを出す理由は十分か。
「7回の裏、バニーズの攻撃。2番セカンド、徳田。背番号36」
(さぁてと……今日も稼がせてもらいますか)
瀬長くんの特徴は、とりあえずわかりやすいとこだと単純に球が速い。でも、ただ単に速いだけじゃない。
「ストライーク!」
(速……っていうか……)
「初球まっすぐ、見送ってストライク!いきなり154km/h!!」
バッターは大きく脚を挙げると長打が出やすくなるイメージがあるように、ピッチャーも大袈裟にワインドアップしたり、トルネードで身体を大きく捻ったりした方が球威が出るイメージが何となくあるものだけど、瀬長くんは常にクイックモーション。ランナーがいようがいまいが関係なく。
ウチの雨田くんも常にセットポジションでフォームもコンパクトに仕上げてるけど、ここまであからさまにクイックばっかりってわけじゃない。
「ファール!」
(合わせづらい……!)
しかもクイック自体の質も高い。本当に無駄のないモーションで淡々と速い球を投げてくる。フォームそのものはよくある右のスリークォーターなんだけどね。でもそれが多分、瀬長くんの『特異性』ってやつなんだと思う。
「ストライク!バッターアウト!!」
「最後は高め!157km/h!!」
「「「「「おおおおおっ!!!!!」」」」」
「今シーズンは自己最速更新となる160km/hをマークしております。このまっすぐが非常に魅力的」
リリーフの分もあるんだろうけど、まっすぐのスピードも雨田くんとほぼ互角。あたしも世間で見れば結構な拾い物なんだろうけど、瀬長くんも大概。
「3番ショート、月出里。背番号25」
(うーん、面倒な人にあてがわれましたねぇ)
「バッターボックスには同じくプロ3年目の月出里。月出里と瀬長、同学年対決となります。今日は内野安打1本と四球1つ」
「このスピードやとさすがにちょうちょでも……」
「いや、そうでもないで?」
ワンナウトでランナーなし。とりあえず当初の予定通り、追い込まれるまでは一発狙い。今度こそすみちゃんに良いところを見せたい。
「ストライーク!」
「カットボール空振り!」
「ボール!」
「今度はスライダー!低め外れてワンエンドワン!!」
「うわ、変化球もええんやなアイツ……」
「ほんま何で先発やないんや……?」
リリーフでまっすぐが速いと、大抵フォークとか以外はないようなイメージがあるけど、瀬長くんはむしろフォークは投げなくて、それでいて他の球種が豊富。このカットボールが特に良いって言われるけど、スライダーとかチェンジアップ、カーブやツーシームなんかも時々投げてくる。
見ての通り制球も破綻してるわけじゃないし、今のところ"世代最強の投手"なのは疑いようがない。
「ファール!」
「ツーシーム!合わせましたがレフト線切れてファール!!」
チッ……まぁ良いや。
「さぁ追い込みました瀬長……」
(とりあえずここまでは想定通り。あとはこれが通るか……)
そう。確かに瀬長くんは実績やカタログスペックだけ見れば間違いなく"世代最強"ではあるんだけど……
「センター返し!」
「くっ……!」
「抜けましたセンター前!」
「「「うおおおおおっ!」」」
「最後は外低め158km/hでしたが、綺麗に返しましたねぇ」
「謎相性定期」
何故かあたしにとっては打ちやすい。あの変態とかすみちゃんほどじゃないけど。同い年の人ならぶっちゃけ鹿籠さんの方がよっぽど打ちにくい。
「ええぞ!さすがは"バニーズの最強打者"!」
「いや、十握やろ」
「ホームラン1本も打ってへんしなぁ」
「今日やってランナー出ても結局ホームランでしか点取れてへんしな」
「ちょうちょは前が出てるか後ろの奴が打つかせんと点が取れんのはなぁ」
観客席から口々に聞こえる、賛辞に入り混じった嫌な現実。
……そうだよ。全くもってその通りだよ。いくら打率が高かろうが、あたしは他の人にも頼らなきゃ点が取れない。首位打者が嬉しくないわけじゃないけど、そういうのがあるからあたしは一発が打ちたい。点取りゲームで、自分一人で完結できる一発が打てるようになりたい。
「逢ちゃん!ナイバッチ!!」
きっと純粋な気持ちで声を出してる天野さん。でもあたしにとっては当てつけにしか聞こえない。
いつもいつもあたしがやりたいことを先にやって。今日だってそう。表の攻撃があってもリードを保ててるのは天野さんの一発のおかげ。
めちゃくちゃ勝手な話だけど、天野さんはポンポンホームラン打って打つ方でも身長でも胸部でもコンプレックス刺激しまくりだから、守備だけやっててほしいなと正直思ってしまう。嫌な考えだってわかってるけど。
「一塁ランナースタート!」
「セーフ!」
「盗塁成功!今度は盗みました月出里!!」
(やりたい放題ですねぇ……)
(瀬長くんのクイックも十分良いけど、流石に西園寺さんのじゃないと厳しいか……)
だからこういうところで当たり散らさせてもらう。瀬長くんには悪いけど。
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「サード見上げて……」
「アウト!」
「これでスリーアウトチェンジ!7回の裏バニーズ、月出里のヒットと盗塁でチャンスを作りましたが無得点。3-2、バニーズのリードです」
やっぱりそう。いくらシングル打って盗めたところで、ホームを踏めなきゃ意味がない。あたしが瀬長くんと相性が良かろうが、結果として点に繋がらなきゃ意味がない。
******視点:瀬長健次郎******
他の打者は手玉に取れましたが、やはり月出里さんは手強いですねぇ。結果として無失点に抑えられればそれで問題はありませんが、我んだって人間。打たれれば少しは悔しいもの。それに、ランナーがいなかったから良かったものの、もし満塁とかだったりしたら目も当てられませんでしたからね。
しかも月出里さんが比較的打ててないはずの外角低めのストレート、想定通りに投げたものが打たれてしまったんですからねぇ……スピードが足りなかったのか、球質が悪かったのか、コースが甘かったのか。我んは周囲からはストレートが最大の武器と言って頂いておりますし、我ん自身もその速度で信頼はしているのですが……
その辺も少し統計を取ってみても良いかもしれませんね。まっすぐが一番の武器だからといって、果たしてまっすぐばかり投げていて良いものなのか。世間で理想とされがちな外低めのまっすぐというものはどれほど効果があるものなのか。
感覚ほど当てにならないものはありませんからね。この世で嘘を吐かないのは数字だけです。




