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868回敬遠された月出里逢  作者: 夜半野椿
第三章 オーバーダイブ
582/1151

第九十一話 意味のない振れ幅(7/9)

「ちょうちょ!逆転タイムリー頼むで!」

「ゲッツーないで!」

「何ならプロ一号でもええんやぞ!」


「ふぅーっ……」


 投げる前に一息。2つ前からやけど、ランナーは二三塁。ランナー警戒はあんまり必要ない。アウトカウントが進んだし、いくら次が十握(とつか)とは言え、このシングル1本で逆転の状況なのに首位打者に同点止まりのセーフティスクイズを狙わせるとは思えん。

 つまり心置きなく、純粋に月出里(チビ)と勝負ができる……!


「ボール!」

「初球フォーク!見送りました!」

「この状況でフォークから入れるんですね。しっかり低めに落としてますし、よっぽどキャッチャーが信頼できないと思い切れないですよ」


 さっきの打席じゃ初っ端からでかいの狙ってきたけど、ここじゃ振ってくれんかったか……


(この状況はあたしとしても早いカウントでシングルを打てるのがベストだけど、この無精髭さんが良いキャッチャーだっていうのはわかってるからね。初球フォークも、それに追い込まれてからのフレーミングも想定済み。焦らず確実に仕留める)


 ほんまに厄介な奴になったもんや……いや、ウチにとっちゃ初見の頃からそうやったけど。

 せやけど、お前のことを早めに知れててよかったわ。おかげで『最後の手札』をしっかり温存できたからな。


「ファール!」

「高め!150km/h!!」

(タイミングはともかくちょっと上っ面。そんなに伸びてる感じはしなかったんだけど)


 とりあえずストライク1つ。とにかく追い込む。追い込めたらウチの勝ちなんや。


「ボール!」

「外カットボール!外れました!」


 ならこれで……!?


「ボール!」

「おおっと!大きく外れました!!」

「ストップストップ!」


 スライダーが指に引っかかってもうたけど、京介(きょうすけ)が身を挺して止めてくれた。冴えない陰キャメガネくんのくせに、今となっちゃ撫子(なでしこ)以上に頼りになるわ。


(ありがとな)

(これが僕の仕事です。あとワンストライク、何としてでも取ってください)


 ワンスリー……基本的に何が何でも入れんとアカンカウント。そして当然向こうもそれをわかっとる。

 そうなってくると、投げる球は1つ。相手も打ちやすい球であっても、自分にとって一番自信のある球……!


「ッ!?」

「「「おおっ!!?」」」

「ファール!」

「三塁線切れました!」

「タイム!」

「あっとここでタイムがかかって……」

「バットが折れたみたいですね」


「やるやんけ西園寺(さいおんじ)!」

「ナイスシュート!」

「すっげぇキレてる、はっきりわかんだね」


(思ったのよりずっと食い込んできた……)


 間違いなく今日一番のシュート。スピード、キレ、曲がり幅。どこを取っても、練習でもほとんど投げられんかったくらいの出来。自分で言うのもアレやけど、アドレナリン出まくりやな。結局はカウント球にしかなってへんけど。

 でも、ここはこれでええ。ウチにとっちゃ、このツーストライク目が何としてでも欲しかったんやから。


「プレイ!」

(この3打席で呼吸と拍子はしっかり頭に入った。まっすぐとスライダー、シュートとフォーク、それぞれの球筋も。次の一振りで仕留める……!)

「さぁフルカウント。バッテリーは何を選択するのか……?」


 前までやったら完全にお手上げの状況やな。もう手持ちの球種は出し切ったし。あえて他の選択肢を挙げるなら、さっきのシュートを投げミス覚悟で投げるくらいか……

 もちろん、ウチもガキん頃からずっとピッチャーをやってきたんやから、他の球種やって当然一通り試した。カーブもチェンジアップもシンカーも、何ならナックルとかも。

 せやけど、ウチはどうも緩い球の制球だけはできひんみたいで。どうしても緩急に頼ることができんかったけど、高校までは球威で誤魔化せた。そしてプロではそこで伸び悩んだ。今も基本的には球威と揺さぶりで誤魔化すのがメインなんやけどな。


 ……せやけど!!!


「「「「「!!!??」」」」」






「ストライク!バッターアウト!!」

「三振ッ!空振り三振ッ!!最後は145km/hストレート!!!」


「「「は……!!?」」」

「え、嘘やろ……?」

「あのちょうちょがど真ん中のまっすぐで三振……」

「大して速くもなかったのに……」

「いや、っていうかあの投げ方……」


(高速クイック……)


 そう。これがウチの『最後の手札』。

 確かにウチは投げる球では緩急を付けられへん。せやけど、投球モーションはその限りやあらへん。このクイックは盗塁対策なんてついで。本来の用途は月出里(チビ)を確実に打席で仕留めるためのとっておき。この最後の1球のために、ノーアウト二三塁になってからここまで普段より少し緩いくらいのクイックで投げ続けたんやからな。


(呼吸と拍子の読み違い……やられた……!!!)


 バッターボックスに立ったまま、ヘルメットを外して目を瞑ったまま天を仰ぐ月出里(チビ)

 勝った。ついに勝てた。ようやく投手として、打者の月出里(チビ)に勝てた。


「ッしゃあああッッッ!!!!!」

「西園寺さん!!!」

「ナイピー!」

「すげーじゃねぇか!」

「よく乗り越えたよ!」


 思わず叫ぶほどに喜ぶウチを、京介や内野の面々が労ってくれる。嚆矢園(こうしえん)で優勝した時と同じか、それ以上に嬉しい。

 これやんな。こういうのが良いからウチはずっとピッチャーやってきたんやんな。カネも男ももちろん欲しかったけど、こういうのがあるから、しんどくて辛くても続けてこれた。


「5回の裏攻撃終了!バニーズ、ノーアウト二三塁の大チャンスを生かせず!!1-0、ビリオンズ先発の西園寺、勝ち投手の権利を手にしました!!!」


「「「ひばりーん!!!」」」

「すげぇぞお前!」

「万年二軍がちょうちょに勝った!!」

「今年のローテ頼むぞ!」

「三連覇と帝国一にはお前が必要や!」


 こういうのも嚆矢園優勝の頃以来やな。あの頃を思い出すように、ギャラリーに笑顔で応えながらベンチへ戻る。


「西園寺。援護が少ない中だが、よくここまで投げてくれた」

「ありがとうございます!」


 監督直々のお出迎え。随分な待遇や。


「ここまででもかなり助けられたが、これだけの成果を出してくれたからこそ、あと1イニングだけお前の力を貸してほしい。できるか?」

「はい!何なら最後まで投げます!」

「ハハハ、そこまで無理はしなくて良い。次の回までしっかり身体を休めとけ」


 球数をかなり要して、身体は確かに疲れてるはずなんやけど、頭の中は冷や水に浸されてるみたいや。


「京介」

「はい」

「明後日、埼玉に戻ったら2人でどっか食べに行こうや。おごるで」

「良いんですか……?」

「ええねんええねん。今日ここまで投げられたんは京介がようやってくれたからや。ありがとな」

「西園寺さん……こちらこそ、ありがとうございます」

「あ、でもその前に髭剃って美容室行ってもらうで」

「えぇ……(困惑)」

「ドレスコードや。文句は言わさへんで?」


 もう1イニング投げればHQSか。悪ないな。今日はもう月出里(チビ)相手には勝ち逃げできそうやし、あとはウイニングランみたいなもんやな。

 ……この勢いで、そろそろ京介とも……


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