第九十一話 意味のない振れ幅(8/9)
「6回の裏、バニーズの攻撃。4番指名打者、十握。背番号34」
「6回のバニーズの攻撃、1-0でビリオンズのリード。この回もマウンドには西園寺が向かいます。ここまで5回を投げて無失点。5奪三振、四死球1つずつ、被安打5。得点圏までの進塁は幾度か許したものの、粘り強いピッチング。打撃好調の月出里からも三振を奪う力投を続けております」
「ひばりーん!」
「このまま完封してもええんやぞ!」
「でも無理するな!」
厄介な奴からやけど、もうクイックでの緩急も隠す必要ないしな。手札を贅沢にフル活用して、この1イニングを乗り切ったる。
「打席の十握は今日はノーヒット。サードゴロとライトフライ……」
「ボール!」
……ん?
「ボール!」
「ボール!」
「ああっと!ストレート大きく高めに外れてキャッチャー捕れません!!」
……!?
「ボール!フォアボール!!」
「スライダー、身体の近く外れてストレートのフォアボールです!!」
「うーん……スピードは出てるんですが、ちょっと制球が乱れてますねぇ……」
「タイム!」
「ここで■■投手コーチがマウンドへ向かいます」
「大丈夫か、西園寺?」
「大丈夫です。ちょっと感覚がズレてるだけです。心配かけてすんません」
そう思いたい。腕はちゃんと振れてるし。
「……そうか。無理はするなよ?」
「はい、ありがとうございます」
「プレイ!」
「5番レフト、金剛。背番号55」
「これでノーアウト一塁、打席には今日ヒットを放っている金剛」
「ホームランホームラン金剛!」
「また若王子に勝ってくれ!」
「ホームラン王返り咲きや!」
ここからホームランあるのが2人続くけど、当たらんかったら意味ないわ!
「ストライーク!」
「カットボール見送ってストライク!」
「今度はちゃんと入りましたね。ちょっと甘くはありますが……」
様子見で見送ってくれたな。予想通り。
こちとら20年近くピッチャーやってきたんや。投げてる途中に疲れで感覚が狂うことなんて今までいくらでもあったわ。そのための修正なんて、一軍の経験が大してなくても十分できるわ。
(……大したものだな)
「ボール!」
「またカットボール、外れました!」
「一塁牽制!」
「セーフ!」
「ボール!」
「高め!これも見送りました!」
「ストライーク!」
「フォークボール!空振り!」
よし、追い込んだ。
(最後は高速クイックからのストレート……!)
これで決める……!
(甘い……!)
「ファール!」
!!当てられた……!?
(確かに少し甘く入ったけど……)
******視点:金剛丁一******
投げる球で緩急を付けられないから、代わりに投球モーションで緩急。考えたものだな。ああやって試行錯誤を繰り返す若手を見てると、俺自身の頃を思い出す。
ガキの頃から関西のハイレベルな野球環境に揉まれながら鍛え抜いた長打力が何よりも自慢だった。だが、高校からプロに入って最初の4年ほどは二軍でもなかなかボールを捉えられず、一軍では2割も打てん有様だった。
『そもそも当たらなければ意味がない』。そう考えるようになって、飛距離を誇示するかのような一本足打法に改良を加え続けた。そして下半身の動きを小さくするのに比例してボールを捉えやすくなり、5年目には若王子さんの長期離脱にも助けられて、ついに本塁打王を勝ち取った。
その頃の俺のフォームはノーステップ打法。徐々に小さくしていった下半身の動きだったが、最初から脚を大きく開いておくことで最終的に前脚のステップすら無くなった。おかげで緩急に振り回されることなくタイミングを合わせられるようになり、打率も3割に迫るほど大きく向上した。反面、そのせいで十分な体重移動ができず多少の飛距離を犠牲にしてしまったが、それでもその年は十分スタンドまで持っていけた。
ただ、巡り合わせが悪かった。せっかく本塁打王を勝ち取った次の年から極端にボールが飛びにくくなった。反発があまりにも弱すぎて、ノーステップではスタンドまで運び込むことがなかなかできなかった。しばらくしてボールの質は多少改善されたが、環境に適応するのにまた時間を要してしまった。結局少しのすり足だけ元に戻して、どうにか再び20本、30本打てるようになった。
俺は残念ながらあまり器用な方ではない。今からまたあのノーステップで打とうとしても、慣れるまでに相当の準備を要すると思う。
(ランナーが進む心配はないはずです。ここは逆に、少し緩めていきましょう)
(おう……!)
ただ、コイツ相手にはわざわざそこまでする必要はない。
「「「「「!!!!???」」」」」
「フォーク、崩れながら拾って……」
「「「「「おおおおおおお!!!!!」」」」」
「は、入った!入りました!!逆転!逆転ツーランホームラン!!主砲の撃ち合いでゲームをひっくり返しましたッ!!!」
「「「金剛!金剛!金剛!金剛!」」」
「よっしゃあああああ!!!」
「それでこそ主砲や!!!」
(くそっ、落ちきらんかった……!)
いくら投球モーションに緩急を付けても、リリースしてからは同じなのだからな。月出里にとっては効果があったようだが、俺とっては『意味のない振れ幅』。
ただそれは、俺と月出里の打撃技術に明確な優劣があるという話ではない。俺と違って月出里は初見だったというのもあるだろうが、バッティングのアプローチの違いによって生じる『相性』の問題もおそらくあるのだろう。
今年のここまでの数字を見ても、な……
「ホームイン!2-1!!バニーズ、ようやく西園寺を打ち崩しました!!!」
「ナイバッチ!」
「すごいです金剛さん!」
「流石だよ!よくやってくれた!!」
メンバー総出で迎え入れられ、ベンチに腰掛けて手に残った感触の余韻に浸る。これを少しでも多く味わいたくて、俺はここまでやってきた。プロに入って以来ずっと背負うこの背番号も、高校の頃に打ったホームランの数。飛距離を捨てたりと多少女々しい真似もしたが、それも『今度はこの背番号の数を1年間で打ってみたい』という目標のため。
……それでも今は、このチームの"最強打者"という奴は十握か月出里かもしれん。だが、積んできた場数なら、プロ2年3年程度のコイツらにはどうあったって負けやしない。ああいう駆け引きにしても、少々形は違えど何度も経験してきた。若さの勢いくらい、それで十分埋め合わせられる。
それに俺だってまだまだ32。若王子さんの本数を超えられる可能性はまだ残ってるし、40越えても本塁打王を勝ち取った前例だってある。"チームの低迷期の主砲"程度の現状に甘んじる気など更々ない……!




