第九十二話 この世で嘘を吐かないのは(1/3)
******視点:八汐元三[大宮桜幕ビリオンズ 監督]******
「7番ライト、松村。背番号4」
「6回の裏、3-1、ノーアウトランナーありません。ビリオンズ先発の西園寺が降板し、マウンドには左の■■」
向こうの布陣は右のサイドに近いシュートピッチャーを見越した左並び。ならば当然、火消しには左。野手と比べて投手が不足してるウチにとっては貴重な左。不利な盤面で出すには少々惜しい左。ゴールデンウィークの連戦の中だから尚更。
だがこの盤面は西園寺が俺の要望通りに働いてくれた結果。奮起した結果はウチの打線ならひっくり返しうる点差。惜しむのは申し訳が立たん。
(左だからとて、左が苦手とは限りませんよ……!)
「レフト線……」
「フェア!」
「「「おおっ!!!」」」
「打った松村は二塁へ!ツーベース!!」
「おっしゃ!ええぞええぞ!!」
「ようやく流れが来た!」
「このまま突き放せ!」
しかし相性も勢いでひっくり返りうるもの。こればかりは仕方がない。
「8番サード、相模。背番号69」
「ノーアウト二塁のチャンスで打席には今日2安打の相模!」
「畔たん!猛打賞お願い!!」
「ここ代打でええんちゃうか?」
「あー、そういや相模って……」
(相模くんは今日2本打ってる。しっかり振れてるし、今日の彼の功績を考えたら、この状況で代えるのは……)
伊達は動かん、か。まぁ気持ちはわかる。
「ストライク!バッターアウト!!」
「三振ッ!最後は膝下!!」
(くそッ……!せっかくのアピールチャンスで……!!)
「やっぱりな(レ)」
「左打てねぇから準レギュラーなんだよなぁ」
「(いつまで経っても暗黒脱出できないのは)こういうとこやぞ」
案の定、相模は凡退。ランナーを進めることも叶わず。
勝つための最適解など、野球で飯を喰ってる俺達だって当然頭にはある。『強力打線相手に中盤で2点リード』。次の1点を何としてでも取っておきたい場面。左を並べた分、ベンチには十分に右の代打が残っているのだから、左が明確に苦手な打者を代えるべきというのは当然の理屈。
だが、そこに至るまでの過程がある以上、人間はいつだって最適解ばかりを選べやしない。その最適解とて、確率の競技である以上、時には嘘を吐くのだからな。
そして『選手との信頼関係』と、『職務として勝利を義務付けられることでの重圧』、時には『大人の事情』。プロ選手としても歴戦をくぐり抜けてきた指揮官が出した答えよりも、観客席でビールをあおりながら高みの見物をしている一般人のそれの方が正解に近いことなど、いくらでも起こり得ること。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。バッター、有川に代わりまして、秋崎。9番代打、秋崎。背番号45」
「ここでおっぱいか……」
「一手遅いよなぁ」
有川にしてもツーベースを打ったのだがな。さっきの相模の失敗とこれまでの実績、そしてキャッチャーとしての負担が大義名分になったか。
(あんまり引っ張りすぎないように……)
「センター下がって……」
「アウト!」
「二塁ランナースタート!」
「セーフ!」
「三塁セーフ!これでツーアウト三塁!!」
「ナイス最低限!」
「やっぱりもう一手先だったらなぁ」
傾向的に多いレフト方向ならと思ったが、思ったより器用に立ち回れるな。『フライを打つのが得意』という点が精神的な余裕をもたらしているのか。
「バニーズ、選手の交代をお知らせします。バッター、赤猫に代わりまして、オクスプリング。1番代打、オクスプリング。背番号54」
「ここでリリィか」
「今日スタメンやないから怪我か何かかと思ったわ」
右なら右を、という場面ではあるが、オクスプリングはスイッチ。代える意味は薄い。フライによる進塁の期待、そしてツーアウトでどんな投手相手でもランナーを返しうるということで、『中堅秋崎、大将オクスプリング』の順にしたのだろうな。まぁ代える必要がないというのは、こちらにとっても負担を考えれば悪い話ではない。
「センター返し……」
(何の!)
「いや、ピッチャー捕った!」
「「「「「おおっ!!!!!」」」」」
「アウト!」
「ファインプレー!バニーズ、追加点ならず!」
「スリーアウトチェンジ!」
「あーあ……」
「流れ自ら手放したな」
「何やってんねん伊達……」
「やっぱ暗黒チームの正捕手に『勝ち方』なんてわからんのやろうな」
「素直に実績のある外様の人間呼べばええのに……」
『中堅・大将のみならず、先鋒から勝負を仕掛けるべきだった』という顛末だが、こればかりは結果論。仕方あるまい。暗黒が云々と言うが、俺は黄金時代のビリオンズのセカンドだった男。その俺でさえこの回は継投を誤った。
確かに伊達は純粋に指揮官としての経験が希薄。そして今年のこれまでのバニーズの戦績と、月出里や十握などの主力の好調を勘案すれば、手腕に不足を感じるのはわからんでもない。だが今回に関しては、お互い嘘吐きな巡り合わせに振り回されたというだけの話だ。




